第84話 頭いい人格好いいって思うなあ

 課外学習も無事終わり、テストも近いということで、久しぶりの放課後勉強会が開催された。

 アーロンが1年生達に勉強を教えている間、ブレアは魔導書を読んで待っていようと思っていた――のだが。


「……何?勉強して。」


 ルークからずっと視線が注がれていて、全く集中できない。

 顔を上げたブレアは、怪訝そうに正面に座っているルークを見た。


「放課後すぐの先輩を見られるなんて久しぶりなので嬉しいんです!真剣な顔で本を読む先輩、ずっと見てられます!」


「そう、勉強して。」


 にこにこと笑って答えるルークをブレアは冷たくあしらう。

 もうテストまで1週間もないのだから、そろそろ真面目に勉強してほしい。

 ブレアは再び魔導書に目を落とすが、やっぱり視線が気になる。

 勉強しろと言っているのに。


「……君も何か言ってくれない?」


「お前がいるから集中できねえんじゃね?いっつもどっか行ってんじゃん。」


 ルーク本人に言っても無駄だと判断したブレアは、アーロンに助けを求める。

 ブレアがリアムのところに行っている普段なら、もう少しは勉強するのだが。


「先生、今日職員会議なんだって。僕より仕事が大事なんだね。」


 小さく息を吐いたブレアはつまらなそうに言う。

 本当は今日も行くつもりだったが、授業の時に釘を刺されてしまった。


「会議なら仕方ねえだろ。面倒くせえ彼女みたいなこと言ってんじゃねえ。」


「先輩はリアム先生の彼女じゃないですよ!?」


 ルークに詰め寄られ、アーロンは煩そうに首を振る。

 いい加減、ただの比喩だとわかってほしい。


「ほら、んなこといいから勉強始めんぞ?」


「待ってくださいあと5分……いえ、あと10分先輩を眺めさせてください。」


 アーロンが教科書の表紙を指でつつくと、ルークは名残惜しそうにしながら頷く。

 表情の割に結構欲張るな、とヘンリーは苦笑した。


「視線がキモい。君本当に勉強しなきゃいけないんだから、ちゃんとして。」


 じっと真っ直ぐに目を向けてくるルークを、ブレアは嫌そうに睨んだ。


「ユーリー先輩、ちょっといいですか?」


 困っているのを見かねたヘンリーは、ルークに聞こえないように小声でブレアに囁く。

 ヘンリーが言い終えると、ブレアは「ええ。」と嫌そうに眉を寄せた。


「僕そんなこと思ってないんだけど。」


「思ってなくても言うだけで効果あると思いますよ!」


 ブレアはそのままの表情で少しの間考えると、ルークの方を見る。

 かなり気が乗らなそうだが、無理矢理気持ちを切り替えて、少しだけ口角を上げた。


「……僕、頭いい人格好いいって思うなあ。」


「そうなんですか!?待っててください先輩、俺すぐ頭よくなりますね!!」


 すぐに教科書を捲り始めるルークにブレアは作り笑いを消して引いている。

 言ってみたものの、ここまで効果があるとは思っていなかったようだ。


「ヘンリーお前最高すぎる……!はは、やべえ笑える……!」


「ごめん正直冗談だった!」


 ルークに「早く教えてください!」と急かされたアーロンは笑いを堪えているが、堪えてもなお笑ってしまっている。

 ヘンリーはルークなら単純だからこのくらいでやる気を出しそうだな、と何気なく思って提案したのだが、予想通りすぎる結果にむしろ驚いている。

 そしてそれに笑いすぎている兄にも驚いている。


「……はあ、んじゃあやるか〜。テスト範囲どこまでだ?」


 気が済んだのかようやく笑い終えたアーロンは、教科書を見ながらルークに聞く。

 ルークが答えている間に、ブレアはヘンリーの方に顔を向けた。


「課外学習、どうだった?」


「順調でしたよ。ルークくんが物知りで助かりました。」


 ルークのことが気になるのかと思い、ヘンリーは正直に答える。

 特に変なことを言ったつもりはないのだが、ブレアは意味がわからない、とでも言いたそうに眉を寄せた。


「彼が物知り?嘘でしょ。君大丈夫?」


 そんなはずがないだろう、と疑いの目を向けられ、ヘンリーは困ったように苦笑した。


「本当ですよ。『この間先輩が言ってた!』とか『先輩が読んでた本に似たような内容書いてた!』って、色々役に立つこと教えてくれました。」


「ええ、何か嫌だな……。」


 ヘンリーは褒めたつもりだったのだが、ブレアの反応は微妙だ。

 ちゃんと知識がついているのは偉いと思うが、理由が嫌なようだ。


「俺は先輩のことと言ったことはぜーんぶ覚えてますよ!」


「気持ち悪い……。その記憶力を勉強に活かしてよ。」


 ドン引きしたブレアは、嫌がるを通り越して最早怖がっている。

 そういえばルークはほんの少し髪を切っただけで気づくような人だった。


「お前がユーリーのことが大好きなのはわかったから、今は勉強しろ。テストまで1週間もねえのわかってっか?」


「はい!すみません!」


 呆れたようにアーロンが言うと、ルークはすぐにペンを取る。

 つい反応してしまっただけで、勉強する気はある。


「テスト終わったらすぐ冬休みでのんびりできんだから頑張れよ。」


 指を指して問題を指定しながら、少しはやる気が出るかとアーロンが言う。

 “冬休み”という言葉を聞いて、ルークの目がキラリと光った。


「冬休み!冬休みといえばクリスマスですね!先輩、俺とクリスマスデートしませんか!?」


「しない。」


「ですよねー。」


 勢いで誘ってみたルークだが、あっさりと断られてしまった。

 断られることはわかっていたが、それでも少し傷つく。

 がっくりと項垂れるルークを見て、ブレアは怪訝そうに眉を寄せた。


「するしない以前に君、冬休みは家帰るでしょ?」


「勿論帰りま――帰り……。」


 すぐに答えようとしたルークは言葉を詰まらせてしまう。

 そのまま固まって、何か考えているようだ。

 どうしたのだろう、と一同が見守っていると、深刻な表情で口を開いた。


「……帰りたくないです。」


「何で!?」


 急にテンションの低くなったルークに、ヘンリーは驚いて目を見開いた。

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