第81話 今朝までの先輩もとっても素敵でしたが、今の先輩もすごく綺麗ですよ!
真剣なルークに見つけられたリアムは、誤魔化すように苦笑した。
(何の話か、全くわかりませんね……。)
これが真剣な相談らしいが、突然どうしたのだろうか。
と言うよりこれは本当に真剣な相談なのだろうか。
「えー、とりあえず座りますか?ブレアの隣の椅子にお掛けください。」
「わかりました。」
ブレアの方に目線を動かしたルークは、えっと声をあげて硬直した。
驚いたように見開かれた黄色の目はキラキラと輝いている。
「……何?」
ブレアが怪訝そうに問いかけると、ルークは走ってブレアの目の前まできた。
至近距離でじっとブレアを見つめると、嬉しそうに笑った。
「先輩!髪切りましたよね?似合ってます!」
「……え、ごめん今までて1番キモいんだけど。」
ブレアは一瞬驚いたように目を丸くして、すぐにいつものように戻って顔を顰めた。
キモい、なんならキモい通り越して怖い。
「リアム、どれくらい切ったの?」
「先が乱れているところを揃えただけですので、1cmも切ってないですよ。」
「うわあ気持ち悪い。何でわかるの怖い。」
もしかしたら一目でわかるほど切ったのかもしれない。
そう思って一応リアムに確認をとるブレアだが、やっぱり怖い。
その程度に拘るリアムも大概だが、それはもう慣れた。
何より怖いのはルークがかなり遠くから気がついたことである。
「何でって……勿論先輩が大好きだからですよ!先輩の容姿の変化なら1ミリ単位で見逃さない自信があります!愛の力ってやつです。」
得意気に胸を張って言うルークに、ブレアはさらに頬を引き攣らせる。
「怖い……それ愛の力って一言で片付けられないでしょ。」
「そうですね。愛の力も勿論ですが、やっぱり1番はそんな細かいところまで見たくなってしまうほど大きな先輩のみ・りょ・く、でしょうか?今朝までの先輩もとっても素敵でしたが、今の先輩もすごく綺麗ですよ!」
「何か嫌だ。言い方がキモい。」
ブレアはそっと椅子を引いてルークから距離をとる。
ルークは冷たい対応に傷つきながらも、ようやくここに来た理由を思い出した。
ブレアの隣の椅子に座り、2人のやりとりを遠くから眺めていたリアムの方を見る。
「先生、一応聞きますが先輩に何て呼ばれてますか!?」
「急に話戻りましたね。“先生”と呼ばれていますが……ディアスさんも聞いたことありますよね?」
机を挟んでブレアとルークの前の席に腰を下ろしながら、リアムは困ったように言う。
これはどういった意図の質問なのだろうか。
下手なことを言ったら怒られそうなので無難に答えてみたが、これでいいのだろうか。
「聞いたことありますけど、“リアム”って呼ばれたことありますよね?」
「そうですね。先生と呼ばれるようになったのは私が教職に就いてからです。」
戸惑いながらもリアムはちゃんと答えてくれる。
入学した時配られた冊子によると、確かリアムは今27歳。
何歳の時に兄妹になったのかはルークにはわからないが、おそらく教師になる前だろう。
「いつからですか!?」
あっさり答えたリアムは、ルークが思いの外食いついてきて驚いている。
普通のことを言ったつもりなのだが、どこに食いついたのだろう。
「いや待って、何でリアムって呼んでたこと知ってるの。」
いつから……と考えようとしたブレアは、怪訝そうに眉を寄せる。
入学してからはずっと“先生”と呼んでいたはずなのに、何故バレているのだ。
「朝先輩を起こしたら、3日に1回くらいの頻度で他の男の名前を呼ばれる俺の気持ちにもなってください。」
心底悔しそうな顔でルークは不満を溢す。
ブレアは朝ぎりぎりまで起きないので、いつも先に起きたルークが起こす。
「起きてくださーい。」と声をかけると、高確率で「んん、リアム……?」と返ってくる。
その度に越えられない時間の差というか、好感度の差を思い知って悲しくなる。
「そんなこと言ってるんですか?可愛いですねえ。」
ふふふ、とリアムが嬉しそうに笑うと、ブレアは顔を顰めて「煩い。」とリアムを睨んだ。
「いつからって……いつから?」
「初めて会った時でいいのでは?時間まで細かく聞いているわけではないでしょう。」
「初めて会った時から名前呼びなんですか!?」
ブレアが小さく頷くと、ルークは「羨ましいです!」とリアムを見る。
「そんなこと聞いてどうしたんですか?」
どう対応しようか困ったリアムは、ずっと気になっていたことを聞く事にする。
何故急にそんなことを聞いてきたのか、それがわからないのに質問攻めにされるのは、あまりいい気分ではない。
「俺、気づいてしまったんです。先輩に1度も名前で呼んでもらえたことがないと!」
「はあ、くだらな。」
深刻な顔でルークが言うと、ブレアは呆れたように眉を下げた。
口には出さないが、リアムも同じことを思った。
“真面目な相談”と聞いたのだが、これのどこが真面目な相談なのだろうか。
「くだらなくないですよ!?めちゃくちゃ大事なことです。先輩、正直俺の名前覚えてますか?」
「覚えてるよ。馬鹿にしてるの?」
「じゃあ何ですか?呼んでみてください。」
ルークに迫られたブレアはまたしても椅子を引いて距離を取る。
位置を変えすぎて、そろそろ机に置いたティーカップに手が届かなくなってきた。
じーっとこちらを見つめてくるルークを無言で見返していたブレアは、そっと視線を逸らした。
「……嫌だ。」
「何でですか!やっぱり覚えてないんですね?」
折角距離をとったのに、すぐにそれ以上の距離を詰められてしまった。
いたたまれなくなったブレアは、とうとう椅子から立ち上がった。
「覚えてるけど何か嫌だ。」
拒否されてしまったルークは悔しそうに机を叩いた。
「アーロン先輩が、先輩は負けず嫌いだから『覚えてないんじゃないですか?』って煽ったらいけるって言ったのに……。」
「は?アレそんなこと言ってたの?僕のこと馬鹿にしてるでしょ意味わかんない。」
悔しそうに嘆くルークの言葉にブレアはムッと眉を寄せた。
完全に馬鹿にしている。単細胞だと言われている気がする。
「こうなったらもう『名前で呼んでもらえるまで無視する作戦』しかありません!というわけで先輩、俺は今から先輩を無視します!」
ブレアに向かって宣言したルークは体の向きを変え、ブレアに背を向ける。
ルークが何も話さないならブレアは本を読むだけなので、別に無視されても問題ないのだが。
視線を感じたブレアはリアムの方を見る。
リアムが「構ってあげなさい。」とでも言いたげに見てきていた。
「……ねえ君。」
ブレアが声をかけてみても、宣言通り無視をしている。
「……ねえねえ。」
大層返事をしたそうにうずうずしているルークだが、ギリギリ耐えている。
名前を呼べばすぐに返事するのだろうが、それではつまらない。
ルークの反応がないことを確認したブレアはしゅんと悲しそうな顔をした。
「……返事してくれないと悲しい。」
「何ですか先輩っ!?」
「意志弱いですね……?」
ブレアが悲しそうな声を出すと、ルークは即座に振り向いた。
ブレアは勝ち誇ったように少しだけ口角を上げて笑っている。
エマの考えた作戦も失敗である。
「俺には可愛い先輩を無視するなんて無理です……。猫とか絡みすぎたらストレスになるってわかってても放っておけないじゃないですか。それと同じです。」
「僕猫だと思われてたの?」
「そっくりですよ。」
ブレアは猫に似ていると言われたことが気に入らないようだ。
全然似てないでしょ。と唇を尖らせている。
「と言うわけでリアム先生、どうすれば先輩に名前で呼んでもらえるようになりますか?」
突然真面目な顔に戻ったルークに聞かれ、リアムは呆れたように苦笑する。
「切り替え早いですね。どうすればと言われましても――」
「真面目に考えてください。」
はぐらかそうと思っていたのだが、先に釘を刺されてしまった。
「そうですねー。」と考えたリアムは、にこりと笑って口を開いた。
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