第80話 案外懐いているんですね
魔法創造学準備室にて、ブレアは普段通りに魔導書を読んでいる。
真顔でぱらぱらとページを捲っている横顔を見て、資料整理をしていたリアムは嬉しそうに微笑んだ。
「ブレアがここに来るの、久しぶりですね。」
「うん。最近は馬鹿の相手で忙しかったからね。」
顔を上げないまま答えるブレアだが、今日はその馬鹿――ルークの相手をしなくていいのだろうか。
今まではほぼ毎日、放課後ここに来ては魔導書を読んでいたのに、最近は来ていなかった。
ルークが来てから部屋で読むようになったのは、部屋を空けたくなかったからだろう。
2人で共用している部屋とはいえ、ブレアは自分が留守にしている時に他人に部屋に入られるのが嫌だろう。
ルークが変なことをしないかという見張りも兼ねてなるべく早く部屋に帰っていたはずだが、今日は帰らなくていいのだろうか。
「今日はディアスさんと一緒にいなくていいんですか?」
「いいよ。彼も慣れてきただろうし、1人で留守番くらいできるでしょ。」
ブレアの答えを聞いたリアムは驚いて少しだけ目を見開く。
てっきりルークは用事か何かでまだ部屋に帰っていないのかと思っていた。
ルークが部屋にいるのにここに来るということは、それだけルークに心を許してきたということではないか。
ブレアにとってルークが、部屋に入れたくない他人から部屋に入れてもいいくらいの他人になり、部屋で好きにさせていいレベルの他人になったということだ。
「案外懐いているんですね。」
「全然。彼が僕に懐いてるんでしょ。」
否定しているものの、全然嫌そうな顔をしていない。
ルークがブレアに懐いているのは間違いないが、ブレアがルークに懐いていることだって確かだ。
リアムとしては、ブレアがルークのことを何だと思っているのか気にならずにはいられない。
少なくとも他人ではない。友達?親友?それとも――恋人、だろうか。
「懐いているじゃないですか。あなたがあんな風に私以外に頼っているところ、初めて見ましたよ。」
資料を片付けたリアムは、隣の椅子に腰掛けてブレアを見る。
あんな風に、とは寝不足で倒れた時のことだ。
同室を提案するほど仲が良くなっていたのは知っていたが、リアムが思う以上に、ブレアはルークを信頼しているようだった。
「気のせいじゃないかな。」
ブレアはようやく顔を上げてリアムを見た。
優しい暖かさを持った黒々とした瞳は、心配そうにブレアを見つめている。
リアムは手を伸ばして、ブレアの長い前髪に触れた。
「まだ心配してるの?」
「いくらでも心配しますよ。また髪伸びましたね……切ってもいいですか?」
毛先が不揃いになってきた前髪を撫でると、ブレアは前髪が入らないように目を閉じた。
「いいよ。短くしないでね。」
「目にかかってますが、邪魔じゃないんですか?」
「だって、先生が髪が長いほうが沢山魔法使えるっていうから。」
「少し待っていてくださいね。」と声をかけて、リアムは席を立つ。
鋏を持って戻ってくると、会話を再開した。
「部屋ではどう過ごしているのか話してください。」
ティーカップを手に取ったブレアは面倒だと言いたげに眉を寄せる。
「別に普通だよ。」
「その普通を教えていただけますかと言っているんです。今から切るのでカップは置いてください。」
早く話を終わらせたいブレアは簡潔に答えるが、リアムは全く納得できない。
詳しく話を聞いて、少しでも不審な点があれば部屋を変えさせようと思っている。
「普通。僕はずっと寝転んで本読んでるし、彼は勉強とか裁縫とかしてる。」
「裁縫?」
カップを置いたブレアが答えると、リアムは不思議そうに聞き返す。
勉強に励むのはいいことだが、何故裁縫を。
少々以外だが趣味なのだろうか。
「何だっけ、細かいことは忘れたけど、内職?バイト?って言ってた。」
「成程。2人で何かしないんですか?」
ブレアも裁縫が珍しくて、何をしているのか尋ねたことがある。
その時に言われたことを頑張って答えようとしたが、あまりよく思い出せなかった。
「しないね。偶に勉強を教える時と、食事の時くらいかな。あとは彼が話しかけてきた時。」
あとは自分が試したい魔法を思いついた時に、実験体にしているくらいだ。
これを言ったらすごく怒られそうなので言わないでおく。
前髪を整えたリアムは、「後ろも揃えますよ。」と声をかけた。
「そうですか。何もないならいいんですが……何かあったらすぐに言ってくださいよ?」
「ないよ。先生は心配症だなあ。」
「あなたがもっとしっかりしてくれれば、私もこんなに心配しませんよ。」
ブレアが怪訝そうに言うと、リアムは困ったように溜息をついた。
勉強も魔法も学んでかなり大人になったはずだが、ズレた感覚は昔から治らない。
あの一件以降かなり――過剰なほどに警戒心が強くなったと思ったが、一度心を許すとこれだ。
本人は否定しているが、本当のところはかなりルークを好いているのだろう。
「あなた綺麗なんですから、本当に気をつけてくださいよ。この間も廊下で蹲ってたと聞きましたが。」
「サラッと綺麗とか言ったら怒られるよ。先生聞いたの?ええ、アレってば性格悪いなあ。」
ブレアはムッとして唇を尖らせた。
見ていたのはアーロンだけのはずなので、アーロンがリアムに言ったのだろう。
心配性のリアムが煩いことも、ブレアがそれを嫌がっていることもわかっているはずなのに、なぜわざわざ言うのか。
「性格悪いなんて言いません。いい人じゃないですか。ブレアが心配だから私に伝えてくれたんでしょう。」
「アレのことだ、僕が怒られればいいと思って言ってるんだよ。」
「人のことをアレと言ってはいけません。それに私は怒りませんよ。」
「今怒ってる。」とブレアが軽く頬を膨らませると、リアムはクスリと笑う。
ハサミを置いたリアムは、隣に座って指先でブレアの膨れた頬を突いた。
「もう、何するの。」
ブレアが眉を寄せて抗議すると、リアムはふふっと吹き出した。
リアムが珍しいくらい笑っているので、ブレアの不機嫌が加速する。
「変わってないなと思いまして。いつまでも子供のままですね。」
「馬鹿にしてる?」
ブレアがますます眉を寄せると、リアムは「してません。」と笑ったまま否定した。
「先生こそ変わってないね。僕のこと馬鹿にしてるのか知らないけど、すぐ笑うんだから。」
頬を膨らませるブレアの頭を、リアムは優しく撫でた。
「貴女が可愛いから笑うんですよ。」
「そういうのいいから。」
煩そうに手を払うブレアだが、顔はあまり嫌そうではない。
むしろほっとしたように柔らかく微笑んでいる。
コンコンとドアをノックする音がして、ブレアはドアの方を見た。
リアムがドア側に座っていたため、必然的にリアムの顔を見ることになる。
未だにこにことこちらを見ているリアムが気に入らなかったようで、誤魔化すように紅茶を啜った。
「……どうせ彼でしょ。出てあげたら?」
「そうですね。」
立ち上がったリアムがドアを開けると、案の定ドアの前にはルークが立っていた。
ブレアに用があるのか、ブレアを迎えに来たのだろう。
「どうぞ。」と中に通すが、ルークはブレアの元には行かずにリアムを見ている。
「私に何かご用ですか?」
「先生、真面目な相談なんですけど……。」
ルークが言うと、リアムは意外そうに目を丸くした。
まさか自分に用事とは。絶対にブレアだと思っていた。
「何でしょう?」
「――先生はいつから、先輩に名前で呼ばれてますか?」
生徒の相談なら、教師としてちゃんと聞いてあげなくてはと思っていたのだが。
果たしてこれは真面目な相談なのだろうか。
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