第79話 名前で呼んでもらったことないんです!

 放課後、SHR終了から20分くらいすると、ルークとヘンリーが教室にやって来た。

 2人に気がついたエマは、いつものように笑って手を振る。

 ルークはブレアを、ヘンリーはアーロンを迎えに来たのだろう。


「やっほー2人とも。ブレアならもう帰ったわよ?」


 だがしかし、ブレアならとうに教室を出て行った。

 残念ね、とエマが苦笑するが、ルークはあまり残念そうではない。

 すぐにブレアを追いかけるかと思ったが、何故かエマに近づいて来た。


「どうしたの?私に何か用事?」


「はい、エマ先輩に聞きたいことがあるんです。」


 ルークの表情は真剣で、大事な話であることがわかる。

 何かあったのかとエマは心配してもう一度「どうしたの?」と尋ねた。

 ブレア絡みだろうとは思うが、エマに聞きたいこととは何だろうか。

 首を傾げたエマを見て、ルークは重々しく口を開いた。


「――エマ先輩って、いつから先輩に名前で呼ばれてますか?」


 想像の斜め上、というよりも思っていたよりも大したことない質問に、エマはぱちぱちと目を瞬いている。


「……え、ええーと……。」


「しょーもな。エマを困らせんなよ限界オタク。」


 エマがどう答えようか迷っていると、後ろからアーロンがルークの頭を小突いた。

 一同に見られたアーロンは呆れたように眉を寄せる。


「ドア前で駄弁ってっと迷惑になんぞ。話したいなら座れ。」


「そうね、ごめんなさい。座りましょ!」


 エマの席の周りの椅子を借りて、4人で座る。

 全員が座ったのを確認すると、エマは「それで、」と話を切り出した。


「いつからブレアに名前で呼ばれてるか、なんて突然どうしたの?」


「俺、ふと思ったんです。――俺って先輩に名前を覚えてもらえてるんでしょうかって!!」


 ルークの言葉にエマは苦笑し、アーロンは呆れたように顔を顰める。

 何故今更そんなことを気にしているのだろう。

 流石に覚えているのではないだろうか。


「どうして?」


「よく考えたら1度も先輩に名前で呼んでもらったことないんです!こんなにずっと一緒にいるのに1度もですよ!?」


 よく考えないと気が付かなかったのか、というのは置いておいて、確かにそうだ。

 誰もブレアがルークを名前で呼んでいるのを聞いたことがない。

 逆に、唯一名前で呼ばれているのがエマだ。だからエマに話を聞こう――と言うわけか。


「私は1ヶ月くらいだったわね。いっぱい絡んでも全然覚えてくれなくて、ずっと“君”って言われてたけど。」


「きっかけとかありました?」


 ルークが必死なので、真剣に答えてあげようとエマは考え込む。

 きっかけと言われれば、あったような気も、なかったような気もする。

 しばし考えていたエマは、思い当たる節があったようであっと声をあげた。


「ずっと“君”って言われる度に“エマ”だよ!ってアピールしてたんだけど……私の魔法が見たいって言われた時かも。」


「エマ先輩の魔法を?」


 ずっと訂正し続ける根性がすごい。

 ブレアが見たがるとは、何かすごい魔法が使えたのだろうか。


「私が木属性魔法得意だって言ったの覚えてる?ブレアの方が上手だと思うんだけど、何かが気に入ったみたいで『エマの魔法見たい。お願い。』って。名前呼ばれたの初めてで、ブレアイケメンだからドキドキしちゃって、2つ返事でオーケーしちゃったわ。」


「羨ましいですエマ先輩……!俺も似たようなことありましたけど、名前呼びはしてもらえませんでしたよ……。」


 当時のことを思い出して、きゃー!とエマは照れたように両手を頬に当てて話す。

 ルークだって魔法の才をブレアに認められている――はずだが、残念ながら名前を呼んではくれなかった。

 もっと練習に励んで無効化魔法を覚えることができれば、名前で呼んでもらえるだろうか。


「アーロンくんは?アーロンくんもブレアと仲いいわよね?」


「よくねえ。」


 エマに話を振られたアーロンは咄嗟に否定する。

 全く仲良くない。ブレアなどと仲が良いとされるのは癪だ。


「オレは1回も名前呼ばれたことねえよ?」


「じゃあ何て言われてますか?“君”ですか?」


 アーロンは思い出そうと記憶を辿ると、嫌そうに顔を顰めた。


「“君”とか、“コレ”とか“アレ”とか。」


「物じゃん。“彼”とか“あの人”じゃないの?」


 ヘンリーが苦笑すると、アーロンは「そうなんだよな。」と溜息をついた。

 嫌いすぎて人として扱ってもらえていないのだと思う。


「俺が初めて聞いたのは“変態盗撮魔”ですね。」


 真剣な顔でルークが言うと、アーロンは「え?」と声をあげた。

 それは渾名ではなく悪口ではないだろうか。


「あ、それも含めんの?なら1年の時とか色々言われてたから“派手髪”とか“軟派男”とか“重症ブラコン”とか、色々あるな。」


「待って、1個聞きづてならないのが混ざってた。」


 平然と言うアーロンを、ヘンリーは冷たい目で見た。

 殆どが見た目に関する渾名なのに、ブラコン、しかも重症ブラコンが混ざっているのは何故だろうか。

 ブラコン認定されるほどヘンリーの話をしていたのなら心底やめてほしい。


「先輩に渾名で呼ばれてるなんて羨ましすぎます……!」


「ほぼ悪口だが!?んなんでいいのかよ。」


 アーロンは不名誉な渾名を付けられて不満そうだが、ルークからすれば渾名という時点で羨ましい。

 “君”としか呼ばれていないのと比べればよっぽどいいではないか。

 

「そういえば俺がいない時は俺のこと何て呼んでますか?少しくらいは俺の話もしてますよね?」


 ルークは頻繁に部屋でのブレアの話をヘンリーにしてくるが、ブレアはそう頻繁にルークの話をしてはいないだろう。

 だが少しくらいはルークの話もしているのではないだろうか、とルークは期待している。

 ルークがいないところでは“君”とは呼べない。

 “ルーク”と呼んでくれている可能性もあるのではないか。


「お前の話はたまーにしてるが……“彼”って呼んでる。」


 期待を裏切るようで申し訳ないと思いつつ、アーロンは正直に答える。

 “彼”という言葉を反芻したルークは、衝撃を受けたような顔をしている。


「彼!?彼って、そんなの……俺が先輩の彼氏みたいじゃないですか。」


「3人称の“He”に決まってんだろ馬鹿。」


 そんなことで喜べるなら、名前で呼んでもらえなくてもいいのではないだろうか、とアーロンは思った。


「真面目に考えてください!エマ先輩は名前、アーロン先輩も、ヘンリーまで渾名!先輩から代名詞で呼ばれてるの俺だけなんですよ!?悲しいんです本当に。」


「オレ渾名で呼ばれてないよ?……“弟さん”って渾名なの?」


「“君”よりいいだろ!」


 結構めちゃくちゃなこと言っている気がするが、とにかく君呼びが気に入らないらしい。

 名前は無理でも、せめて個人が特定できるよな呼び名で呼ばれることが目標のようだ。


「だから唯一名前で呼ばれてるエマ先輩に話を聞いたら、名前で呼んでもらえる方法がわかるかと思ったんです!」


 ルークに見つめられたエマは、困ったように考える。

 名前で呼んでもらう方法、と言っても、覚えてもらう方法ならかなり前に教えた。

 それで駄目なら、エマが思いつく策はもうないのだが――

 

「変わった魔法でアピールしても駄目なら、もう名前で呼んでもらえるまで返事しない、くらいしか思いつかないわ。……そんなこと聞くなら、私よりもっといい人がいるじゃない!」


「いい人?誰ですか?」


 ルークが聞くと、エマは人差し指を立ててにこりと笑った。


「リアム先生よ!」


「確かに!ちょっとリアム先生のところ行ってきます!ありがとうございました!!」


 勢いよく立ち上がって礼を言ったルークは、早速リアムの所へ行くようだ。



  その頃リアムはというと、なんとなーく、面倒な予感を察していた。

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