第78話 いっそのこと本当に付き合っちゃいますか先輩っ!

 号令が終わり、ブレアが再び席に座ろうとすると、突然アリサが飛びついてきた。


「ゆーりゆりっ!今日好きピ来るーぅ?」


「やっ!?飛びつかないでくれるかな。」


 ぐらついたブレアは何とか体勢を立て直す。

 ただでさえ体幹が良くないと言うのに、突然抱きつかれると本当に倒れそうになる。

 エマもたまに抱きついてくるが、アリサは勢いよく飛んでくるので危ない。


「ねぇねぇ、今日好きピ来るの?」


「好きピじゃないってば。」


 ブレアがキッパリと否定すると、アリサは「本当に〜?」とニヤリと笑う。


「本当!」


「ムキになってると余計怪しいぞゆりゆりぃ。」


「なってない!」とブレアが強く否定すると、アリサは小さく首を傾げた。

 それでも一向に手を離してはもらえず、ブレアは困ったように顔を顰めた。


「じゃあ、ゆりゆりの好きピは誰ぇ?」


「誰でもない。」


 何で好きな人がいる前提で話すのだろうか。

 ますますアリサの言いたいことがわからなくなったブレアは、厳しい表情のまま首を傾げた。


「誰でもないことないでしょぉ!じゃあね〜、アーくんとかは?」


「はぁ!?何でそこであれの名前が出るの。」


 ますます怪訝そうに眉を寄せたブレアを見て、アリサはにまーっと笑みを深めた。

 ゾワッと背中に寒気が走ったのを感じたブレアは後ずさるが、アリサは離れないどころか近づいてくる。


「だってぇ、ゆりゆりと仲良しといえばアーくんかなぁって。」


「仲良くない。」


 仲良くない。全くもって仲良くない。

 変なことを言わないでほしい。

 ブレアはアリサを引き剥がそうとするが、アリサは全く気にしない。


「そーなのー?でも、アーくんイケメンだよぉ?多才で優しくてカッコイーよぉ?」


「顔に興味はないよ。君過大評価しすぎじゃないかな。あれ変態盗撮魔だよ?」


 耳元で囁いてくるアリサを、ブレアは鬱陶しそうに遠ざけようとする。

 アリサがなぜアーロンを褒めるのかはわからないが、残念ながら“優しい”以外は共感し難い。


 確かに顔は整っているかもしれないが、ブレアは顔で好きになる程単純じゃない。

 それに好みの問題かもしれないが、ブレア的には男体の時の自分や、リアムの方が整っていると思う。


「おい、グチ言うならせめてオレの前にしろや。陰湿だぞ。」


「僕は聞かれたことを答えただけ。別に陰口じゃないよ。」


 聞こえていたようで、不機嫌そうな顔をしたアーロンが近づいてきた。

 アーロンはアリサとブレアの肩を掴むと、ぐいと引っ張って引き剥がしてくれた。

 悔しいが少しだけアーロンに感謝して、ブレアはブレザーの襟を直した。


「何の話してたんだよ。」


「アーくんってカッコイーよねって話〜。」


 怪訝そうに聞いたアーロンは、予想外の答えに少し目を丸くした。

 ブレアの方に目を向けたアーロンは、あからさまに顔を顰めた。


「……ゼッテー嘘だろ。ユーリーにオレの良さがわかるわけがねえ。」


「僕の感性がおかしいみたいな言い方しないでよ。」


 アーロンはアリサの言葉を全く信じていない。

 絶対に悪口を言われていたと思っている。


 「失礼します!!」


 大きな声の次に、慌てて走っているような足音が聞こえて、アーロンは入口の方に目を向けた。

 足音の主は3人の側で停止すると、ムッとしたような鋭い目でブレアを見た。


「……先輩、誰ですかその女!!」


「言うと思ったよ、浮気現場目撃した彼女かお前は!?」


 苦笑しながらツッコむアーロンだが、ルークはガン無視している。

 返事をする余裕がない。

 真剣すぎて睨むようになっているルークに、ブレアはあっさりと「他人。」と答える。


「他人じゃない、リサちー!」


「他人なわけなくないですか!?先輩が他人と気軽に話せるわけがありません!」


 ルークになんだか失礼なことを言われた気がして、ブレアはムッと眉を寄せた。


「他人じゃないならクラスメイトかな。」


「だから先輩がただのクラスメイトとそうやって話すわけないじゃないですか!誰ですかその女!俺が課題頑張ってる間に作った彼女ですか!?」


「彼女なんて作ってないし、作るつもりもないよ。」


 言い合っている2人を、アーロンは苦笑して見ている。

 アリサはルークを見上げると楽しそうに笑った。


「おおー、ゆりゆりの彼ピだぁ。」


 ルークは一瞬「ピ……?」と首を傾げるが、すぐに自分のことだと理解する。


「俺のことですか?彼ピってなんですか?」


「彼……氏って意味らしいよ。この子勘違いしてるんだ。」


 説明しようとしたブレアは、気恥ずかしくなって言葉を詰まらせる。

 “彼氏”という言葉の衝撃でそんなことにも気づいていないルークは、嬉しそうに顔を輝かせた。


「彼氏!俺彼氏に見えますか?照れますねへへへ。」


「うわ、スッゲーデレデレしてんな……。」


 頬を染めて笑っているルークに、アーロンは若干引いているようだ。

 今更彼氏と間違われたくらいでそんなに喜ぶのか。


「いっそのこと本当に付き合っちゃいますか先輩っ!」


 ルークが期待に満ちた目を向けると、ブレアは跳ね除けるように顔を背けた。


「お断りします。」


「何でテンプレみたいな振り方すんの。」


 呆れたようなアーロンに言われ、ブレアは「別に。」と冷たく返した。

 ほぼ自分のせいだが、話がかなり逸れたことに気がついて、ルークはじっとアリサに向き直る。


「誰ですか。」


「リサちって呼んでくれたらいいよぉ!」


 ルークの方へ近づいてにこっと笑うアリサに、ルークは困ったように少し後ずさった。

 ルークが戸惑っているのは珍しいな、とブレアは物珍しそうに見ている。


「ルーク、コイツ”アリサ”ってんだわ。お前のこと気になるらしいから相手してやってくれ。」


「先輩を見るのに忙しいので無理ですね。」


「何でだよ。」


 この3人だと絶対に話進まないな、と思ったアーロンが話を進めようとするが、即答するルークに呆れたように苦笑した。

「見ないでほしい……。」と小さな声で抗議しているブレアを無視して、アリサはルークをまっすぐに見つめる。


「リサち――先輩って呼んでくれたらいいよぉ。」


「えー、と……リサち、先輩?」


 戸惑いながらもルークが答えると、アリサは「そー!」っと嬉しそうににこっと笑った。

 ルークはアリサの名前よりもブレアとの関係の方が気になるのだが、なんだか聞ける雰囲気じゃない。


「えーっとぉ、ルークくん、だっけ?」


「はい、ルーク・ディアスです。」


 こてんと首を傾げたアリサに、ルークは一応丁寧に名乗る。

 初対面、しかも先輩、それにブレアの友人なら、ちゃんと接しなければいけない。


「おけおけ、よろしくぅルーくん!」


 何と呼ぼうか、と少し考えたアリサは、ルークの渾名を“ルーくん”に決めたようだ。


「違いますルークです。」


「お前、渾名って知ってるか?」


 真面目な顔で訂正したルークは、アーロンに言われて「なるほど!」と頷いた。

 本気で名前を間違えられたと思ったようだ。


「ねぇねぇルーくん、耳貸して。」


「何ですか?」


 警戒している様子のルークだが、背の低いアリサのために少し屈む。

 ルークの耳元に顔を近づけたアリサは、ぎりぎり他の人には聞こえないくらいの声量で囁いた。


「……言ってみただけで、彼ピには見えないかなぁ。」


 ぱっとルークから離れたアリサは、全員に向けてひらひらと手を振った。


「じゃージュンジュン待ってるし、ウチそろそろ行くねぇ。バイバーイ。」


 ルークが唖然としている間に、アリサは出て行ってしまった。

 暫く立ち竦んでいたルークはドアの方を見たまま、「……先輩。」と声をかけた。


「やっぱりあの人――アリサ先輩、先輩に気があるのでは!?」


「は?キモいこと言わないでよ。」


『リサち彼氏いんぞ。』と言っても無駄だろうな、と思ったアーロンは、無言でルークの気が収まるのを待っていた。

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