第77話 先輩の魔力ならむしろ酔いたいですね

 睨むように見られたルークは、もう一度申し訳なさそうに「すみません。」と謝る。


 ブレアが首を傾げると、ルークは大きな声で簡単な術式を唱えるが、特に何も起こらない。


「この通り、何故か何もできないんですよね。」


「うわあ、本当だ。」


 顔を顰めたブレアは、呆れたように大きな溜息をついてからルークの手を握った。


「な、何ですか先輩!?手小さ、指細……!」


 きゅっと指を絡められたルークはドキッとしてブレアの手を見つめる。

 観察するようにルークの手を見ていたブレアは、睨むようにルークを見た。


「煩い。体の中見てる。」


「言い方。えっちでは……?」


 反対の手で心臓の辺りを抑えているルークを無視して、ブレアは再び手に視線を落とした。


 緊張で強張った体に、ピリピリとブレアの魔力が流れてくる。

 暫くそうしていると、ブレアは手を離して、呆れたようにルークを見た。


「……魔力空なんだけど。何で平気でいられるの?」


「原因わかっちゃったんですか。」


「何でちょっと残念そうなんだろうね。」


 開放された手を名残惜しそうに撫でるルークは、あからさまに残念そうだ。


「魔法が使えなくなっただけ?体調が悪いとかは?」


「大丈夫ですよ?……先輩顔近いです。」


 顔を近づけて様子を伺ってくるブレアから、顔を赤くしたルークは戸惑って少し距離を取る。

 特に普段と変わりない様子のルークに、ブレアは不思議そうに首を傾げた。


「大丈夫ならいいんだけど……君、魔力適合がとてつもなく低いみたいだね。」


「えーっと……つまり魔法が下手ってことですか?」


 よくわからなかったルークが聞き返すと、ブレアはムッとしたように眉を寄せる。

 そんな顔されても、ルークには魔力の話がよくわかっていないのだから仕方ない。


「魔力の量と上手さは関係ないよ。勿論、魔力が少ないと大規模な魔法は使えないけどね。」


「ならどういうことですか?」


 どれほど噛み砕けばルークにも理解して貰えるのだろうか。

 と、ブレアは難しい顔で考え込んだ。


「うーん、マナから魔力に変換する力が全然ないってこと。普通ならこうしてる間も少しずつ吸収してるから、完全に空になることはないはずなんだけどな。」


 ブレアはルークの手を取ると、先程と同じように魔力を流す。

 ルークの魔力はほとんど空で、さっきから全然増えていない。


「吸収能力は人によってかなり差があるから。それより驚いたのは君が何も変わりなさそうなこと。僕ほど影響を受けはしなくても、多少は疲労感や倦怠感を感じると思うんだけどな。」


「全く元気ですね!」


 堂々と答えるルークを、ブレアは訝しむようにじっと見つめる。

 魔力がなくなった時の影響は、魔力と体力のバランスで決まる。


 簡単に言えば魔力の損失を補える程の体力があれば、魔力がなくなってもあまり疲労感を感じづらい。

 魔力が高く体力のないブレアは、魔力がなくなると体内の力がほぼ0になるため、立つことすらも覚束なくなる。

 平然としているということは、ルークはその逆ということだ。


「……君がとてつもなく体力馬鹿だってことはわかったよ。」


「ありがとうございます!」


「褒めてない。」


 嬉しそうに礼を言うルークを一蹴すると、ブレアはまたしてもうーんと考え込む。

 魔力がないなら今日の練習を終わりにして、これからは部屋で勉強――でもいいのだが、本人が何ともないと言っていても、やはり心配だ。


 何とかするべきか、と思ったブレアは、おもむろにブレザーを脱いだ。


「どうしたんですか!?ちゃんと着てください冷えますよ?」


 ブレアはするするとカーディガンのボタンを外すと、それも脱いでしまった。

 上着なので脱いでも何の問題はないとはいえ、ルークとしては目の前で脱衣されるとドキドキしてしまう。


「シャツ姿の先輩初めて見た可愛い……じゃなくて寒くないですか!?冷えますからちゃんと着てください!」


「後で着るよ。少しくらい大丈夫。」


 左袖のボタンを外したブレアは肘まで袖を捲ると、魔法で右手に小ぶりなナイフを呼び出す。

 それから何の躊躇いもなく、顕になった左腕をナイフで切ろうとした。


「何してるんですか!?」


「邪魔しないでよ。」


 ルークがナイフを持った手を掴んで止めると、ブレアは不満そうにルークを睨んだ。


「邪魔するに決まってますよ何ですか!?」


 全く行動の意図がわからないルークは目を見開いて聞く。

 一方でブレアは、どうしてわからないのかがわからず首を傾げている。


「あれ、魔力を直接分け与える方法、知らない?」


「習い……はしましたけど、やるんですか!?」


 保健の授業で習った気がするな、とルークは記憶を辿る。

 ブレアが言いたいのは、体液を媒介として魔力を受け渡す方法だ。

 ブレアがこくりと頷くと、ルークは頬を染めて目を逸らした。


「それはわかりましたけど……キ、キスでもいいわけじゃないですか。俺はそっちの方が嬉し――いえ、先輩のお身体を傷つけるわけにはいきませんし、そっちの方がいいと思うんですよ。」


「別にそれでもいいんだけどね。唾液より血液の方が魔力濃度が高いから効率的。」


 建前だと完全に見切っているブレアは、呆れたように眉を寄せた。

 想像しただけで緩んだ口元を隠しているルークはなんだか楽しそうで、魔力がなくても放っておいていい気がしてきた。


「やりたくないのなら、やめておこうか。見たところ元気そうだし、これ以上魔法を使わなければ大丈夫かな。」


「……え、今“いい”って言いませんでした?いいならキスしませんか?」


 少し遅れて反応するルークに、ブレアは嫌そうに眉を寄せた。


「しない。その方法だと相互交換になるから、適合率の高い僕の方に流れちゃうんだ。」


「無理ってことですか?」


 それは習った覚えがないな、とルークは不思議そうに首を傾げた。

 少し考えたブレアは、困ったように答える。


「できないことはないけど、コツがいるんだよね。だから確実性がない。」


「確実性なくてもいいです!やってみましょうよ!」


 そう言うルークは、なんだか生き生きしだした気がする。

 何でだろ、と首を傾げていたブレアは、その理由に思い当たったようだ。

 わざと表情を険しくしてルークを睨んだ。


「キモい。君鈍そうだけど、あんまり人の魔力取り込みすぎると酔うよ?」


「先輩の魔力ならむしろ酔いたいですね。」


「馬鹿にしてる?本当に大変なんだよ。」


 ムッとしたように言われたルークはすかさず「すみません!」と謝った。

 捲っていた袖を伸ばしてボタンを留めたブレアは、動きを止めて何やら考え始めた。


「先輩、先に上着てください。」


 冬にシャツのみは流石に寒そうで、風邪をひかないか心配になる。


「先輩、やっぱり腰細いですね……。」


「キモい。」


 ちゃんとシャツをスカートに入れていることもあり、上着を着ていないと普段よりも体のシルエットがわかりやすくなってドキドキする。

 それ自体は部屋着の時とあまり変わらないが、やはり服装が違うとドキドキ感も違う気がする。


「とりあえず上着着ましょう?」


「……君、本当に何ともない?」


 心配そうに見つめてくるブレアだが、ルークはそれよりブレアが体を冷やしそうで心配だ。

 「大丈夫ですよ?」と答えたルークはブレアの膝に置かれたカーディガンを取って、肩にかけるように羽織らせた。


「なんともないならいいんだけど……来週は頑張ってね。無効化魔法、そろそろできてほしいんだけど。」


「すみません……。頑張ります!」


 しゅんとして謝ったルークは、やる気満々、といった様子で返事をする。

 少しずつできるようになってきているし、そろそろ使えるようになりそうだと、ブレアは密かに期待している。


「あ、テストも近いし、終わったら寮に戻って勉強しようね。」


「はーい、頑張ります……。」


 明らかに返事からやる気がなくなったのは何故だろうか。

 仕方がないから、いつもより丁寧に教えてあげようと思った。

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