第76話 どんな人ですか?先輩に気があるのでは?

 土曜日はほぼ毎週、2人で森に出掛けて魔法の練習をしている。

 今日も例外ではなく、ルークの様子を見守っていたブレアは、はあっと大きく溜息をついた。


「……君さ、いい加減僕のことチラチラ見るのやめてくれない?」


「すみません!」


 ブレアに怒られたルークはすかさず謝る。

 魔法の練習自体はしているから何も言わなかったが、だんだん見てくる頻度が増えて鬱陶しくなってきた。


 しかも先程から、何も魔法を使っていないような気がする。

 サボっているな?とブレアは顔を顰めた。


「ちゃんと俺がいなくても昼休みを過ごせているのか心配で、つい……。」


「大丈夫だって、何回言ったらわかるの。」


 ブレアがはあっと溜息を吐くと、ルークはチラ見をやめて真っ直ぐにブレアを見た。

 チラチラ見るのをやめればいいというわけではない。


「言われても心配なものは心配です!ちゃんと食べてますか?エマ先輩と一緒にいますか?知らない人について行っちゃ駄目ですよ!」


「食べてる。いる。行ってない……って僕のこと小さい子だと思ってない?」


 面倒そうに着々と答えていたブレアは、ムッとしたように顔を顰める。

 そもそもこれまでは1人で過ごしていたのだから、ルークがいなくても平気に決まっている。


「だって先輩可愛いのに幼児級に警戒心ないじゃないですか!知らない男と話してませんか?あ、先輩今日もイケメンですね、なので女も駄目です!」


 先輩、綺麗、かっこいい、イケメン……と内心で呟きながら、ルークはブレアの元へ近寄る。


 いつもは到着するとすぐ女体に戻るのだが、今日は戻っていない。

 ブレア曰く『手本が必要になってからでいいでしょ。』とのこと。

 ルークはこの間、自分が男の先輩も見たいと言ったからではないだろうかと密かに期待している。


「何言ってるかわかんないんだけど。知らない女の子とは話したね。」


「何でですか詳しくお願いします!!」


 手が届くほどブレアの近くまで来たルークはブレアの前に正座した。

 以前ブレアが座っていた石はルークが砕いてしまったので、今はブレアが魔法で作った石に座っている。


 今日は男の姿なので、初めてここに来た時のようにスカートの中が見えそうでドキドキすることはない。

 それでも、美形のブレアに見下ろされているだけでドキドキしてしまう。


「エマの友達なんだって。何故か僕にまで絡んでくる。」


「先輩座るとあんまり背高く見えませんね……。」


 ブレアは関係ないことを言い出すルークにイラッとしたようで、腕を組む手に力を込めた。


「馬鹿にしてるの?」


「してませんよ!?ああ先輩細くて長くて綺麗な脚ですね、好きです。あわよくば素足を拝みたいです……。」


 ブレアはキツく睨みつけたのに、ルークはうっとりしたようにブレアの脚を見つめてくる。

 背筋に寒気が走るのを感じたブレアは、少しだけ脚を動かした。


「ない。そんなに好きなら君の顔蹴ってあげようか。」


「是非お願いします!何ならついでに踏んでください。」


「キッモ。絶対やらない。」


 嫌味のつもりだったのに喜ばれてしまい、ブレアはドン引きして脚を組み替えた。

 蹴ることを喜ばれるどころか更なる要求をされてしまうとは、完全に予想外だ。


 ルークがかなり残念そうな顔をするので、呆れたブレアは女体になる。

 これで何も言われないだろうと安堵するブレアだが、もちろんルークは嬉しそうな顔になった。


「女の先輩の脚も綺麗で大好きですよ!安定のえっち黒タイツ……。」


「気持ち悪い。どっちでも言うなら僕はどうしたらいいの。」


「そのままの先輩でいてください!」


 語尾にハートのついていそうな満面の笑みでルークが言うと、ブレアは更にドン引きして顔を顰めた。


「はいはい、このままの僕でいるからちゃんと練習してくれない?」


「まだそのエマ先輩のお友達について話聞いてません。」


「言ったよ?」


 真剣な顔で見つめてくるルークに、ブレアは呆れたように溜息をつく。

 ブレアは“エマの友達”という一言で説明を終わらせたつもりだったのだが、ルークからすればそうではないようだ。


「言ってません。詳しく!どんな人ですか?先輩に気があるのでは?口説かれてませんか?セクハラされたらすぐに先生に相談するんですよ!?」


「されてない。それだとすぐに君のことを相談しに行かないといけなくなるんだけど。」


 過保護な親のようなことを言っているルークだが、自分の発言が誰よりもセクハラじみていることの自覚はあるのだろうか。


「今は俺のことはいいんですよ!本当に変なやつじゃないですか!?」


「妙に馴れ馴れしいというか、限りなく変な子だったけど……君よりはマシだね。」


 全然ルークのこともよくないと思うのだが、ルークはあくまでアリサのことが気になる。

 ブレアは昨日のアリサの様子を思い出しながら答えるが、本当に変な子だった。

 アーロン――は兎も角エマと仲良いのを見るに悪い子ではないと思うのだが。


「先輩が俺の知らないところで新たな交友関係を……!俺に話するくらいその子のこと気に入ってるんですか?俺といる時に他の人の話しないでくださいよぉー!」


「君が聞いたんでしょ……?」


 悔しそうに嘆くルークを、ブレアは呆れたように見る。

 ルークが聞いてきたから答えたのに悲しむなど意味がわからない。情緒が不安定すぎる。


「人間関係に関しては、先輩の言うことは信用できません!今度絶対その子と会わせてください。」


「会ってどうするの。」


「ちょっとでも下心があったら追い払います!」


 真剣な顔でルークが言うのが少し怖い。

 ルークは本来なら自分が1番追い払われるべきだと言う自覚はあるのだろうか。

 

「追い払うって……君僕の何なの?」


「助手兼友達です!!」


 自信満々に答えるルークは、この肩書きが案外気に入っているようだが、助手や友達なら何してもいいってものではない。


 というか助手であることを誇っているならもう少し助手らしいことをしてほしい。

 ブレアが試したい魔法をを試させてくれるのは有難いが、期待した無効化魔法については未ださっぱりである。

 無意識に発動させていることはあるようだが、魔法は意識的に使えるようになってこそだ。


「助手なら魔法の練習してくれるかな。進展がないと、見ているこっちも退屈だ。」


「すみません頑張ります!……と言いたいところなんですけど。」


 言葉を止めて困ったような顔をするルークに、ブレアは怪訝そうに「何?」と聞く。

 ルークは右手を握ったり開いたりした後、不思議そうに言った。


「何故かさっきから全然魔法が使えません。」


「は?」


 予想外の答えに、ブレアは意味がわからない、とでも言いたそうに眉を寄せた。

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