第74話 ごめんなんて言った?

 授業終了のチャイムが鳴ると、ブレアはグッと両手をあげて体を伸ばした。

 号令が終わるなり席に座り、魔法で教科書を片付けてしまう。


「ブーレアっ!お昼食べましょ!」


「ひゃっ!?……もう、抱きついてこないでってば。」


 魔法創造学のレポートでも書こうかな、と思っていると、横からエマが抱きついてくる。

 驚いたブレアが声を上げると、エマは「ごめん〜!」と嬉しそうに笑った。


「ブレアってば寂しいのー?悲しそうな顔してるわよ!」


「してない、寂しくない。」


 つんつんと頬を突いてくるエマを、ブレアは「触らないで。」と押し除ける。

 別に寂しくない。何を寂しがる必要があるのだ。


「ところでブレアはどうしてお弁当を食べようとしてないのかしらー?」


「答えは簡単。食べないからだね。」


 抱擁を解いたエマは駄目!と子供を叱るように言う。

 そんなことだろうと思っていたが、あれだけ言われても食べないとは。


「ちゃんと食べないと駄目よ!ルークくんが心配しちゃうでしょ?」


「……勝手に心配させとけばいいと思う。」


 エマはブレアの隣に座ると、それが駄目なの!と少しきつく言う。

 ルークがいなくてもちゃんと食べると言っていたのに、やはり放っておくと食べないようだ。

 ブレアの鞄を勝手に開けてお弁当箱を取り出して、机の上に置いた。


「さ、食べましょ!自分で食べるのが嫌なら、私があーんしてあげるよ?」


「絶対嫌だ。」


「ならちゃんと食べる!」


 拒否されるとは思ったが、あからさまに嫌がられると傷つく。

 渋々包みを開くブレアを見て、エマは満足そうに笑った。


 エマは駄目、けれどルークはいい。

 それは最早ルークのことが好きなのではないだろうか。

 そう思ったエマがくすりと笑うと、ブレアは怪訝そうに眉を顰めた。


 エマも自分の包みを開けようとすると、後ろから首に腕を回してぎゅっと抱きつかれる。

 誰の腕かはわかっているので、ブレアのように悲鳴をあげたりはしない。


「リサ、首はくるしいからやめましょ。」


 エマはやんわりと手を解きながら、姿も見ずに“リサ”と呼ぶ。

 リサと呼ばれた女子生徒は、抱きついたままエマの首に顔を埋めた。


「エマち〜、ウチと一緒にお昼食べよーよーぉ。」


「ごめんなさい、今日はブレアと食べるから。」


 エマが断ると、リサは「やぁだぁ〜!」と声をあげた。

 子供っぽい人だなあ、とブレアは不思議そうに眺めている。


「今日ジュンジュンは友達と食べるって言うし、エマちに振られたらウチ1人なる〜!ぼっちご飯やぁだぁ。」


「困ったわね……でも私、ブレアがちゃんと食べるか見てないといけないの。どうしましょう?」


 嫌だ嫌だと言いながら、リサはぴょんぴょんと跳ねる。

 それに合わせてピンク色のメッシュの入った灰汁色のツインテールが跳ねた。


 うーんと考え込むエマを見て、ブレアは呆れたように眉を下げる。

 ブレアにはエマが何故困っているのかわからないようだ。


「僕1人で食べれるから、2人が一緒に食べたらいいよ。」


「えー、なんでぇ?」


 ようやくエマから手を離したリサは、不思議そうにブレアを見た。

 少し垂れ目気味の、ルビーのような紫ががった赤い瞳をぱちぱちと瞬かせている。

 

「3人で食べればいーじゃーん!ウチ、エマちの前行くねぇ。」


「え、ちょっと、」


 流れるようにエマの前に座るリサに、ブレアは戸惑っている。

 エマはともかく、全然知らない女子と一緒に食べないといけないのは嫌だ。


「そんな嫌そうな顔しないで、よろしくぅ!」


 顔に出ていたのかと、ブレアは真顔を作る。

 真顔でも十分嫌そうに見えるが、ブレアはそうは思っていないようだ。

 

「ごめんねブレア、この子アリサっていうの。」

 

「そうなんだ。」


 エマが申し訳なさそうに謝ると、ブレアはこくりと頷いた。

 リサではなくアリサだったのか、と思いつつ、別に興味もないのでどっちでもいい。


「そー、ウチアリサぁ!って、ずっと同じクラスだったのに初対面みたいなノリやめよ〜。リサちって呼んで!」


「え……嫌かな。」


 困ったように聞くブレアに、アリサは大きく頬を膨らませた。


「リピートあふたーみー、“リサち”。」


「……。」


「リサち!」


 両頬を手で包むように頬杖をついたアリサは、無言のブレアに何度も繰り返す。

 のほほんと笑っているのに、絶対に“リサち”と呼ばせるという強い意志を感じる。


「……アリサ。」


「違う、リサち!!」


 嫌そうな顔で渋々口を開くと、アリサはまた頬を膨らませる。

 リサちと呼ぶまで続くのだろうか、とブレアは更に嫌そうに顔を歪めた。


「無理しなくていいのよブレア。リサ、無理言わないであげて。」


 見かねたエマが助け舟を出しても、アリサは諦めたくないようだ。

 

「ええー無理じゃないでしょぉ。できるよねレアてゃ?」

 

「レア――ごめんなんて言った?それ僕のこと?」


 『レアてゃって何?』と聞こうとしたブレアは、てゃが発音できずに聞き返す。

 アリサが「そうだよぉ。」と頷くと、ますます嫌そうに顔を歪めた。


「“ブレアてゃん”だからレアてゃなのにぃ、気に入らなかった?」


「さっきみたいに“ユーリーさん”て呼ばれる方がいいかな。」


 アリサは「苗字は嫌ー!」と足をばたつかせる。

 ブレアはこの短い時間で、1つわかったことがある。


(……僕、この人苦手だ。)


 ブレアは基本的に全人類苦手だが、こういうタイプは特に苦手だ。

 ちなみにルークのような人もすごく苦手だ。


「苗字がいいのー?じゃあ、“ユーリーさん”だから“ゆりゆり”で、だきょー。」


「……うん、もうそれでいいよ。」


 全然よさそうな顔をしていないのだが、本当にいいのだろうか。

 妥協という言葉に騙されているように見える。

 エマは心配そうに2人のやりとりを見ているが、アリサは全く気にしていない。


「じゃあゆりゆりー今日彼ピはぁ?」


「ぴ……?」


 首を傾げているブレアに、エマは「彼氏のこと。」と教えてあげる。

 教えられたブレアは心底嫌そうに顔を顰めた。

 ずっと嫌そうな顔をしているが、比にならないほど嫌そうだ。


「彼氏じゃない。」


 すぐに誰のことかわかってしまったのは少々悔しいが、ブレアははっきりと否定する。


「えーじゃあ、ゆりゆりの好きピはぁ?」


 ブレアが首を傾げるよりも早く、エマが「好きな人のことよ。」とブレアに囁いた。

 かぁっと頬を染めたブレアは、少し大きな声を出した。


「好きな人でもない!彼は課外学習。」


「その彼は彼ピの彼じゃないの〜?」


「三人称の“He”だよ。」


 ニヤニヤと笑ったアリサに、ブレアは即座に否定する。

 全然彼氏ではない。ただの友達兼助手だ。


「本当に彼ピでも好きピでもないのー?」


「ない。全然違う。」


 ブレアが目を逸らしながら答えると、アリサはニコリと笑った。


「そかそか〜。」


 ニコニコと笑ったアリサがブレアを見てくる。

 何を考えているのかはわからないが、なんとなく嫌だなとブレアは思った。


「……うわっ、何そのメンツ謎くね?」


「あー、アーくんちーす。」


 横を通り過ぎようとしたアーロンは、予想外の光景に立ち止まって二度見した。

 エマとアリサ、エマとブレアの組み合わせはわかるのだが、それが同時に起こるとは。


「リサちとユーリーが一緒にいるとか珍しすぎね?なんの集まり?」


 訝しむように眉を寄せたアーロンは、ポケットから取り出した記録用魔道具で3人を撮影した。

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