第72話 見た目を変えられる魔法なんて初めて見た
「……僕だけど。」
忘れたの?と男子生徒は困ったように眉を下げる。
この人と話した記憶はないのだが、忘れてしまっているのだろうか。
こんなかっこいい人なら、1度会ったら忘れないと思うのだが。
というかエマは1度話した人のことはちゃんと覚えるようにしてるはずだが、忘れてしまったのだろうか。
「僕だよ?ブレア。」
「ええええブレアなの!?どういう……え、男の人……!?」
本当に心当たりのない様子のエマを見て、男子生徒――ブレアは自分の顔を指差して言う。
背丈はブレアより圧倒的に高い、体つきも男性の物で、髪は短い。
けれど透き通るような白い肌や、サラサラの綺麗な銀色の髪、アメシストのような紫色の瞳。
確かにその特徴はブレアと酷似している。
「そ。」
当たり前のように短く答えたブレアは当然のように言うが、かなり不思議だ。
にわかには信じがたいが、その態度や表情は先日見たブレアと酷似していて、納得せざるを得なかった。
エマに信じてもらえたと思ったのか、ブレアはふうっと息を吐いた。
魔法で強化しているとはいえ、寝起きでここまで走ってくるのはかなり疲れる。
「君が1人で行ったって聞いて、走るのは男の方が速いからこっちできたんだけど――わっ。」
気怠そうに話していたブレアは、突然エマに抱きつかれて言葉を止める。
気を抜いていたのでよろけてしまったが、何とか持ち堪えた。
「どうしたの?」
困ったように眉を下げたブレアが聞くと、エマはサファイアのような目に涙を溜めてブレアを見上げた。
「ごめんなさい、ありがとう。……怖かった……!」
ブレアは怯んだように困った顔をして、視線を彷徨わせてから――恐る恐る、エマの濡れた髪をそっと撫でた。
柄にもないとは自分でも思うが、これくらいしか思いつかなかった。
どうすればいいかわからなかったが、そうしてもらうと、すごく安心することは知っていた。
「ごめんは僕の方でしょ。遅刻したのも、魔獣のことをちゃんと言わなかったことも、ごめん。」
「うん、怒ってる、怒ってるけど、来てくれて嬉しい……!」
涙を拭ったエマはニコッと笑った。
本当に怖かった。姿が違って驚いたが、ブレアが来てくれて心底ホッとした。
もう一度「ごめんなさい。」と謝ったエマはブレアから離れる。
ブレアは心配そうな顔で、まだ涙を流しているエマの手を取った。
「表面しか乾いてないから、気をつけて。」
「ありがとう。」
ブレアに手を引かれながら、普通の土の上に戻ってくる。
エマから手を離したブレアは、じっとエマのことを見つめている。
「ど、どうしたの?」
そんなに見られると恥ずかしい。
イケメンだから余計に照れてしまう。
さっとエマから視線を外したブレアの姿が一瞬ぼやける。
エマが目を瞬くと、いつの間にかブレアの髪が伸びていて、女性の姿になっていた。
長い髪も服も濡れていないのだが、どう言う原理なのだろうか。
「すごく濡れてるし、僕の上着貸すから着替えて。」
ブレアはエマの返事を聞く前に、自分が着ているブレザーを脱ぎ始めた。
「悪いからいいわよ。気にしないで?」
「気にするよ。女の子は体冷やしちゃダメでしょ。」
カーディガンのボタンを外しているブレアをエマが慌てて止めるが、ブレアは何故止めるのかとでも言いたそうだ。
「私に貸したらブレアが冷えちゃうでしょ。ブレアだって女の子じゃない。」
「確かに今はそうだけど、男でいればいいだけの話だから。人の服着るの嫌?」
やっぱり不思議な子だな、と思いながら、エマは慌てて否定する。
「嫌じゃない、けど……その、ブレア細くて可愛いから、入らなかったらどうしよう、と思って……。」
言いながらエマは恥ずかしそうに目を逸らした。
ブレアはエマより背も低く、細くて華奢で羨ましい。
エマに言われたブレアはすんと真顔になった。
「……嫌味?」
「どうして!?褒めてるのよ?」
ブレアの目が完全に死んでいるが、エマに嫌味を言ったつもりは全くない。
褒めているのだが。
戸惑っているエマを見て、ブレアは少し視線を下にずらした。
「……見た目に拘りはないけど、魔力が溜まりやすい場所だから羨ましい。」
「あー、えと、なんかごめんね?」
ブレアの言いたいことを察したエマは気まずそうに謝る。
脱いだブレザーとカーディガンを渡したブレアは、はっとして顔を背けた。
「ごめん、セクハラした……。」
「されてないわよ!?どこが!?」
エマが洋服を受け取ると、ブレアは開いた手で俯いた顔を隠した。
「女の子に体型の話するの完全にセクハラでしょ。本当にごめん、僕キモすぎる……。」
「キモくないわよ?……ブレアって男の子なの?」
自分を責めているブレアをフォローしようとしたエマは、目を丸くして聞く。
やけに気にするなと思ったら、もしかして本当は男なのだろうか。
ブレアは少し考えると首を小さく横に振った。
「女でいることの方が多いけど、自信を持って女ですとは言えないから。不快なことに変わりはないでしょ。」
「言いたくないならどっちでもいいけど、気にしてないからいいわよ。見た目を変えられる魔法なんて初めて見た、ブレアってすごいのね!」
ブレアはかなり曖昧に答えたが、エマは特に不審がっていない。
やっぱりすごい人ってすごいことができるんだな、と思いながらエマが言うと、ブレアは驚いたように目を瞬いた。
「すごくない。……嫌じゃないの?」
「何が?全然嫌じゃないわよ。」
エマが答えると、ブレアは「そっか。」と小さく頷いてエマに背を向けた。
心なしか少し嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「僕あっち行ってるから着替えて。雨じゃ言ってたことできないし、明日仕切り直したいんだけど……いい?」
「別にどこか行かなくてもいいのに。明日もいいわよ、ブレアが遅刻しないなら!」
着替えながらエマがニコッと笑って言う。
エマからは見えないが、ブレアは呆れたように眉を下げた。
「それは本当にごめん。君、意外と根に持つんだね。」
「持つわよ。ちゃんと来なかったら部屋行ってもいい?部屋番号教えて!」
ブレアは少し悩んだ末、はあっと息を吐いて部屋番号を告げた。
エマは「ありがとう。」と返すと、ブレアを待たせないように急いで着替え始めた。
今日は上手く行かなかったが、これから2人で頑張れば、課題はすぐに終わってしまうんではないかと思った。
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