第70話 ……で、何するんだっけ
SHRが終わったらすぐにSクラスの教室に行こうと思っていたのだが、日直の仕事で遅くなってしまった。
少し緊張しながら教室のドアを開け、中を覗く。
「し、失礼しまーす……。」
皆既に帰ってしまったようで、教室内はしんとしている。
ブレアが待っていると思っていたのだが、どの席にも誰も座っていない。
エマが遅いから帰ってしまったのだろうか。
待っていたら来るかもしれない、と思い、エマはとりあえず適当な席に座った。
暇潰しに勉強でもしてようと思い、単語帳を取り出す。
テストも近づいてきたのだから、隙間時間は有効に活用しなくては。
――と、思っていたのだが。
(……来ない。)
全く誰も来ないまま、30分が過ぎていた。
隙間時間どころではない。これなら単語帳じゃなくても、じっくり解いてもワークが1ページできた。
ブレアは何をしているのだろうか。
いつまでも待っていても仕方がない。
あともう1回単語帳を見終わったら帰ろう。
そう思って、3周目になる単語帳を開いた。
「……ん、んんぅ……。」
3ページ目を捲ったあたりで、人の呻くような声が聞こえた。
誰かいたの!?とエマは顔を上げる。
後ろから聞こえた気がして、素早く振り返る。
やっぱり後ろには誰もいない空席だけ――なのだが、1番後ろの席の更に後ろに、ひょっこりと人の頭のようなものが覗いている……ように見える。
目を凝らして見ていると、伸びをするように上に伸ばされた腕が見えた。
(……あれがユーリーさん?もしかしてずっといた!?)
ずっといたのにお互い気がつかなかったのだろうか。
席を立ったエマは机と机の間を通って、ブレア――らしき人の方へ行く。
1番後ろまで辿り着くと、ようやくその人の姿が見えるようになった。
ぺたんと座り込んでいると床についてなお余るほど長い、さらさらとした銀色の髪。
学校指定の物ではない細い紫色のリボンと、ブレザーの下に薄い灰色のカーディガンを着た、女子生徒だ。
足音で気がついたのか、ブレアらしき女子生徒は眠そうな目でエマの方を見上げた。
アメシストのような深い、暗い紫色の目が、何を考えているのかわからない無表情でこちらを見つめてくる。
(……綺麗な子……。)
エマは目を丸くして端的にそんなことを思った。
この子みたいになりたいな、と思うような、モデルか何かのように綺麗な、可愛らしい子だった。
そんな彼女は眠そうな目を何度も瞬いて、形の整った口を開いた。
「……何。」
「え、えーと、私課外学習のために人を待ってて……。」
見られていたことが気に入らないのか、ブレアらしき人はムッとしたようにエマを睨む。
睨まれたエマは怯みながらも何とか答えた。
「……来てたなら声かけてくれればよかったのに。ええーっと……」
「エマよ。あなたがユ――ブレアちゃん?」
“ユーリーさん”と言いかけたエマは、小さく首を振って言い直した。
積極的に名前で呼ぶことで、より仲良くなれる気がするから、エマはなるべく人のことを名前で呼ぶようにしていた。
――のだが、ブレアらしき人はあからさまに眉を寄せた。
「そうだけど、僕“ブレアちゃん”って呼び方ちょっと嫌だな。苗字で呼んで。」
「それは嫌。ならブレアでどう?」
自分のことを“僕”と呼ぶのだな、と思いながら、エマはキッパリと答える。
ブレアはエマが絶対に譲らないと思ったのか、諦めたように「……好きにして。」と言った。
「ありがとう。ところでブレアはどうして布団?の上にいるの?」
「君が遅いから寝て待ってようと思った。床じゃ寝られないからね。」
当然のようにブレアは言うが、エマはえ?と首を傾げる。
そうではなくて、どうして教室に布団があるのか聞きたかったのだが。
「……そうね、床じゃ寝づらいわよね。でもどうして教室に布団が?」
「持ってきてる。ってどうでもいいでしょ。」
「……そうなんだ……。」
ツッコみたいのは山々だが、ブレアがあまりにも気怠そうに答えるのでやめておく。
ちょっと不思議な子なのかな、と思った。
立ち上がったブレアは魔法で素早く布団を畳み、目の前の席に座る。
エマが前の椅子に座ってブレアの方を見ると、ブレアはすぐに口を開いた。
「……で、何するんだっけ。」
「課外学習の内容を決めるところくらいまではやっておきたいわ。」
エマが答えると、ブレアはうーんと何やら考え込む。
何かいい案があるのかな、と思っていると、ブレアは再びさっきと同じように口を開いた。
「……で、何するんだっけ。」
「えぇぇ。」
何をしようか考えていたのではなく、何をしなければいけないのか考えていたとは。
割と不思議な子なのかな、と思った。
「何か魔法基礎に関係のあることを実践調査して、レポートにまとめるのよ?」
「あー、そういえばそんな感じだったね。思い出したよ。」
「初めて聞いた。」とでも言いそうな顔で言っているが、本当に大丈夫なのだろうか。
かなり不思議な子なのかな、と思った。
「……で、何するか決めた?」
「一緒に決めないの!?」
驚いたエマが聞くと、ブレアは当然のように頷いた。
ペア学習なのだから決めるところから2人でやるのではないのか。
「2人で相談とか面倒でしょ。僕、やりたいことは沢山あるけど……魔法基礎のレベルを超えてるし、僕1人でやった方が簡単だ。それに僕が決めたら、きっと君には難しいよ?」
確かにエマはそこまで優秀ではない。
頭がよくて、噂では魔法も上手いらしいブレアとは全然レベルが違うだろう。
――けれど。
「――できるわよ!何をするかはブレアが決めてくれればいいわ!」
エマがいない方が簡単、難しくてついてこられない、などとあからさまに荷物扱いされると、何が何でもついていってやる、と思ってしまう。
「えぇ、本当に大丈夫?」
「大丈夫よ、何でも言って!」
まだ全然納得していないようだが、ブレアはひとまず考え始めた。
エマがじっと待っていると、ブレアはそんなエマを観察するように見つめてくる。
「……君、どんな魔法が得意なの。」
「一応、得意なのは木属性魔法、だけど……どうしたの?」
ブレアが無言で手を差し出してくるので、エマは首を傾げる。
何の手だろう、と思っていると、ブレアが「手、出して。」と言った。
戸惑いながらも、エマは手をブレアのものに重ねる。
きゅっと握ったブレアは何かを確認するようにしばらくそうしてから、エマの瞳をじっと見つめた。
「ねえ、森の奥に1箇所だけ、他の場所と土の質が違うところがあるの、わかる?」
「ええ、確か害のない魔獣が生息してるからだったかしら。」
それがどうしたんだろう、と思いながらエマが答えると、ブレアは少しだけ口角を上げて、薄く微笑んだ。
「あそこに花が咲いたら、面白いと思わない?」
ブレアの言葉に、エマは不安そうに顔を曇らせる。
詳しいことはわからないが、あの一帯は草木が生えず、土が見えていたはずだ。
「魔法で?……そんなことできるの?」
驚いてエマが聞くと、ブレアは楽しそうに、不適に笑った。
「できると思うよ?君次第だけどね。」
ついてこられない、などと言っていた癖に、エマ次第なのか。
ブレアが何を考えているのかは全く読めないが、自分にできることを精一杯やろうと思った。
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