第69話 残念ながら美人だしイケメンだと思う

 学校生活にも慣れてきた1学期後半。

 1年生は毎年この時期に2人1組で、魔法基礎の課外学習を行うらしい。

 この時間はそのためのペア決め。

 皆自由に席を立って、仲良い者同士で集まっている――はずなのに。


「先生、何でしょうか?」


 何故かエマだけ教師に呼ばれ、廊下に出ていた。

 何か怒られることしたかな、と不安になったエマは恐る恐る聞いた。


「申し訳ないのですが、優秀なキャベンディッシュさんを見込んでお願いがあるのです。」


「私にできることなら任せてください。」


 申し訳ないという言葉通りに眉を下げた当時の担任に、エマは大きく頷く。

 決して自分を優秀だとは思っていないが、教師の頼みなら聞かないわけにはいかない。


 何か困っていそうなのもあり、エマにできることなら役に立ちたいと思った。

 エマの答えを聞いた担任は、ほっとしたように微笑む。


「Sクラスのブレア・ユーリーさんをご存知ですか?」


「はい、名前は聞いたことがあります。」


 質問の意図がわからないまま、エマは素直に答えた。

 実際に会ったことはないが、名前は聞いたことがある。

 おそらく、大半の人が知っていると思う。


 入学時のテストで学年1位だった人だ。

 点数は本人にしか開示されていないが、噂によれば満点だったとか、2〜3問しか間違っていなかったとか。

 他にも恐ろしく魔法が得意だ、容姿端麗だ、変わり者だ、など様々な噂を聞くが、実際に会ったことはない。


「お願いというのが、今回のペア学習にそのユーリーさんと一緒に取り組んでいただきたいのです。」


「え……ええっ、無理ですよ!?だってユーリーさんって学年1位ですよね!?そんな、私じゃ力不足です!」


 心底驚いたエマは、両手をぶんぶんと振って否定する。

 確か現在のSクラスの生徒数は奇数らしい。


 だから余った1人がAクラスの人とペアになるのはわかるのだが、何故ブレアなのだ。

 クラス分けは成績順なのだから、Aクラスの者と組むなら1番下――とは言わずとも、もっと成績が近い人にしてほしい。


「大丈夫ですよ、キャベンディッシュさんはAクラスで1番優秀で、社交性もあります!そんなに自分を低く見ないでください。」


「私そんなに優秀でも社交性があるわけでもないですよ!?それに学年1位の人なんて、私とは実力が違いすぎます!」


 自信満々に言う教師にエマは両手だけでなく首も大きく横に振る。

 確かに勉強を頑張っているが、そんなに優秀じゃない。

 人間関係だってそこそこ良好に築けている自信はあるが、社交性があるわけではないと思う。


 ブレアと組むのが嫌なわけではないが、自分に務まるとは到底思えない。


「大丈夫ですよ、お願いします。1度やってみて、やっぱり無理だと思ったらまた相談してくれればいいので!」


「…………そういうことなら、わかりました。」


 担任の圧に押されたエマは渋々了承する。

 本当は不安だが、こうも困っていそうだと断れない。

 担任はほっとしたように「ありがとうございます。」と笑った。


「では今日の放課後、Sクラスの教室に行ってください。ユーリーさんが待っていると思いますので。」


「わかりました。」


 学年1位の人と一緒に課外学習をすることになってしまった。

 不安な気持ちを隠すようにエマは無理やり笑って一礼した。





 教室に戻ると、案の定友達に何の話だったのかと詰め寄られた。

 ブレアと組むことになったと説明すると驚かれて、この話題が昼休みまで続いている。


「エマちゃんいいなー、イケメンじゃん!」


「そうなの?」


 一緒にお昼を食べていた友人は、「そうだよ!」と心底羨ましそうに言う。

 イケメンなのか。

 そう言われると、ちょっと見てみたくなる。


「私もイケメンと出会いたい!エマちゃん可愛いから付き合っちゃったりしてー!」


「ええ、ないよ!?私可愛くないし頭も悪いもの。」


「頭悪い人は昼休みに単語帳捲ったりしないって。」


 友人は机の上に置かれたエマの単語帳を見る。

 流石に話す時は失礼かなと思い見ていないが、1人になるとすぐ単語を覚えようとしている。

 前の席にいた男子生徒が、2人の会話を聞いて振り返った。


「え、ユーリーさんってイケメン?女の子じゃない?」


「ええ、そうなの……?」


 目を丸くして聞かれて、エマは更に目を丸くする。

 イケメンと女の子を見間違うのか。かっこいい女の子なのだろうか。


「そうだと思ってた。Sクラスにいるめっちゃ美人な子がユーリーさんだと思ってたんだけど、違った?」


 男子生徒が自信なさ気に聞くと、友人はええ!?と声をあげる。


「どの子!?あの背高いイケメンじゃないの?」


「全然違くない?ちっちゃくて可愛い子かと……?」


 友人と男子生徒がお互いに不思議そうに話ているが、エマは全くついていけない。


 背の高いイケメンと、ちっちゃくて可愛い美人。

 正反対で、見間違いではなさそうだ。

 どちらかは人違いをしているのだろうか。


「埒開かないなら、Sクラスの人に聞いてみればいいじゃん。」


 男子生徒と一緒にいた男子生徒が、少し離れた席を指差した。

 指された方にいるのは、毛先の赤く染まった派手髪の男子――アーロンだ。

 確かに彼はSクラス、ブレアと同じクラスだったはずだ。


「アーロンくーん!」


「あ?んだよ。」


 友人が大声で名前を呼ぶと、アーロンは怪訝そうにこちらを向いた。

 正直に言うと、エマは少し彼が苦手だ。

 そんなに絡んだことはないが、ちょっと怖い。


「煩ぇ。んなに大声で呼ばなくても聞こえてっから!どした?」


 席を立ったアーロンは不思議そうにこっちへ来る。

 他の人と話していたようだが、大丈夫なのだろうか。


「エマちゃんが課外学習でユーリーさんとペア組むらしいんだけど、ユーリーさんってどんな人?」


「うわ、エマちゃんアイツとペアなの?」


 顔を顰めたアーロンがエマを見下ろしてくる。

 やっぱりちょっと怖いな、と思いながらエマは「うん。」と返す。


「マジか……可哀想。」


「そんな不安にさせるようなこと言わないで!?」


 アーロンはあからさまに嫌そうな顔をした。

 可哀想と言われるとは思っていなかったが、どんな人なのだろうか。


「悪ぃ、本音が出た。」


「余計不安になるだろそれ!?ユーリーさんって美人だよね?」


 口を塞いだアーロンに男子生徒が聞く。

 友人が「イケメンでしょー?」と続けると、アーロンは困ったように目を逸らした。


「いやー……まあ、うん、そうだな、残念ながら美人だしイケメンだと思う。」


「残念ながら!?どっち!?」


 気まずそうなアーロンの言ってることが全くわからない。

 美人だしイケメン?残念ながら?どういうことだろう。


「会ったらわかるだろ。頑張れよ。愚痴は聞いてやるから。」


「えぇぇ、わかったわ……。」


 あんまり変なことを言って不安にさせるのもよくないと思ったアーロンは、諦めたような顔をしている。

 ブレアのことがわかるどころか、余計不安になったのだが、大丈夫だろうか。

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