第66話 先輩が可愛すぎて爆発しそうなんだよ……
2時間目が終わってすぐ、ヘンリーの鞄が小さく振動した。
「ヘンリーの鞄動いてる?生きてた?」
「生きてないよ?電話ね。」
鞄が生きてるとはどういうことだろうか。
ヘンリーは鞄の中を探って薄型の魔道具を取り出した。
「何だそれ。魔道具?」
「通信用のヤツだよ。ルークくんは持ってないんだっけ。」
ルークは所持していないが、通信用だと説明されればどのようなものか大体想像がつく。
通信用魔道具が震えていると言うことは誰かから連絡が来たのだろう。
画面を見たヘンリーは不思議そうに首を傾げた。
「兄貴だ。女子と間違えたのかな。切っちゃお。」
「出ないの!?」
いーのいーの、と言いながらヘンリーは再び魔道具を鞄の中にしまおうとする。
アーロンから電話がかかってきたのは、入学してから初めてだ。
それまでは毎日のようにかけてきていたが、何だか久しぶりに着信音を聞いた。
わざわざかけてくる用もないだろうから、どうせかけ間違いだろう。
かけ間違いに気が付かずに口説きだした時は非常に面白かったが、今は面倒臭い。
もうかけて来ないだろうと思ったが、再び振動し始めた。
「出た方がいいんじゃないか?」
「……そうかも。仕方ないから出てあげよう。」
まあ休み時間だ。そんなに面倒な電話ではないだろう。
面倒だなあ、と溜息をついたヘンリーは渋々魔道具を耳に当てた。
『何で1回切った?』
挨拶もなく、アーロンは1番初めに聞いてきた。
「かけ間違いかと思って。オレは弟のヘンリーですよー。」
『お前にかけてんだよ。ルーク変じゃねぇ?』
アーロンに聞かれたヘンリーは隣にいるルークを見る。
目が合うが、特に変わりはない。
「ルークくんはいつも変……じゃなくて、いつも通りだよ?」
『言われてみればそうだな。じゃあ今日のルークまともじゃね?』
ヘンリーはもう一度ルークを見る。
アーロンの声はルークには聞こえていないが、自分の話をされているのはわかったようで、じっとこちらを見ている。
「いつも通りのルークくんに見えるけど……。」
『マジか。先輩今日も可愛かったなーとか言ってる?』
「言ってない。」
ヘンリーは三度ルークを見て答えるが、それは今見て答える質問ではないだろう。
ルークだって四六時中、息をするようにブレアの話をしているわけではない。
勿論24時間休みなくブレアのことを考えているが、それを口に出すかは別だ。
『だろ?何かルークが冷たいからアイツが拗ねてんだわ。それとなーく理由聞いてみてくんね?』
アーロンの声にヘンリーは呆れたように眉を顰める。
何を言っているのだろうか。
「そんなわかりやすい嘘つかないでよ。ルークくんがユーリー先輩に冷たいわけないし、ユーリー先輩が拗ねるわけないじゃん。」
「え、先輩が拗ねてる!?詳しく!」
ルークは“ユーリー先輩”という単語に反応してすかさず聞いてくる。
これのどこが冷たいんだ、と思うのだが、アーロンは何がしたいのだろうか。
『マジだって。朝ユーリーのことをいっこも褒めなかったんだよ。可愛いって言いかけたのにやめてたりとか。信じなくていいから探ってくれ、頼んだ!んで昼休みにこっち来て教えてくれ!』
アーロンの口から言っても信じてもらえないと思ったのか、一方的に言うと切ってしまった。
魔道具を鞄にしまいながら、ヘンリーは不思議そうに首を傾げている。
「先輩の話してた?俺にも教えてくれ!」
「うーん、ユーリー先輩の話というより、ルークくんの話かな。」
苦笑しながらヘンリーが答えると、ルークは「俺?」と首を傾げた。
ブレアの話ついでにルークの話かと思ったら、まさか自分の話とは。
「うん。ルークくんが先輩を全然褒めなかったんだけど、変じゃない?って話。」
「変だと思われてたのか!自然になるように頑張ったのに。」
探れと言われたのに、ヘンリーは直球に説明する。
探るのは面倒だし、特に隠す必要もないと思った。
「頑張った?褒めないようにしてたの?」
ヘンリーが聞くと、ルークは深々と頷く。
「俺ーー先輩に“好き”とか“可愛い”って言うのやめることにしたんだ。」
「……まさかのドッキリ!?どっかで兄貴が見てたりする!?」
数秒かけてルークの言葉を飲み込んだヘンリーはドアの方に目を向けた。
ルークは真剣に言ったのに、ドッキリだと思われて不満そうにしている。
「ドッキリじゃなくて、本気でやめたんだ。」
「大丈夫?頭打った?それとも変な魔法にかかったとか?」
ヘンリーは心配そうな顔でルークの様子を伺うが、特に外傷は見られない。
となると魔法だろうか。原因はわからないが、とにかくルークがおかしい。
「変になったとかじゃなくて、真剣に!」
「何でそんなことを……?」
ブレアに好きだと言わないルークなど、最早別人ではないか、とヘンリーは非常に驚いている。
本気で心配しているヘンリーに、ルークは真剣な面持ちで言った。
「先輩は俺が好きですって言い過ぎたことが嫌だったんなら、俺は先輩への気持ちを秘めないといけない……!って思ったんだ。」
「ああー、成程?」
ルークは険しい顔をしているが、そんな決死の覚悟ですることだろうか。
「アーロン先輩にも言い過ぎだって言われたから、俺は先輩を褒めずに生きられるようになりたいと思う!」
「うん、頑張ってね?そんな気難しい顔しなくても……。」
ルークがある意味変なことはわかったが、ヘンリーはかなり戸惑っている。
どうしてルークはこんなに険しい顔をしているのだ。
好きって言ったら死ぬのだろうか。
「今朝起きた瞬間から『おはようございます先輩!今日もめちゃくちゃ可愛いですね!』って言っちゃったんだけど!」
「初手からミスってるじゃん!」
こんなに深刻な顔をしているのに、朝イチから失敗しているとは。
ヘンリーのツッコミにルークは深く頷く。
「だから次に言ったら舌を噛み切るくらいの覚悟してる。」
「重すぎない!?可愛いって言いかけてやめてたって聞いたけど!?」
「あと1文字のところで踏みとどまった。」
一通り驚き終えたヘンリーは引いている。
そんなしょうもない誓いに命をかけないでほしい。
「まだ禁じてからそんなに経ってないけど先輩が可愛すぎて爆発しそうなんだよ……。」
「好きって言わないと死んじゃうの!?」
ルークが変なのが本当となると、ブレアが拗ねていることも本当なのだろうか。
本当ならブレアはなぜ拗ねているのだろうか。
(ルークくんが好きって言ってくれなかったから……?)
それしか思い当たらないが、そんなことあるだろうか。
アーロンはどうしてもっと詳しく教えてくれなかったのだろう。
「……何か、決定的なところですれ違ってない?」
昼休みになったら、兄に問い詰めねば。
と思いながら、既に我慢の限界がきていそうなルークを呆れたように見た。
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