第65話 お前ら結婚すんの?おめでとう?

 1時間目が終わるなり、アーロンとエマがブレアのところにやってくる。

 どうして今日に限って、1、2時間目とも教室での授業なのだろう。

 移動教室を言い訳に逃げることができなかったブレアは、2人に急かされて口を開く。


「昨日色々あって告白……っぽいことしたの、僕が。」


「色々を省くな。何があった?」


 散々渋った挙句、こんな端的なことしか言わないのか、とアーロンは苦笑した。

 ちゃんと話さないと解放してもらえない雰囲気に、ブレアは気まずそうに下を向いている。

 目が合わせられない。


「長い夢みて混乱してたというか、勢いに任せてすごい恥ずかしいこと言っちゃった……って感じ。」


「よくわからないけど、告白っぽいことって、何て言ったの?」


 知られると恥ずかしいから端的に話したのに、なぜか掘り下げられている。

 自分の言葉を思い出したブレアは再び顔を真っ赤にして、赤くなった顔を両手で隠した。


「……『ずっと一緒にいてほしい』って言ったぁ。」


「マジか。」


 小さな声で言うと、話を聞きながらブレアを撮っていたアーロンが魔道具を落とした。

 すぐに拾ったアーロンは画面に傷がついていないか確認している。

 流石に驚きすぎではないだろうか。


「きゃーブレアってば可愛い〜!そんな顔するなんてねー、アーロンくん撮って撮ってー!」


「もう撮った。」


「やめてよ。」


 ブレアは指と指の隙間から、2人に抗議の目を向ける。

 色恋に一切興味のなかったブレアが、こんな風に悩む時がくるとは、と2人とも驚いている。


「てかそれ最早告白じゃなくね?」


「違うの?」


 不思議そうにブレアが問いかけると、2人とも顔を合わせて頷いた。

 キラキラと目を輝かせたエマが嬉しそうに言う。


「それは告白じゃなくて、プロポーズよ!」


「ええっ。」


 ブレアの顔がさらに赤くなった。

 顔から手を離したブレアは、そのまま机に顔を伏せてしまった。


「嘘でしょ……僕寝起きで泣きながらプロポーズしてしかもそれをなかったことにされた人ってこと?死にたい……。」


「死ぬな。しかもお前泣いたの?泣かされたんならやめとけそんな男。」


「しかも僕男かもしれないのに男にプロポーズしちゃったってこと……?無理、殺して……。」


 机に顔を伏せたまま、ブレアは小声で呟いている。

 アーロンは微妙に無視されている。

 さっきまで恋バナの雰囲気だったのに、一気にテンションが下がった。


「それで、ルークくんは何て言ったの?」


 エマが話の軌道修正を図ると、ブレアは少しだけ顔を上げた。


「い、『一生傍にいます』って……言った。」


「だろうな。お前ら結婚すんの?おめでとう?」


 ブレアは短く「しない!」と返す。

 そもそもプロポーズのつもりなどなかったのだから、するわけがない。


「何でだよ。てかお前マジでアイツのこと好きなの?どこが?」


「……わかんない。」


 起き上がったブレアは困ったように下を向いて言った。

 アーロンは眉を寄せて「はぁ?」と呆れ顔になる。


「わからないの?」


「彼が僕のこと好きなのは、痛いくらい伝わってくるけど……僕が本当に彼のこと好きかどうかは、わかんないの。」


「駄目だろそれは。」


 ブレア本人も駄目なことはわかっているようで、ぎゅっと唇を引き結んだ。

 駄目だとわかっていても、わからないものはわからないのだから仕方ないではないか。

 鏡がなければ自分の姿はわからないように、自分の気持ちがどのようなものかは、鏡となる何かがないとわからない。


「わかんねぇなら何でプロポーズなんかしたんだよ?」


 眉を顰めてアーロンが聞くと、ブレアは「仕方ないでしょ!」と半ギレで返す。


「僕だって勢いで言っちゃったからそんな……プロポーズしたつもりなんてなかったの!悲しい夢みて寂しくなって、1人になりたくなくて……彼なら僕のこと好きだし、ずっと一緒にいてくれるかなって思って……!」


「うわ、つまりアイツは都合のいい男ってわけか。ないわ。」


「違う、僕のこと本当に好きな人に会ったのなんて本当に久しぶりで、彼の好きってなんか痛くて、お母さんみたいなんだけど違って、目があったかくて、ああもう、わかんない!」


 ドン引きしているアーロンにわかってもらおうと言葉を重ねるブレアだが、自分でもわからないものを他人にわかってもらうのは難しい。

 完全に混乱して、目を回してしまっている。


「ブレア、ちょっと落ち着いて。」


「うぅん、もう嫌だ。」


 エマが宥めると深呼吸をしたブレアは、考えることを放棄した。

 アーロンから見てブレアは、よくわからない感性をしていると思う。

 感覚的に好きになるタイプなのだろうが、本当に好きなわけではなかったらどうしようか。


「なかったことになってる気がするし、もうなかったことにしていい?」


「なかったことになってるって、どういうことなの?」


 考えることどころか色々諦めてしまったようで、ブレアの顔はすっかりいつも通りに戻った。

 切り替えの速さに驚きつつエマは不思議そうに首を傾げる。


「だって、さっき彼が何もないって言った。」


「あぁ。」


 不満そうに唇を尖らせて言うブレアは、拗ねているのだろうか。

 確かにルークは『仲直りしただけ』と言っていたが、ブレアの話を聞く限り仲直りしただけではない。


「ブレアも変だけど、ルークくんはもっと変じゃない?」


「よな。『これもう俺達結婚しましたよね!』とか『先輩の泣き顔がめちゃくちゃ可愛かったです!』とか、『とうとう先輩にデレ期が来たのかと思うとニヤケが止まりません。』とか言いそうなのになー。」


 エマの言葉にアーロンも大きく頷く。

 普段はブレアの何気ない動作まで逃さず拡大解釈するルークが、ほぼプロポーズと言っても過言ではないことを言われたのに喜んでいないとは、おかしい。


「何か、僕だけ意識してるみたいで嫌だ……。」


「……ヘンリーに探れって言っといてやるから元気出せって。な?」


 悲しそうに俯くブレアの肩を、アーロンは励まそうと叩く。

 ブレアは「触らないで。」と冷たい目でアーロンを睨んだ。

 デレ期(?)が来たからと言って、誰にでもやわらかくなるわけではないんだな、と思った。

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