第64話 告白――みたいなこと、した

 ルークが教室に入ってきたことに気がついたエマが、ルークにひらひらと手を振る。

 エマの声を聞いた2人が振り返るよりも速く、ルークが走ってきた。

 すぐに横まで来たルークは、アーロンの腕を掴んでブレアから離した。


「おはようございます先輩方。アーロン先輩、今先輩に顎クイしてるように見えたのは気のせいですか?」


「あー、うん、気のせい気のせい……痛ってぇんだが!?悪かった、謝るから離せ!」


 じっと疑いの目を向けたルークが手を離すと、アーロンはほっと息を吐いた。


「マジで痛かったんだが……。さっきユーリーに掴まれたとこと全く一緒だったわ。お前ら気ぃ合うんじゃねえの?」


「本当ですか!?俺たち息ぴっ――すごい偶然ですねー。」


 呆れたようなアーロンに言われ、ルークの顔が嬉しそうに明るくなる。

 目線をブレアに向けたルークは、はっとしたように唇を引き結んだ。


「……たまたまでしょ……。」


 視線を向けられたブレアは気まずそうに目を逸らした。


「やっぱりブレア、ちょっと元気ない?『掴む位置が同じだったくらいで何言ってるのキモい。』とか言いそうなのに。」


 大丈夫?とエマは心配そうにブレアを見る。

 アーロンも同じことを思った。


 絶対に風邪ではないのだが、元気がないというか、妙にしおらしいというか……。

 ブレアの横顔を見ていたアーロンは、ブレアの頬が微かに赤くなっていることに気がつく。


「おお?あれあれ〜?ユーリーお前顔赤くね〜?ルーク、ちょっと熱測ってやれよ。」


「赤くない。君の目がおかしいんじゃないかな?」


 ばっとアーロンの方を見たブレアは語気を強めて否定する。

 ニヤニヤと笑っているアーロンとは違って、ルークは本気で心配している。

 失礼しますと断ってから長い前髪を掻き分けて、ブレアの額に触れた。


「熱はなさそうです?」


「あ……ダメ、離して。」


 ルークが触れると、ブレアの顔がみるみる赤くなっていく。

 真剣な顔で首を傾げるルークの手を払って、ブレアは逃げるように体ごと横を向いてしまった。


「待ってください先輩、ちょっと熱くなった気がしたのでもう1回測らせてください!」


「熱ないから、大丈夫……。」


 赤い顔を隠すように両手で頬を覆ったブレアは、困った顔をしているルークを横目で見ている。


「でも顔真っ赤ですよ?可愛――じゃなくて本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だから、近づかないで。」


 ルークは心配しているだけなのに、近づくなと言われて若干傷ついている。

 1連のやり取りを見守っていたエマは、アーロンと顔を合わせて笑った。

 エマはキラキラと目を輝かせていて、アーロンはニヤニヤと言った感じだ。


「お前マジか〜、もしかして意識しちゃったんですかぁ〜?意外と流されるタイプ?なんならとうとう付き合った?」


「両想い!?ルークくん、昨日何かしたの?それとも今までの積み重ね?」


 煽るようにブレアに絡むアーロンと、興味津々にルークに問いかけるエマ。

 態度こそそれぞれだが、2人ともすごく驚いている。


「煩い。そんなんじゃないからマスク返して。」


「お前にマスクは必要ねえ。耳まで真っ赤になってんなー?撮ってやんよ。」


 ブレアの真っ赤な顔をアーロンは取り出した記録用魔道具で撮影する。

 また腕を掴まれるかと思ったが、ブレアは鋭く睨んでくるだけで何もしてこない。

 顔を隠す方が大事なようだ。

 睨んでても可愛く見えるとは、赤面補正強いなと思った。


「両想いだったら俺もっと喜んでますよ!?仲直りしただけです。」


「え?」


「「は?」」


 ルークの言葉にエマは目を丸くして、2人で話していたブレアとアーロンもルークの方を見る。

 唖然としている――というか、ブレアに関しては怒っているようにも見える。


「……最悪。君が馬鹿なの忘れてた僕が馬鹿だった。」


 ブレアは冷たい目でルークを一瞥すると、ぷいと顔を逸らしてしまった。

 ルークは戸惑いながらも、困ったように謝る。


「すみません俺、また地雷踏みましたか……?」


「……ルーク、それはねえわ。」


 ぽんとルークの肩を叩いたアーロンは励ます――のではなく、哀れみの目を向けてきた。

 何が何だかわからないルークだが、自分の発言がいけなかったことだけはわかる。

 やっと仲直りできたのに、またブレアを怒らせてしまったのだろうか。


「仲直りしただけなわけないじゃない?えぇ……?」


 ブレアとルークの反応の差にエマは戸惑っている。


「お前一旦教室戻れ。ユーリーはオレらと話そう。詳しく。」


「すみません……失礼しました。」


 本当なら今すぐ何がいけなかったのか聞いて謝りたいところだが、そろそろ帰らなくては授業に間に合わない。

 しゅんと項垂れて教室を出ていくルークを、エマは少し可哀想だと思った。

 しかしブレアの口から恋バナ(かもしれない)が聞けると思うと、申し訳ないがすごくワクワクする。


「――んで、お前は急にデレ(?)だして絶対何かあった感じなのに、あっちはいつも通りなのは何でだよ?何ならいつもよりあっさりしてね?」


 ルークが出て行ったのを確認したアーロンは、単刀直入に聞く。

 頬に手を当てたままのブレアは悩むように視線を彷徨わせ、唇を引き結んだり緩めたりした後――さらに顔を赤くして目を逸らした。


「……昨日、僕が告白――みたいなこと、した。」


 消え入りそうな小さな声を聞いた2人は、揃って目を丸くする。

 聞き間違いかと思った。

 告白“された”、ではなく、告白“した”……?


「ええぇぇ、嘘でしょ!?ブレアが!?好きって言ったの!?きゃーっ!」


「待てエマ、騒ぐな、視線がすごい。え、お前がしたの?されたんじゃなくて!?もっと詳しく説明してくんね?」


 ブレアはあり得ないほど驚いているエマと、何なら信じていなさそうなアーロンを横目で見て、完全に顔を覆ってしまった。


「……嫌だ。恥ずかしいから聞かないで。」


「いや、聞くだろ。」


 小さな声で拒否するブレアは本当に恥ずかしそうで、ますます気になってしまった。

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