第3章 先輩のお役に立ちたい編

第63話 風邪ひいたみたいなんです

 朝のSHRが終わり、号令に合わせて揃って礼をする。

 いつもならすぐに教室を出ていくリアムは、今日はそうせずに、目の前の席に座っているルークに声をかけた。


「ディアスさん、あの後ブレアは大丈夫でしたか?」


「はい!ちゃんと寝てました。」


 次の授業の準備をしなければいけないのだが、どうしても妹のことが気になる。

 心配そうに聞いてくるリアムを安心させようと、ルークはまず結論を述べた。


 あれから寝直して、1晩寝たブレアはちゃんと学校に行っている。

 まだ寝足りないようだったので休んだ方がいいのでは?と提案したが、ブレアに休むつもりはないらしい。

 ルークにはよくわからないが、「約束守らないといけないから。」と少し笑って言っていた。


「ユーリー先輩と仲直りできたんだね。」


 ヘンリーが笑って聞くと、ルークも嬉しそうに笑う。


「うん!よかった……んだけど、ただ――」


「ただ?」


 ただ、何かあるのだろうか。

 リアムが問うと、ルークは困ったような顔をした。


「――先輩、風邪ひいたみたいなんですけど、大丈夫でしょうか。」


「……風邪?ブレアがですか?」


 聞き返してくるリアムに、ルークははい、と頷く。

 この話の流れからして、ブレアじゃないわけないだろう。


「ブレアが風邪……?今?」


「はい。今朝からです。」


 首を傾げたリアムは「どんな症状なんですか?」と聞く。

 リアムは、ブレアが風邪をひいたことが信じられないようだ。


「咳とかは出てないんですけど、起きるなりマスクしたので『風邪ですか?』って聞いたら『そんな感じ。』って言ってたんです!食欲もないみたいで朝ご飯食べてくれませんでした……。」


「食欲がないのはいつもでは?それに……ブレアは風邪ひきませんよ?」


「え?」


 心配そうにしていたルークは、リアムに言われてきょとんと首を傾げた。


 魔力酔いで似たような症状が出ることはあるが、昨日の時点では平気だった。

 菌やウイルスの類は魔法でどうにかできるため、普通の風邪をひくこともないはずだ。


「それは風邪ではないと思います。」


「え、じゃあなんですか!?本当に大丈夫なんでしょうか……?ちょっと様子を見てきます!」


 ますます心配したルークは席を立つ。

 3ーSの教室に向けて走り出しそうなルークを、ヘンリーが手を掴んで止めた。


「心配なのはわかるけど、授業始まっちゃうから。」


「授業より先輩の方が100倍大事だろ!?」


「欠点とるよ!?」


 真剣に言うルークは本当に教室を飛び出してしまいそうだ。

 心配なのはわかるが、ブレアだってこれから授業だ。行っても迷惑になるだけではないだろうか。


「今行ってもできることないよね?それに……ほら、兄貴いるから!大丈夫大丈夫。」


「アーロン先輩がいるから何だ?」


 ルークを引き止めようと説得を試みるが、ルークはヘンリーの言いたいことを全くわかっていない。


「兄貴ならユーリー先輩が体調崩してもなんとかできるよ!だから大人しく授業受けよう?」


 リアムは小さく息を吐くと、「そうですよ。」とヘンリーに賛同する。


「ブレアなら大丈夫ですから、ディアスさんは自分のことをしてください。あなたの成績が低いと、ブレアが悲しむと思いますよ。」


「それは嫌です!」


 ルークはハッとして席に座る。

 渋々といった様子だが、ブレアのところに行くのは諦めてくれたようだ。


「それにしても、今度はどうしたんでしょうね?体調が悪いのならちゃんと休むはずですが。」


 諦めてくれたことにほっとしたリアムは、顎に指を添えて不思議そうに首を傾げた。

 “風邪ではない”と断言できるが、何なのかはリアムにもわからない。

 リアムの様子を見て、落ち着いたと思っていたルークが再び席を立った。


「やっぱり見てきます!」


「授業始まるってば!」


「まだ15分あるから走ればいける!」


 1年の教室から3年の教室まではかなり距離がある。

 15分しかないとほとんどブレアとは話せないと思うが、いいのだろうか。

 止める間もなくルークは教室を飛びだして行ってしまった。




 机に顔を伏せていたブレアは、ゆっくりと顔をあげた。

 怪訝そうな顔のまま後ろを向き、斜め後ろ辺りの席に座っている者に向けた。


「君、ちょっと見すぎ。怖いんだけど。」


「いや、見るだろそりゃあ……。何でマスクしてんの?」


 何故かマスクを着けているブレアを、アーロンは物珍しそうに見ている。

 アーロンが呆れ顔で聞くと、ブレアは「別に。」と短く答えた。


 ブレアがマスクをしているところなど初めて見た。

 何のためのマスクなんだろうか。


 アーロンは流れるような動作で記録用魔道具を取り出し、ブレアの姿を撮影する。

 すかさずブレアは手を伸ばして、魔道具を持つアーロンの腕を掴んだ。


「撮らないでくれるかな。」


「撮るだろこんな面白ぇ絵面。マスクでほとんど顔隠れてんだから許せ。」


 今日こそこの個人情報だらけの魔道具を破壊してやろうか、とブレアが考えていると、横から肩を叩かれる。

 ブレアが横を見ると、頬を膨らませたエマが立っていた。


「もう、喧嘩しないの!」


「……喧嘩じゃない。」


 不満そうに否定しつつもブレアはあっさり手を離す。

 ほっとしたアーロンは魔道具をポケットにしまった。

 エマの方を向いたブレアは、気まずそうに一度目を逸らしてから、再び真っ直ぐにエマを見た。


「……エマ、えーと……ごめん。」


「ごめん?」


 眉を下げて謝るブレアを見て、エマは不思議そうに首を傾げる。


「先週キツイこと言ったでしょ。手、叩いちゃったし。」


「ああ!気にしてないわよ。私こそごめんなさい。」


 昼休みのことだと気づいたエマは、ニコッと笑って返す。

 確かに少し空気が悪くなってしまったが、ブレアが悪いなんて全く思っていない。

 むしろ自分が余計なことをしたからだと思っていた。


「ブレア、顔小さいからマスクぶかぶかじゃない。可愛いわね。」


「可愛くない。」


 ブレアはムッとしたように眉を寄せて、ズレたマスクを直した。

 いつも通りのブレアだな、とエマは安心したように笑った。


「にしても、どうしてマスクしてるの?風邪?大丈夫?」


「……うん、そんな感じ。」


「何だ今の間は。」


 ブレアはふいと目を逸らした。

 ブレアの様子を観察するように見ていたアーロンは、無言で席を立つとブレアの正面に移動する。

 手を伸ばして、訝しむようにアーロンを見るブレアの顔に触れた。


「何?触らないで。……やっ。」


「やっぱ風邪じゃねえじゃねえか。何か隠してるだろ。」


 ぴりっとした魔力の流れる感覚にブレアの肩が跳ねるが、アーロンは真顔で首を傾げる。

 前にヘンリーがしたように、ブレアの体調を確認したようだ。

 絶対何かある、と確信したアーロンがマスクを取り上げるが、特に何も変わりはない普段通りの顔をしている。


「何も隠してない、風邪!わかったら離して。」


「風邪でもねえから何かはあるだろ。離して欲しいなら大人しく吐けや。」


 間近で見つめながらアーロンが聞くが、ブレアは無言で諦めてもらえるのを待っている。

 風邪を貫き通すようだ。


「あっ、ルークくんだ!おはよ〜!」


 ルークが教室に入ってきたことに気がついたエマが、ルークにひらひらと手を振る。

 エマの声を聞いた2人が振り返るよりも速く、ルークが走ってきた。

 すぐに横まで来たルークは、アーロンの腕を掴んでブレアから離した。

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