第61話 僕達も創ってみよう、魔法!

 それから1ヶ月程経った、いつも通りの日。

 夕方になりリアムがやってくると、ブレアは嬉しそうに顔を綻ばせた。


「リアムだー!学校終わったの?」


「こんにちは。終わりましたよ。また花を見ていたんですか?」


 白い花の前でしゃがんでいたブレアは、立ち上がってリアムに駆け寄る。

 リアムはぎゅっと抱きついてきたブレアの頭を撫でながら、ブレアが見つめていた花に目を向けた。

 細い茎の先にいくつもの花弁を纏ったその花は、風に吹かれて重たそうな頭を揺らしていた。


「うん。僕このお花好きなの。ゼラニウムって言うんだよ。」


「綺麗ですよね。」


 物知りでしょ、とでも言いたげに胸を張るブレアにリアムは柔らかく笑って返す。

 リアムが撫でる手を止めると、ブレアは抱擁を解いてその手を握った。


「今日は学校で何したの?教えて。」


「今日は授業見学をしましたよ。」


「見学?授業受けないの?」


 いつも座っている木陰に行こうと、リアムの手を引きながらブレアは首を傾げた。


「2年から受ける授業を選ぶために、先輩の授業を見学する日だったんです。」


「そうなんだぁ。面白い授業あった?」


「ありましたよ。」


 太い幹にもたれかかるように座ると、ブレアは興味津々、といった様子でじっとリアムを見つめる。


「どんな授業?魔法?」


 リアムは「そうですね……。」と何から話そうかと考える。

 選ばなければいけない授業は1つではなく、勿論興味を持った授業は沢山あった。

 中でも特に気になった、且つブレアが喜びそうな話といえば――


「……“魔法創造学”という授業が、かなり面白そうでした。」


「魔法そーぞーがく創造学?魔法!?」


 “魔法”という単語を聞いた途端、ブレアの瞳がより一層輝いた。

 本当に魔法が好きなんだなと、リアムはクスリと笑った。


「魔法を創るそうですよ。」


「魔法を創る!?魔法って創れるの!?」


 更に目を輝かせたブレアは、気になって仕方がないという様子で顔を近づけてくる。

 そこまで興味を持ってもらえるとは思っていなかったリアムは、若干戸惑いつつブレアから距離をとった。


「既にある魔法同士を掛け合わせたり、『こんな魔法があったらいいな』というようなイメージから、どうすればその魔法ができるのか考えたりするらしいです。」


「すごい!楽しそう!!僕も魔法創りたい!!」


 興奮しているのか、普段より大きな声で言ったブレアは素早く立ち上がった。


「掛け合わせるって、いろんな魔法一緒に使うってことだよね?」


「そうですね。……どこ行くんですか?」


「僕の家!リアムも行こ!」


 ブレアが手を掴んで引っ張ってくるので、リアムは立ち上がりながら問う。

 どうして家に連れて行かれるのかわからないリアムは、手を引かれて歩きながら「どうしたんです?」と再び聞いた。


「僕達も創ってみよう、魔法!」


「えぇ、創るんですか!?」


 振り返ったブレアが好奇に満ちた笑顔を向けてくるので、「無理では?」とは言いづらい。

 ブレアに創れると言ったのはリアムだが、そう簡単に、思いつきで創れるものかはわからない。


「魔導書の魔法2つくらい選んで、一緒に使ってみようよ!」


「できますかね……?」


 ぐいぐいと引かれるままについていくリアムは、困ったように眉を下げた。

 リアムとは対照的に、ブレアは「できるよ!」と自信満々に答える。


「だってリアムは賢いし、僕は魔法得意なんでしょ?2人で頑張ればできちゃうよ!」


「かもしれませんね。歩きづらいので、手を離してもらえますか?」


 身長にも歩幅にもかなり差があるので、手を引かれると歩きづらい。

 リアムから手を離したブレアはどんどん1人で進んで行ってしまう。


 木々や草花の間の細い道を、ブレアはすいすいと潜り抜けていくが、リアムには背の低い木がかなり邪魔だ。

 いつもならブレアがリアムに合わせてくれるが、余程テンションが上がっているのか、1人で走っていく。

 リアムがついていけていないことにも気づいていなさそうだ。



 駆け足で森をぬけたブレアは、家のドアをガチャっと開けるなり大きな声で言う。


「ただいまー!魔導書取りに来たよ!」


 ブレアはかなり大きな声を出したが、母までは開こえていないのか、返事はない。

 いつもならおかえり、と言ってくれるのに。

 それだけではなく、なんだかおかしい。


 床が所々汚れているのだ。

 紅い足跡のようなものが点々と床に付着している。

 なんだか不安になったブレアは、早足に廊下を進む。


 短いのに長く感じる廊下を進み、母がいるであろう部屋のドアを開けた。

 中を見た瞬間、ブレアの目が大きく見開かれる。


 ――案の定母はいた。但し、うつ伏せで倒れていた。


「お母さんっ!?」


 母の周りには紅い水溜りができている。

 割れた花瓶の破片と散らばった白い花を踏まないように、など考える余裕もなく、ブレアは即座に母の側に駆け寄った。


「お母さん、どうしたの!?」


 すぐ近くで呼びかけても何も言わない、ぴくりとも動かない。

 嫌な予感が予想以上に嫌に現実味を帯びてきて、心臓がギュッと掴まれたように萎縮する。

 どくどくと大きく、速く波打つ心臓が破裂しそうな程苦しい。


 頭が真っ白になる、足の力が抜けて、その場にぺたんと座り込む。

 涙がぽろぽろと溢れて頬を伝う。

 嫌だ、怖い、見たくない、どうすればいいの?、そんな端的な思考だけがぐるぐると回る。


 母が倒れていて、血が飛び散っていることと、少し散らかっていること以外は、ほとんどいつもと変わらない部屋。

 金色の乱れた髪が、紅によく映える。


 現実逃避だろうか、悪い夢だと思っているのだろうか。

 自分でもよくわからないままに、そんなどうでもいいところに目を向けている。


 震える手を伸ばして母に触れる。

 いつも暖かかったはずの体が、冷たくなってきていた。


「やぁ……お母さん……!どうしたらいいの……?」


 混乱したブレアは、意味もなく視線を彷徨わせる。

 母の側に散らばっている、ゼラニウムの花が目に入った。

 ブレアの好きな白い花が、白かったはずの花が、紅く染まっている。


 何を考えていたのか、何を考えてそうしたのか、ブレアにもわからない。

 わけもわからないままに、魔法で沢山の花を出した。

 手からこぼれ落ちた白い花が、紅い血も、母の姿も覆い隠していく。

 声をあげて泣きながら、溢れ続ける涙と同じように大好きな花を溢していく。


「ブレアー?ドアも開けっぱなしでどうしたんですか?」


 ようやく到着したリアムは、開けっぱなしになっていたドアから家の中を覗き見て、ブレアと同じように異変に気がつく。

 声をかけても返事がないが、代わりにブレアの泣く声が聞こえてくる。


「入りますよ?どうしたんですか!?」


 勝手に入ってもいいだろうか、と思いつつも、ブレアが心配で家の中に入る。

 短い廊下を進み、これまた開けっぱなしのドアから部屋の中を見たリアムは顔を強張らせた。


 涙を流しながら花を出し続けているブレアは何をしているのだろうか。

 ブレアの目の前、山のように積もった花々の中から、人の、ブレアの母の指先が見えている。


 ――ブレアは一体何をしているのだろうか。

 わからないが、異常事態であることはわかる。

 リアムは急いで部屋の中に入り、魔法を止めさせようとブレアの肩を叩いた。


「……あ、りぁむ……。」


 ようやくリアムが来ていることに気がついたブレアは、涙で潤んだ目でぼんやりとリアムを見た。

 ブレアが泣いているところなど、初めて見たな、と思った。

 

 いつも子供らしく無邪気に笑っていて、魔法についてわからないことがあれば落ち込んだり、悲しそうな顔をすることはあった。

 けれど涙を見たことは1度もない。

 リアムと初めて会った時でさえ、怖かったはずなのに、何事もなかったかのように澄ました顔をしていた。


 怯んだような顔をしているリアムを、ブレアは縋るような目で見てきた。


「ねえどうしよう、リアム……助けて……っ!」


「はい、まずは魔法で応急手当をしましょう。」


 リアムは積もった白い花を掻き分けようと手を伸ばす。

 応急手当よりも状態の確認が先か。それから魔法を使って、そのあとは……。

 とリアムが必死で頭を働かせていると、ブレアが伸ばした手を掴んできた。


「ブレア、不安でしょうけど手が塞がると――」


 言いかけたリアムはブレアを見て、ハッとしたように言葉を止めた。

 ポロポロと大粒の涙を流しているブレアは、必死というより、諦めたような顔をしていた。


「……いらない。そうじゃないの。」


 応急手当の方法など、ブレアだってわかっているはずだ。

 リアムが教えた。リアムより、ブレアの方が上手くできる。


 けれどそれをやらないのは、平常心を欠いているからではなく――やる意味がないとわかっているからだいうことに、リアムはようやく気がついた。


 ならばブレアは何を助けて欲しかったのだろうか。

 リアムが探るように様子を伺うと、ブレアはしばし迷うような素振りを見せた後、口を開いた。


「ころしてほしい、僕を。」


「ブレア……?」


 勿論辛いだろう、ショックなのは当然だ。

 けれどどうしてそんなことを言うのか、リアムには全く理解できなかった。


 こうなったのは自分のせいだと思っているのだろう。

 母よりも自分がこんな目に遭えばよかったと思っているのだろう。


 だから何だ。そんなことをしても、状況は悪くなるだけだろう。

 そんな願いを聞き入れるわけがないだろう。


 駄目です、と1言言えばいいだけなのに、言えなかった。

 こんなことになったのがブレアのいない時でよかったとか、ブレアが無事でよかったなどと思ってしまったことが、申し訳なくなった。


 何も言えず、何もできないリアムを、ブレアは静かに泣きながら、じっと見つめていた。

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