第59話 その変わっているところが、貴女の長所だと思いますよ
あの頃のブレアは、どこまでも自由に時間を過ごしていたと思う。
遅めの起床は11時頃。
母に挨拶をして顔を洗い、着替えた後、ご飯を食べる。
その後は本棚から1冊選んだ魔導書を読んでいる間に、母が髪を梳かして寝癖を直してくれる。
「お母さん、お花って刺があるの?」
「刺があるお花もあるよ。薔薇とかかなぁ。」
銀色の髪に丁寧にブラシを通す母は、ブレアの疑問に必ず答えてくれる。
魔導書に読めない文字があれば読み方を教えてくれ、わからないことがあれば一緒に考えてくれた。
「薔薇?」
「お花の名前だよ。この辺には咲いてないけどね。」
聞き慣れない単語に興味を示したブレアは、髪を梳かされている最中だということを忘れて振り返る。
母の答えを聞いたブレアは「お花に名前があるの?」と首を傾げた。
「あるよ。刺があるお花、大きなお花、沢山の花びらがついてるお花……どれも違う名前があるの。」
「そーなんだ!じゃあ、あのお花はなんて名前なの?」
期待に目を輝かせたブレアは、小さな花瓶を指さした。
花瓶には昨日ブレアが魔法で出した白い花が生けられている。
「あれは……確かゼラニウムって名前だったかな。」
「ゼラニウム?僕、ゼラニウム好き!」
好きなものの名前がわかったブレアは、嬉しそうに笑って復唱する。
ブレアの様子を見てクスリと笑った母は、机の上にブラシを置いた。
「終わった?じゃあ出掛けてくるね。」
「暗くなる前に帰って来てね。いってらっしゃい!」
ぴょんと飛ぶように椅子から立ち上がったブレアは、魔導書を閉じて抱える。
大きく分厚い魔導書はまだ体の小さいブレアには随分重たそうだ。
「うん、いってきます!」
魔導書を本に戻したブレアは、満面の笑みで返事をして家を出た。
家の裏の森に入り、過去の自分が通った跡をなぞるように道を進んでいく。
背の高い木やブレアの背丈より少し低い草が生い茂っているが、1本の細い道状にだけ土が見えている。
ブレアが草木を気にせず泥だらけになっているのを見かねたリアムが、以前魔法で整備してくれたブレアだけの道だ。
「あっ、えーと……ゼラニウムだ!」
いつも咲いている白い花を見つけると、ブレアは嬉しそうに笑った。
森の中には赤や黄色の同じ花も咲いているが、ブレアは自分の銀色の髪に似た白い花が大好きだった。
名前がわかると、その名で呼ぶと、もっと好きという気持ちが強まった気がして嬉しくなった。
しばらく進むと、一気に木が少なくなって、開けた場所が見えてきた。
誰も来ない、広くて魔法の練習もできる、ブレアのお気に入りの場所。
母にも教えていない秘密の場所。
けれど1人だけ、この場所を知っている人がいる。
開けた空間の端に、その1人の姿を見つけたブレアは目を丸くした。
「あれっ、リアムがいる。学校はー?」
その人――リアムは、背の高い木にもたれかかって座り、魔法で目の前に浮かせた紙に何かを書いていた。
ブレアが駆け寄って声をかけると、リアムはペンを止めて顔を上げる。
「こんにちは。今日は土曜なので学校は休みですよ。」
「そうなの?」
にこりと微笑んだリアムが答えると、ブレアはこてんと首を傾げた。
この時のリアムは魔法学校の1年生。
いつもあの頃のブレアには物珍しかった制服のブレザーを着て、夕方頃にここにやってきていた。
今日は珍しく私服姿で、ブレアより先に来ている。
「あなたもそうでしょう?今いくつでしたっけ、初等学校の1年生では?」
「1年生だけど、学校行くのやめちゃった。」
呆れたように苦笑したリアムは、ブレアの答えを聞いて驚いたように目を丸くする。
通っていないとは思っていなかったようだ。
「どうしてやめたんですか?」
「だって、みんな何言ってるかわからないんだもん。」
「わからない?」
隣に腰を下ろしたブレアに、リアムは不思議そうに聞き返した。
こくりと頷いたブレアは、記憶をたどりながら口を開く。
「みんな子供っぽくて何が言いたいかも、何がしたいのかもわかんないの。それにね、前『女の子なのに“僕”っていうのは変だよ』って隣の席の子に言われたの。僕女の子じゃないかもしれないのに。」
「確かに少し嫌かもしれませんねえ。」
その時のことを思い出したのか不満そうに言うブレアをリアムはやんわりと肯定して宥める。
みんな子供っぽいと言っても、リアムから見ればブレアも幼い子供だ。というかクラスメイトは全員同い年のはずだが。
「魔法いっぱい知ってて怖いとか、先生よりすごい魔法使えるのも変だって。リアムも、僕のこと変だと思う?」
ブレアが悲しそうにしゅんと眉を下げて見つめてくるので、リアムは戸惑って目を逸らす。
そんな顔をされると、無条件で変じゃないと言ってあげたくなってしまう。
「……確かにブレアは少し変わっていると思いますが、それは悪いことじゃないと思いますよ。」
「そうなの?」
意外な答えだったのか、ブレアは不思議そうに目を瞬かせる。
はっきり言えば、ブレアはかなり変わっていると思う。
魔法などの知識量は同い年の子供から見ると変わっているだろうが、リアムから見てもおかしなところもいくつかある。
例えば、
年齢にも、身体の大きさにもそぐわない程膨大な魔力を持っているところ。
魔法を使う時、瞳に虹色の光が映るところ、瞳孔が開いて白くなるところ。
何より不思議なのは、性別を変えられるところだ。
「そうですよ。他の子と違うところも沢山あるでしょうけど、その変わっているところが、貴女の長所だと思いますよ。少なくとも私は、魔法を沢山知っていて、すごい魔法が使えることは素敵だと思います。」
子供にこんなことを言ってもわからないかと思ったが、素直に思ったことを口にする。
聡いブレアなら、わかってくれるかと思った。
リアムが柔らかく微笑むと、ブレアも嬉しそうににこりと笑った。
「……そっか。うん、そうだね。」
『ありがとう。』と言おうとしたブレアは何かに気がついたようで、じっとリアムに顔を近づけて見つめてくる。
新しい魔法を見せた時と同じ、深い紫色の瞳の奥に光を宿した、何かを真剣に観察する時の目だ。
それがなぜリアムに向けられているのだろうか。
「リアムは男の子なのに、自分のこと“私”って言うね?」
「ええ、そうですね……?」
それがどうしたのかと、若干戸惑いながらリアムは正直に答える。
「その子『“僕”は男の子で、“私”は女の子だよ』って言ってたの。でも、リアムは“私”だね。リアムも変?」
「変じゃないと思いますよ。」
「変じゃないの?」
無垢な紫色の瞳に見つめられ、リアムはどう説明しようかと考えた。
リアムが変じゃないならば、自分も変じゃないかもしれない、と期待しているのがよくわかる。
「“私”は男性でも使いますよ。普段は“僕”や“俺”と言っている人でも、改まった場では“私”と言ったりしますね。自分のことを名前や渾名で呼ぶ人もいますので、ブレアの“僕”も、女性では珍しいですが変ではないと思いますよ。」
変と言われたことをかなり気にしている様子のブレアを、少しは安心させられたかと思ったが、ブレアはくすくすと笑いだした。
「何か可笑しなこと言いました!?」
「ううん。何か、リアムが“僕”とか“俺”って言ってるの面白いなって思ったの。」
焦ったように言うリアムに、ブレアは大きく首を横に振る。
声をあげて楽しそうにブレアが笑うので、リアムも「指摘されると恥ずかしいですね。」と照れたように笑った。
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