第56話 ルークくんと何かあった?

「エマちー、学食行こぉ!」


「ごめんね、今日はちょっと気になることがあって……。」


 にこにこした笑顔で誘ってくれた友人を傷つけないよう、エマはやんわりと断る。

 友人から顔は逸らさずに、目線だけをブレアに向けた。


「気になることってぇ、ユーリーさん?」


「うん。見るからに元気ないから心配なの。」


 エマの視線を追った友人も自席にいるブレアを見る。

 机に顔を伏せているブレアは、あまり交流のない人から見るといつも通りに見える。

 ブレアは毎休み時間ああして仮眠を摂るか、魔導書を読んでいるイメージだ。


「そお?いつも通りに見えるんだけどー。」


「ううん、元気ないわ。昨日も悲しそうだったから絶対何かあったのよ。話聞いてみる!」


「そかそか。頑張ってねぇ。」


 ひらひらと手を振る友人を見送り、エマはブレアの隣に座る。

 普段なら顔をあげて何か言ってくるのに、それがないということはやっぱり変だ。


「ブレアー?寝てるの?」


 問いかけてみるが返事がない。

 そっと耳にかかった銀色の髪を退け、耳元で囁いてみる。


「泣いてる?」


「ひゃっ。」


 くすぐったかったのか、びくりとブレアが飛び起きた。

 手で耳を押さえて、怒ったようにエマを見ている。


「ブレアって耳弱いわよね〜。泣いてなかったね。」


「泣いてるわけないでしょ。」


「なら何してたの?」


 再び机に顔を伏せたブレアは「仮眠。」と短く答える。

 話しかけるな、と言っているようだ。

 だからといってエマが話しかけるのをやめるわけではない。


「ねえ、昨日何があったの?」


「……何もない。」


 心配そうにエマが聞くと、ブレアは消え入りそうな声で返す。

 絶対何かあったな、と思ったエマは鎌をかけるつもりで聞き直す。


「ルークくんと何かあった?」


「何もない!」


 ブレアの声が少し大きくなった。

 絶対ルークと何かあった。

 怒っている、というよりは落ち込んでいるように見えるが、何があったのだろうか。


「もう、今度は何したのよ。それか何かされたの?ルークくんだって悪いことしてるわけじゃないんだから、落ち込むくらいなら許してあげればいいじゃない。全部大好きなブレアのためにしてくれてるのよ。」


「やめてっ!」


 顔をあげたブレアは厳しい目でエマを睨み、髪を撫でたエマの手を即座に払う。

 パシッと音がして、驚いたエマは手を引っ込めた。


「ご、ごめんね。触られるの嫌よね……ごめんなさい。」


「あ……ごめん。」


 叩かれた手を反対の手で押さえたエマは悲しそうな顔で謝る。

 エマを見たブレアも同じような表情になって、小さな声で謝った。

 2人とも無言になると、空気が一気に重くなる。


「あのね、ルークくんは確かにちょっとオーバーだけど、それくらいブレアのことが好きなんだと思うの。だから――」


「違う!」


 ブレアの口からは聞いたことのないくらいの大声がピリピリと空気を震わせた。

 驚いたエマが目を丸くする。教室がしん……と静かになる。

 普段のブレアなら注目されていることに恥ずかしがって逃げてしまいそうなものだが、ブレアは誰の視線も全く気にしていない。


「そんなの嘘。」


「嘘じゃないわ。……やっぱりちょっと変よ、どうしちゃったの?」


 じっとブレアの様子を伺ってくる、澄んだ青色の瞳。

 本物の宝石のように綺麗なその目が見ていられなくて、ブレアは逃げるように目を逸らした。


 まだ賑やかさの戻らない教室では、少しの物音もよく聞こえる。

 ガラガラっとドアの開く音に、全員が注目した。

 そっと顔を覗かせたルークは一同の視線が注がれていることに気づいて、気まずそうに「失礼しまーす。」と言った。


「ルークくん!こっちおいでー何か元気ない?」


「元気ないです、先輩不そ――何でもないです!」


 エマに心配されたルークは2人の方へ近づきながら慌てて言い直す。

「先輩不足で元気出ません。」と言おうとしたが、そういう発言がよくないと言われたところだった。

 ルークが近づくと、ブレアは机に手をついて立ち上がった。


「待って、どこか行くの?」


「準備室。」


 ブレアの言う準備室とは魔法創造学準備室のことだろう。

 ルークの横を通り過ぎたブレアは廊下に出る直前でふと立ち止まる。

 少し考えていたブレアが軽く右手を振ると、教室の後方に置かれていた布団が浮き上がる。

 飛んできた布団に乗って、ブレアは出て行ってしまった。


「えーっと、ルークくん、私でよかったら相談乗るよ?」


「ありがとうございます……。」


 結局ブレアとは一言も話せなかったルークは、ますます落ち込んでしまった。





 終わりのSHRが終わるなり立ち上がったルークは、名簿を確認しているリアムに声をかけた。


「リアム先生、先輩、俺のこと何か言ってませんでしたか?」


「……ブレアのことなら、私の方が聞きたいです。」


 パタンと名簿を閉じたリアムは大きな溜息をついた。

 ルークの問いには答えずに、心配そうな顔で聞いてきた。


「どうしたんですか?具合でも悪いんですか?」


「え、先輩から聞いてないですか?」


 どんな話をするんだろう、と隣に来て様子を伺っていたヘンリーは、2人の上に“?”が見えた気がした。

 お互いにブレアのことを聞いていて、微妙に話が噛み合ってない。


「聞いてませんよ。そもそも今日はブレアの姿を一度も見ていませんので。」


「そうなんですか?でも、昼休みに準備室に行くって言ってましたよ?」


 ルークに言われたリアムは首を横に振ると、にこりと笑った。


「来てません。それどころか5限の授業にも来なかったので欠席かと思っていたのですが、もしかしてですかね?」


 “サボり”の単語を強調して言うリアムは怒っているのだろうか。

 優しく微笑んでいるのに、何だか怖い。


「サボりかどうかはわからないですけど、昼休みまでは学校にいましたよ。」


 若干怖気づきながらルークが答えると、リアムは一層笑みを濃くした。


「成程サボりですか。約束破りましたねあの駄妹?職員会議がなければ部屋まで行って問ただしたいところです。」


「いや、体調が悪くなって早退したのかもしれないですし、サボりかどうかは……先生ちょっと怖いです。」


 懸命にブレアの肩を持とうとしたルークは圧に耐えきれず目を逸らす。

 笑顔なのに怒りが伝わってくる。


「怖いですか?すみません。」


 自覚があったのかはわからないが、謝ったリアムは数枚のプリントを取り出す。

 軽く目を通してから、まとめてルークに渡した。


「私はもう行きますので、これをブレアに届けてもらえますか?今日の授業での配布物です。」


「わかりました。」


 ルークがそれを受け取ると、リアムは「それから……。」と続ける。


「週明けの授業も休んだら、部屋に行くと伝えてください。」


「わかりました。」


 やっぱり何となく怖い……と思いながら、ルークはしかと返事をした。

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