第51話 もしかしてユーリー先輩ってツンデ――
思わず見惚れてしまいそうなブレアの伸ばした指の先――ほんの数センチの距離で、ブレアの何倍も大きな魔獣が静止していた。
全身を棘のような太い毛で覆った、赤い目の四足歩行の大きな魔獣。
恐らくブレアに飛びかかって、その姿勢のまま魔法で止められているのだろう。
大きな体は宙に浮いており、ブレアの腕一本で支えられているように見えるが、毛の先さえも、ブレアには触れていない。
「……同時に色々するの、疲れるんだよ?あまり手間をかけさせないでほしいな。」
ブレアがゆっくりと手を降ろすと、魔獣の体が大きな音を立てて地面に落下した。
衝撃で地面が揺れ、ブレアがよろめく。
足が動くようになったルークは、急いで駆け寄って華奢な体を支えた。
瞬きをしたブレアの大きな瞳は、中心に黒い瞳孔を据えた紫色に戻っている。
「大丈夫ですか!?」
「1人で立てる。もう大丈夫だから、君達もこっちにおいで。」
冷たくルークの手を払ったブレアは、通路で一連を見ていた1年生達に手招きをする。
一同が恐る恐るといった様子で近づいて来る中、ヘンリーは少し早足でやってきた。
数歩下がって魔獣とルークから距離を置いたブレアは、ムッとしたように眉を寄せた。
「僕、動かないでって言ったよね。何でこっちに来ようとしたの。」
「すみません。先輩が危ないと思うとほぼ無意識に……。」
ルークが正直に謝ると、ブレアは大きな溜息をついた。
「僕は君達を守るために来てるんだからそんなに弱くないよ。近くに来られると、巻き込んじゃうかもしれないでしょ?」
「すみません。」
「君も止めてくれたらよかったのに。」
思わぬところで流れ弾を喰らったヘンリーもすみません、ととりあえず謝る。
困ったように眉を下げたブレアは手を伸ばしてルークの頬に触れた。
「怪我は?」
「だ、い丈夫、です……!」
じっとブレアに見つめられ、ルークは照れたのか頬を赤くして答える。
少々ぎこちない返事を聞いたブレアは「ならよかった。」とすぐに手を離した。
「心配してくれるのは嬉……しくない、迷惑!君魔法下手なんだから、ああいう時は自衛に集中して。」
「すみません……。」
自分が可笑しなことを口走っていることに気づいたブレアは、早口に訂正するとぷいとそっぽを向いた。
ルークは怒られていると思って頭を下げているが、ヘンリーはブレアの唇が少しだけ上がったことを見逃さなかった。
「……もしかしてユーリー先輩ってツンデ――」
「何?」
「何でもないですすみません。」
ブレアにキツく睨まれたヘンリーは、言いかけた言葉を仕舞い込んだ。
ヘンリーが口を閉じると、ブレアは足元に倒れている魔獣に目を向ける。
既に息はないようで、ぴくりとも動かない。
「僕の時はこんなのいなかったんだけどな。……君、魔獣捌けるんだっけ。魔石探せる?」
「覚えててくれたんですか、嬉しいです!お任せくださいっ!」
以前少しだけ話したことを覚えていて貰えたことが嬉しくて、ルークは大きな声で返事をする。
「煩……。」と顔を顰めたブレアが手を握って再び開くと、動きに合わせて小ぶりなナイフが現れた。
「これでできる?」
「はい!……って投げないでくださいってば。」
放るように渡されたナイフを受け取ったルークは、軽くブレアに注意をする。
今回は危なげなく受け取ることができたが、危ないことには変わりない。
ルークが魔獣に近づくと、ブレアはヘンリーとともに数歩下がって離れた。
「先輩の上着汚せないから持っててくれ。」
カーディガンを脱いだルークはヘンリーに預けると、魔獣の側にしゃがむ。
「……へぇ、そうやるんだ。初めて見た。」
「この魔獣は初めて見たので自信ないですが、大体こんな感じです。」
魔石があると思われる心臓付近をテキパキと開いていくルークを、ブレアは感心したように眺めている。
ほとんどの者にとって珍しい光景のようで、1年生達も興味深々といった様子だ。
少々グロテスクだが、怖いもの見たさもあるのだろうか。
「どうして魔石を取り出すんですか?」
「先生に報告しとかないといけないからね。」
ヘンリーが聞くとブレアは簡潔に答える。
教師に報告することと魔石を取り出すことに何の関係があるのだろうか。
「魔石の性質で、魔獣の特徴がわかるからですよね?俺にはちょっとしかわからないですけど、詳しい人なら魔石だけで十分わかりそうです。」
「そ。先生は魔石の研究とかもしてたんだ。」
作業を続けながらルークが代わりに答えると、一同はへぇーと声を上げた。
「魔法学生の就職先、魔獣に関係するところが多いから覚えておいて損はないんじゃないかな。彼のナイフ捌きも、何かの参考になるかもよ。」
「手本になれるほどは上手くないですよ?あ、魔石ありました!」
ルークが少し大きな声をあげると、ブレアはすっと手を伸ばす。
「早いね。貸して。」
ルークが取り出した魔石をに差し出すと、ブレアは躊躇ったように、伸ばしていた手を引っ込めた。
手のひらより少し小さいくらいの大きさで、べっとりと血のついた黄色の魔石。
ブレアは強張った表情でじっとそれを見つめている。
「もしかして血とか苦手ですか?すみません!」
「……ううん。加工されてない魔石初めて見たから、ちょっと驚いただけ。」
今度こそ魔石を受け取ったブレアの手は少し震えている。
魔法で表面を洗うと、綺麗になった黄色の石はキラキラと輝いた。
完全に汚れを取ったというのに、魔石の表面はうっすら黒く濁っている。
手のひらからひりひりと、閉じ込められた魔力が伝わってきた。
「でもこの魔石、ちょっと変ですよ。」
「そうなんだ?」
手の上に乗った魔石を食い入るように見つめたまま、ブレアは小さく首を傾げる。
ルークも魔石に気を取られていて、その表情が険しいことに気づいていないようだ。
市場に出回っている魔石は加工されているため、もっと形が整っていて、濁りも全く見えない。
加工前ならこんなものなのかと思っていたが、違うのだろうか。
「魔獣の大きさの割に魔石が小さすぎるんです。色も瞳の色と違いますし、膜が張ってるみたいに黒くなってるのわかりますか?これって多分加工された後というか、何か魔法がかかってるからだと思うんですよね。」
「……ぇ……うぁ……。」
ルークが訝しむように魔石を見ながら話していると、突然ブレアが崩れ落ちるように座り込んだ。
小さな呻き声を漏らす口元を手で抑え、荒い呼吸に肩を揺らしている。
元々白い肌が血色を失くし、みるみる白さを増していく。
「え、先輩!?」
普通ではないブレアの様子に一同は動揺しだす中、恐らく1番焦っているであろうルークはブレアの前にしゃがんで様子を伺う。
苦しそうに歪められた顔には冷や汗が伝い、全身が震えている。
今にも倒れそうなほどの状態なのに、しっかりと握った魔石を、揺れる瞳で食い入るように見つめていた。
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