第49話 そんなくだらないことで困らないでほしいな

 奥に進むルークとは反対に最後尾に戻ったブレアは、ヘンリーの隣まで来ると身を翻した。

 ヘンリーは1番後ろとは自分の後ろのことかと思っていたので少し驚いたが、顔に出ないように唇を引き結ぶ。


「……困らせてごめんね。」


「あっ、いえ、大丈夫です。」


 ルークが1番前に行くのなら、と逃げるようにヘンリーも1番前に行こうとすると、ブレアに声をかけられた。

 困らせた、とはヘンリーを誘ったことだろうか。

 実際困ったが、ブレアは気にしていないと思っていた。


「嘘。困った顔してるよ。」


「そうですか?すみません。」


 そんなに困った顔をしているのだろうか。

 自分の顔を確認する術がないのが焦ったいが、そう見えたことには変わりがないので申し訳ない。


「難しいとこ怖い?嫌だったら断ってくれてもよかったのに。」


「大丈夫ですよ。誘われなくてもルークくんがここ選んだと思うので。」


 ブレアは平然と言うが、先輩から頼まれてはそう簡単に断れない。

 今ヘンリーが困った顔をしているとしたら間違いなく『ブレアと話していることについてルークに問い詰められてくない』からだが、ブレアはあくまで自分が誘ったのが悪いと思っているようだ。

 ルークはまっすぐ前を向いていて、2人が話しているのにはまだ気づいていないようだ。


「あの……どうしてわざわざオレに来てほしかったんですか?」


 ヘンリーは早く会話を終わらせてルークのところへ行きたかったが、中々開放されそうにないので思い切って聞いてみる。

 質問をしてくるのは予想外だったのか、ブレアは眠そうな目を少しだけ丸くした。


「もしもの時は君に助けてもらおうと思ったからだよ。」


「どうしてオレに助けてもらおうと思ったんですか?オレ何もできませんよ?」


 ヘンリーが否定したのが気にくわなかったのか、ブレアは怪訝そうに眉を顰める。


「僕の目が節穴だって言いたいの?」


「そういうわけじゃないです!運動神経ならルークくんの方がよくて、オレ魔法も全然駄目なので本当にお役に立てない……というか、ユーリー先輩、オレのこと何も知らないじゃないですか。」


 男体のブレアは女体の時よりも目つきが鋭く、本人にそんなつもりがなくても睨んでいるように見える。

 睨まれたと思ったヘンリーが萎縮すると、ブレアはさらに眉を寄せた。


「確かに殆ど知らないけど、君のお兄さんのことはよく知ってるつもりだよ。」


「……兄貴ですか。」


「そ。彼の魔法、中々面白いけど遺伝とかの影響が強いよね。だから君も似たようなことできるかなと思って……?」


 ヘンリーの眉がきつく寄せられていることに気がついたブレアはこてんと首を傾げた。

 怒っているような、悲しそうな、感情の読めない険しい表情をしている。


「オレは兄貴と違って頭も悪い、魔法も下手な不出来な弟なので同じことはできません。期待に応えられなくてすみませんでした。兄貴と一緒にするのはやめてください。」


「ふーん、君魔法苦手なんだ?」


 重々しく、少しきつく言ったヘンリーにブレアは一瞬怯んだように表情を曇らせる。

 すぐに無表情に戻ったブレアはすっとヘンリーの手に指を絡めた。


「離してください。」


「厳しいね。僕のことは嫌いかな。」


 手を払い退けると、ヘンリーは睨むようにブレアを見る。

 別にブレアが嫌いなわけではない。

 ルークに見られたら「何で先輩と手繋いでるんだよ!?」と言われそうだから、というのも勿論理由の1つだ。

 しかしそれ以上に、ピリッとするよな魔力の流れる感覚が気持ち悪く、咄嗟に振り解いてしまった。


「そういうわけでは……すみません。」


「驚かせた?ごめんね。でも今ちょっと見せてもらった感じ、君は魔法得意そうだと思ったけどな。」


 ブレアが少しだけ口角を上げて微笑むと、ヘンリーは目を丸くする。

『見せてもらった』とはどういうことか、今の一瞬で何がわかったのか、ヘンリーには何もわからないが、適当なことを言わないでほしい。


「君、ちょっとお兄さんのことを意識しすぎているんじゃないかな。魔法を使う時は、絶対できるって自信を持たないと成功しないよ。」


「え、あの、」


 ヘンリーが聞き返そうとすると、前方が突然明るくなった。

 微かな熱気の伝わってくる方に目を向けると、ルークが先ほどのブレアと同じことをしていた。

 炎を消したルークはくるりと後ろを振り返る。

 ブレアと目が合うと、心底嬉しそうに目を輝かせた。


「見てましたか先輩っ!ちゃんと先輩の言った通りできましたよ!」


 ルークがぴょんぴょんと跳ねるように2人の側まで駆けてきた。

 顔に「褒めてください」と書いてある、それくらい褒めて欲しそうだ。


「あれくらい出来て当たり前。」


「ですよね……。」


 嬉々としてブレアを見つめていたルークはしゅんと悲しそうな顔をする。

 何だか可哀想だなと思ったヘンリーが声をかけようとすると、ブレアは「でも、」と再び口を開いた。


「君にしては、よく出来てたんじゃない?成長したね。」


 ブレアが少しだけ褒めると、ルークは嬉しそうに目を輝かせた。


「本当ですか!?先輩のご指導と俺の愛の賜物ですよ!」


「調子乗らないで。」


 心底嬉しそうなルークにキッパリ言うと、ブレアはふいと顔を逸らしてしまった。

 ブレアでもルークを褒めることがあるんだな、とヘンリーは思ったが、言うと怒られそうなので言わないでおく。


「あと先輩、困りました!」


「何?見たところ特に困るようなことはなさそうだけど。さっきもちゃんと対処出来てたし。」


 ブレアは怪訝そうに聞き返す。

 見たところ危険なものは特に見当たらない。


「1番前を歩くと先輩の姿が見えません!」


「そんなくだらないことで困らないでほしいな。」


 至って真剣なルークにブレアは大きく溜息をついた。

 クラスメイト達は声を出して笑っている。


「1番前が無理ならせめて隣……それか声がよく聞こえるとこまで来てくれませんか?」


「全員を視界に入れときたいから無理。僕の代わりに弟さんが隣に来てくれるってさ、よかったね。」


 移動するつもりのないブレアはヘンリーの背中を軽く押す。

 確かに話が終わったら行こうと思ってはいたが、察してくれたのか売られたのかどっちだろう。

 ブレアの中でヘンリーの呼称は“弟さん”で固定されているのだろうか。

 この使い方だとルークの弟のようで何だか嫌だ。


「ヘンリーじゃ先輩の代わりにはなりませんよ?」


「話相手には十分でしょ?もう少しで最深部だよ。広いところに出たら、後は折り返しだから頑張って。」


「先輩に応援してもらえるとめちゃくちゃ頑張れます。」


 結構失礼なことを言われている気がしたが、ヘンリーは気にせずにルークの隣へ行く。

 頼りない灯りが照らす前方は思っていたよりも真っ暗で、足元には微かに霧が立っていた。

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