第48話 え、今あの子先輩に惚――
ダンジョンの中は、入る前のイメージ通りといった感じで薄暗い。
不慣れな1年生が点けている灯りは揺らめいて、強くなったり弱くなったりしている。
ブレアからすれば少々心許ないが、なるべく手を貸してはいけないと言われたので我慢する。
「……先輩、浮気ですか?」
「まだ言ってたの。」
入る前に納得したと思っていたが、ルークはまだ拗ねたようにブレアを見ている。
呆れたようにブレアが息を吐くと、ルークは「まだまだ言い続けますが!?」と返す。
「浮気じゃない。そもそも僕と君は恋仲じゃない。」
「俺という助手がいながらヘンリーを誘うのは浮気ですよね!?」
付き合っていないから浮気じゃないはずだが、ルークにとっては浮気と同義なようだ。
ブレアは面倒そうに眉を寄せる。
(帰りたい……断ればよかった……。)
ヘンリーは2つ返事で了承してしまったことを深く後悔していた。
ルーク(と絡まれるブレア)を見てる分には面白いのだが、自分が巻き込まれるのは嫌だ。面倒臭い。
どうせルークと一緒にCに行くことになると思っていたからよく考えずに了承したが、嫌と言った方が丸く収まった気がする。
いや、そもそもブレアに誘われた時点で詰みかもしれない。
「君、まだまだ魔法下手だからなあ。それに誘わなくても勝手に来るでしょ。」
「行きますけど!確かに俺は魔法下手ですけど、先輩はヘンリーがどれくらい魔法できるか知ってるんですか?」
「知らない。」
「じゃあ何でヘンリーなんですか〜!」
2人は周囲のことなど殆ど気にせずに言い合っているが、他の生徒達は面白がって聞いている。
場所の雰囲気こそ怖いが、この調子だとなんだか遠足みたいだ。
「ヘンリーくん、あの2人っていつもあんな感じ?」
「うん、大体あんな感じ。」
隣にいた男子生徒に話しかけられたヘンリーは、驚きつつも答える。
男子生徒は「賑やかだなー。」と埒が明かなそうな2人を見て笑った。
「ルークくんとユーリー先輩って本当に付き合ってないの?一緒に登校してるとこ見た!」
「私も見た!てかルークくんが先輩の部屋入ってくとこ見たんだけど、通ってんのー?」
興味深々なクラスメイト達に詰め寄られ、ヘンリーは「えーっと、」と言葉を濁らせる。
答えられない質問ではないが、オレに聞かないで。と思う。
「完全にルークくんの片想いだと思うよ……。通ってるってか、あの2人寮室一緒なんだって。」
「「「ええっそれ大丈夫!?」」」
一同が殆ど声を揃えると、驚いたのかブレアの肩がびくりと跳ねる。
ルークとの会話を中断したブレアは、怪訝そうにヘンリーの方へ近づいてきた。
「ちょっと、人の私生活バラそうとしないでくれるかな。君のお兄さんが彼女に魔道具内の画像が原因でフラれたこととか、彼女と元カノが大喧嘩して先生に呼び出されたこととか、好みじゃない女の子に言い寄られた時に毎回僕を盾にしてること言いふらすけど?」
「兄貴の黒歴史色恋沙汰ばかりですね……何でそんなこと知ってるんですか?」
「色々知ってるよ?だって――」
言いかけたブレアは口をつぐんで男体になる。
イケメンだ……!と目を見張る1年生達の間を素早く縫うように通ると、先頭で灯りを点けていた女子生徒の肩を掴んだ。
「わっ。」
そのまま肩を引いて抱き寄せると、空いている右手に炎を纏わせる。
女子生徒が驚いた拍子に灯りが消えてしまうが、燃え盛る炎で通路が明るく照らされる。
よく見えるようになった目の前には葉の塊のような、葉を纏った鳥のような魔獣が数匹いた。
ブレアは右手を払って容赦なくそれらを焼き払うと、ふうっと息を吐く。
「……あれ、敵見つけるとどんどん増えるから早めに燃やしとかないと厄介なんだよね。話が盛り上がるのはいいけど、普通に危ないから集中してくれる?」
一同が「はい。」と返事をすると、ブレアは自分と女子生徒の服についた灰を優しく払う。
驚きと緊張で固まっている女子生徒の顔を間近で見つめると、そっと手を離した。
「怪我はないみたいだけど、急に掴んでごめん。痛かった?」
「大丈夫です、ありがとうございます……。」
消えてしまった灯りの代わりにブレアが灯りを点ける。
先程まで点いていたものよりも安定していて大きな灯りが通路全体を照らした。
礼を言って恥ずかしそうに目を逸らした女子生徒の頬は紅く染まっている。
「え、今あの子先輩に惚――」
「ルークくん、ご迷惑だから問い詰めようとしないで?」
女子生徒とブレアの元へ行こうとするルークをヘンリーはやんわりと止めた。
殆ど話したこともない人に面倒な絡み方はしないでほしい。
止められたルークは訴えるような目でヘンリーを見る。
「ヘンリーのことも疑ってる!」
「ごめんて……オレが悪いのこれ?」
反射的に謝ったが、ヘンリーは特に何もしていない。
困ったように眉を寄せたヘンリーの手をするりと抜けると、ルークはブレアの方へ走っていく。
「今日は魔法を沢山使うことになると思ったけど、運動神経の方が使うみたいだ。君達が嫌じゃなければ、男のままでもいいかな。」
「いいですよ!男の先輩も綺麗でイケメンでかっこよくて素敵なので!」
自分の姿を見下ろしながら言ったブレアはルークに冷たい目を向けた。
「君には聞いてないよ。」
「塩っ!クール系イケメンな先輩も好きです!抱いてくださいっ!」
「キモい。奥に着いたら君を置いて行ってあげようか。」
この手の場所は奥に行くほど危険になっていく。
つまりブレアは遠回しに死ねと言っているのだが、ルークには全く伝わっていないようだ。
「どこまでも先輩に着いて行きますよ!」
「意味がわからないな。この子には灯りに集中してもらって、君が1番前を歩いてあげたらどう?」
落ち着いた様子の女子生徒が灯りを灯すと、入れ替わるようにブレアが点けていた灯りを消した。
やっぱり少し頼りない光はゆらゆらと揺れるが、リアム曰く1年生のこの時期でここまで出来るといい方らしい。
「君にはある程度のことを教えたし、他の子よりは対処できるでしょ?頼りにしてるよ。」
「任せてください!めちゃくちゃ頼ってください!」
意気込んで大きな声を出すルークを見て、クラスメイト達は「単純……。」と呟いている。
ブレアに頼りにしていると言われたことが嬉しいようで、期待に応えようと張り切っている。
「頑張れー。僕が先導したら意味ないから、1番後ろにいるね。何か困ったら呼んで。」
「わかりました!」
奥に進むルークとは反対に最後尾に戻ったブレアは、ヘンリーの隣までくると前を向く。
(何でオレの横……?絡まないでほしい……!)
1番後ろとは、ヘンリーの後ろではないのか。
隣を歩いているだけで面倒なことになりそうだ。
正直に言うと、ヘンリーはすごく嫌だった。
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