第47話 先輩は男でも顔がよすぎるもんな

 木曜日の5限目。

 普段なら教室でブレアとエマの授業を受けている頃だが、今日は違う。

 今日は先月リアムが言っていた校外学習の日だからだ。


 前にブレアと来た郊外の森を、更に奥までリアムの後に続いて進んでいく。

 森に入ってから10分程。洞窟と言われると真っ先に想い描くような、薄暗い大穴の前に到着した。


 入口の側で待っていたエマが「こんにちはー!」と大きく手を振ってくる。


「こんにちは。ブレアはどこへ?」


「ブレアは何か気になることがあったみたいで、まだ中です。」


 エマが心配そうな顔でダンジョンの方を見ると、リアムが魔法で付けた光を入口へ向ける。

 入り口付近で明かりを反射した、銀色の短い髪が光った。

 中から出てきたブレアは眩しい光を遮るように手を顔に翳した。


「こっちは昼休み潰して来てるのに、遅いじゃないか。」


「時間ぴったりですよ。ところでブレア、私が言いたいことはわかりますか?」


 リアムが明かりを消すと、近づいてきたブレアは不機嫌そうに腕を組んだ。


「わかんない。何だろ。」


 首を傾げたブレアは1年生達の注目を集めていることに気がつく。

 1年生達は不思議そうな顔でブレアを見ては、「誰?」「めっちゃイケメンじゃない!?」とひそひそと話していた。


「1年生が混乱するので、女性の姿でいて下さいと言いましたよね?どうしてその姿なんでしょう。」


「仕方ないじゃないか。昼休み中に一通り見るなんて、女の姿じゃ無理だよ。」


 そういったブレアの姿が一瞬もやがかかったようにぼやける。

 輪郭がはっきりしたかと思うと、風に靡いた長い髪が舞い、女の姿になった。


「今日は魔法を使う機会が多そうだから、言われなくてもこっちにする。」


 一部始終を見ていた1年生達は「ええっ~!?」と驚きの声をあげる。

 大きな声に眉を寄せたブレアは「何?」と睨むように一同を見た。


「今のイケメン、ユーリー先輩なんですか!?」


「変身魔法ですか?」


「本当の姿はどっちなんですか?」


「うわあ、面倒……。」


 期待に満ちた目で聞いてくる1年生達にブレアは困ったように頬をひきつらせた。

 こうなるからリアムが事前に忠告したというのに、聞いていないのだから自業自得だろう。


「男のユーリー先輩イケメンだね。ルークくん見たことあったの?」


「とーぜん。だって俺先輩の助手だから!ああ先輩今日も男でも女でも綺麗だ……!」


 ヘンリーが囁くとルークは嬉しそうに胸を張る。

 クラスメイト達が誰も知らないブレアのことを、自分が知っているのが嬉しいようだ。


「ヘンリーもあんまりびっくりしてないな。知ってた?」


 他のクラスメイトとは違って落ち着いているヘンリーは苦笑して頷く。


「見たのは初めてだけど、兄貴から聞いてた。『ユーリーのせいで女子にモテなくてムカつく』って言ってたけど、これだけイケメンだとそうもなるねー。」


 ルークがなるほどと頷く。

 衣替えをした時に『僕が男の時に――』や『男の先輩が――』などと言っているのにヘンリーが違和感を示さなかったことには気がつかなかったのだろうか。


「先輩がイケメンなのとアーロン先輩がモテないのに関係あるのか?」


「兄貴のこと好きな子って大体顔で選んでるから、自分より顔いい人がいたらモテなくなるんじゃない?」


 そう言うヘンリーはなんだか遠い目をしている。

 兄の歴代の彼女の顔を思い浮かべるが、ヘンリーが会ったことある人だけで何人いただろうか。


(お互いに顔で選ぶから上手くいかないんだろうな……。)


 1年の始めにブレアのことがちょっと好きだったと言っていたが、それもどうせ顔のよさに惚れたんだろう。

 そして綺麗に振られたか、ブレアの性格が嫌になって諦めたのだろう。

 我が兄ながら少し単純すぎないだろうかと心配になってきた。


「先輩は男でも顔がよすぎるもんな、アーロン先輩も認め――え、アーロン先輩ってもしかして先輩のこと好き!?!?イケメンすぎて!?」


「ないない!兄貴は可愛い女の子が好きだから!」


 ヘンリーは強めに否定するが、勝手に勘違いしたルークの可笑しな思考は止まらないようだ。


「でも先輩は可愛い女の子でもあるだろ!うわ、美男×美女絵になる!アーロン先輩に勝てる気がしない……!」


「君達煩い。因みに何想像してるのか聞いてもいいかな。」


 リアムと話していたはずのブレアが怪訝そうに眉を寄せてルークの顔を覗き込んだ。

 ヘンリーが「すみません!」と謝ると、ブレアはすぐに許してルークを睨む。


「先輩がアーロン先輩に口説かれてるとこ想像しました……絵になる、何か見てはいけないもの感がすごい……。」


 頬を染めたルークが絞り出すような声で言うとブレアの顔がさらに嫌悪に歪んだ。


「うわぁ、無理無理キモすぎる鳥肌立った。君よりない。」


「俺ならあるってことですか!?じゃあ付き合ってください!」


 両腕をさするブレアにすっかり元気になったルークは即座に告白するが、「は?無理。」と一蹴される。

『君よりない』=『自分はある』とは、ポジティブ思考すぎないかとヘンリーは思った。

 そしてそう考えたらすぐに告白するあたり、こちらも単純すぎて心配になる。


「僕のこともあれのこともどうでもいいから、ちゃんと僕と先生の話聞いてくれるかな。」


「「すみません。」」


 2人が声を揃えて謝ると、ブレアはリアムに説明をするように促す。

 謎のイケメン(ブレア)で盛り上がっていたクラスメイト達もいつの間にか静かになっていて、リアムの言葉に耳を傾けている。


「この中はいくつかのルートに分かれているのですが、今回は3つのルートに分かれます。最深部から折り返してここまで帰って来たら、今日の授業は終わりです。勿論私か3年生の誰か1人は着いて行きますが、決して安全ではありませんので注意してください。」


「3つのルートはA、B、Cとしようか。Aは簡単、Bも割と簡単だけど、Cはちょっと大変かも。」


 小さな顎に手を添えて思考したブレアは「難しいなぁ……。」と眉を寄せる。


「Aはエマ、Bはリアム、Cは僕と一緒に行こうか。本当に危ない時はちゃんと助けてあげるけど、自分の実力に合わせてどこに行くか決めてくれるかな。」


「ブレアのことですから、私をCに行かせると思いましたが、自分で行くんですね。」


 しばらく考えたブレアが言うと、リアムは意外そうに目を丸くした。

 ブレアがリアムをCに行かせるとすれば、間違いなく教師として1番大変なところを、ではなく面白いからである。


「ちょっと気になることがあるから、自分の目で確かめようと思ってね。……悪いって思うなら、連れて行く子1人選んでもいい?」


「本人の意思ですので、私に聞かずに直接勧誘してください。無理強いしてはいけませんよ。」


 どうせルークだろうな、そしてルークは絶対了承するだろうな、と思いながらリアムは許可する。

「わかった。」と短く返事をしたブレアは目的の人の前まで歩いていく。


「……ね、君が嫌じゃなければ、僕と一緒に来てくれない?」


「――え、オレですか!?」


 薄く微笑んだブレアは、真っ直ぐにヘンリーを見て首を傾げた。

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