第46話 僕でもわからないんだ
授業が終わって昼休みになった途端、ルークは教室を飛び出していく。
早くブレアに会いたい――のも勿論だが、それだけではない。
ルークが遅ければ、ブレアがまた薬やらゼリー飲料やらで食事を済ませてしまうのではないかと疑っているのだ。
教室を飛び出したルークは廊下も階段も全速力で駆けていく。
ヘンリーに「走ったら危ないよー?」とやんわりと注意されたが、全く聞く耳を持っていない。
いつか何かにぶつかるだろうな、とヘンリーは思っているが、止めても止まらないのでもう諦めていた。
3年の教室がある回に来る頃には他の生徒も廊下に出る頃になっていて、人通りが多くなる。
少しだけ速度を落とすルークだが、走るのはやめない。
ヘンリーの予感通り、Dクラスの教室から飛び出してきた女子生徒とぶつかりかけた。
「うわっ!?すみません……!」
あちらも飛び出してきたので完全にルークが悪いわけではないが、危ないことには変わりない。
避けるために体を後ろに引き、急ブレーキをかけようとしたルークはバランスを崩して後ろに倒れそうになる。
転んでも弁当は崩れないようにしなければ、と思っていると、後ろから誰かに受け止められた。
「……すみません、ありがとうござい――ああぁぁ、イケメンだあ……!」
ほっと息をついたルークは、礼を言いながら振り返る。
受け止めてくれた人の姿を見たルークは顔を赤くして、感激したように目を輝かせた。
「どういう反応なの、それ。」
「イケメンにイケメンなことされてキュン死寸前という反応です。先輩今日は男なんですね、腕細いのに俺を支えられる力あったんですね?ギャプ萌え……。」
受け止めてくれた人――男体の姿のブレアは、呆れたように眉を寄せた。
何をそんなに急いでいたのか知らないが、危なっかしい。
ブレアがいなければ頭を打っていたのではないだろうか。
「ごめん、すっごく魔力で補正してる。……もう離していい?」
「ひ弱な先輩も解釈一致萌えです!一生このままでも――すみません急に離さないでください危ないです!?」
語尾にハートマークがつきそうなテンションでルークが言うと、ブレアはパッと手を離して歩き出す。
少し名残惜しいが、体制を立て直したルークは「ありがとうございます!」ともう一度ブレアに礼を言った。
「男の姿なのはやっぱり体育があったからですか?というか先輩さっきの授業は教室ですよね?どこ行ってたんですか!?」
「何で僕の時間割把握してるの気持ち悪い。ペン先直してたら手が汚れたから、洗いに行ってたんだよ。」
顔を顰めながらもブレアはちゃんと答えてくれる。
赤ペンの先が外れかけていたので直していたら、インクで手が汚れてしまったのだ。
納得しかけたルークはあることが引っかかって少し眉を寄せた。
手を洗うには水道がいる。そしてこの階で水道があるのはトイレだけだ。
「……女子トイレですか?」
「は?そんなわけないでしょ。この姿だと普通に事案なんだけど。」
ルークが聞くとブレアは当然のように言う。
ブレアは質問の意図がわかっていないが、ルークにとっては深刻な問題である。
「なら男子トイレですか!?駄目ですやめてください!」
「そんなに騒がなくても。普通に多目的トイレだけど?」
顔を顰めたブレアが答えると、ルークはほっとして息をついた。
ルークとしては絶対にブレアに男子トイレを利用して欲しくなかった。絶対何かされると思う。
「よかったです……。最大の秘密の性別がわかるかと思ったのに徹底されてたのは残念ですが。」
「どっちにしても僕みたいなのがいたら不快でしょ?……あれ、僕秘密って言ったっけ?」
教室に入ったブレアはこてんと首を傾げた。
「言いましたよ?」とルークが返すとブレアはますます首を傾げた。
ちゃんと説明したつもりだったが、面倒で適当に流したのだろうか。
「そうなんだ。知りたい?」
「めちゃくちゃ知りたいです!」
自席に座りながらブレアが言うと、即座に正面に座ったルークは真剣な顔でブレアを見る。
絶対に言いたくないことなのかと思っていたが、意外とあっさり教えてくれるのだろうか。
「――僕でもわからないんだ。本当の性別。」
「え、わからないんですか?」
意外そう、というか意味がわからない、とでも言いたそうなルークに、ブレアは平然と頷く。
そんな反応にもなるだろう。まさか本人ですらわからないとは思うまい。
「嘘じゃないよ。物心のついた頃にはもうこうだったから、僕にとっては姿を変えられることが当たり前だったというか……。女の子って言ってあげられなくて悪かったね。」
「そんな小さな時からそんな難しそうなことができるって、先輩天才では!?」
困ったように眉を下げて言うブレアに、ルークは尊敬の眼差しを向ける。
流石にその反応は予想外だったようで、ブレアはますます眉を下げた。
「こればかりは何とも言えないかな。便利ではあるけど、自分の性別がわからないって不便なことの方が多いし。」
「先輩がわからなくても、親がわかったりしないんですか?生まれた時の性別とか……。」
物心つく頃からこうだったと言っても、流石に生まれたばかりはそうではなかったのではないだろうか。
そう思ってルークが提案すると、ブレアは難しい顔で考え込む。
「……お母さんならわかったのかもしれないけど、教えてくれなかったなあ。言ったら僕がそっちから変えなくなると思ったのかもね。結構中性的な名前つけてくれたし、あんまり気にしてほしくなかったのかも。」
「俺も使い分けたりして自由に生きてる先輩が好きですよ!」
ブレアは驚いたように少しだけ目を見開いてから、「ありがとう。」と薄く微笑んだ。
気持ち悪いと言われると思っていたルークは、驚きと可愛さでドキッと鳴った胸を押さえた。
「先輩可゛愛゛い゛!!不意打ちはずるいです!」
「煩い。お昼たべないなら薬飲んでもいい?」
ブレアが不機嫌そうに笑みを消してしまったので、ルークは慌てて弁当の包みを開く。
「俺、自由な先輩が好きって言いましたけど、先輩がどうしても気になるならお母さんに聞けばいいと思いますよ?」
「お母さんに聞くの?僕ってどっちだと思うって?」
「はい。」
ルークが頷くと、ブレアは困ったように視線を彷徨わせた後、小さく頷いた。
「そうだね。いつか聞けたら聞くよ。」
すぐには聞かないんだな、と思いながら弁当箱を開けたルークは、いつものようにブレアに食べさせようとした手を止める。
顔の高さで止まった手を見て、ブレアは不思議そうに首を傾げる。
「どうしたの?」
ルークは一度手を下ろして、赤くなった顔を逸らした。
「いえ、男の先輩に食べさせるの初めてだなー、イケメンだなーと思ったら緊張しまして……!ドキドキしました。」
「……君、やっぱり男が好きなんじゃない?」
「いいえ、俺が好きなのは先輩だけです!」
若干引き気味にブレアが言うと、ルークはキッパリと言った。
あくまでブレアならどっちでもドキドキしてしまうだけで、断じて男が好きなわけではない。
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