ハロウィン特別編3 How do I look?
昼休み、いつものように1ーEの教室にやってきたアーロンはルークの姿を見つけるなり顔を引き攣らせた。
「……コイツどした?」
いつもなら今頃元気にブレアの元へ行っているはずのルークが、見るからに元気がなさそうに項垂れていた。
隣で様子を見ていたヘンリーは、アーロンの方を見て苦笑する。
「朝からずっとこんな感じなんだー。教室来たらもうルークくんがいて珍しいなと思ったら、6時くらいにエマ先輩が来て、部屋追い出されたんだってさ。」
「コイツ6時から登校してんの!?早くね?」
ルークの隣に座ったアーロンが「眠いだけ?」とルークの背中をとんとんと叩くと、ルークは勢いよく顔を上げる。
驚いたアーロンが手を引っ込めると、ルークは体ごとアーロンの方を向いた。
「アーロン先輩、エマ先輩と先輩は何してたんでしょうか……?昼休みも先輩達の教室には来るなってエマ先輩に言われたんですよ。朝先輩達は何を、今頃先輩は何を……。」
「先輩先輩うるせぇな!追い出されたくらいでんなに凹むかよ普通。」
アーロンが呆れ顔で言うと、ルークはまた机に顔を伏せてしまう。
エマとブレアは仲がいいのだから、朝に訪ねてくることもあるだろう。
用が授業の計画ならルークに聞かれたくないかもしれないのだから、追い出されてもあまり気にしなくていい気がする。
どうしてルークはこんなに不安そうな顔をしているのだろうか。
「オレも考えすぎじゃない?って言ったのに、何かどんどん考えが変な方向に曲がっていっちゃったみたいなんだ。」
ヘンリーが困ったように眉を下げると、ルークが再び顔を上げる。
顔を何度も上下させて忙しそうだ。
「まさか先輩を寝取られた……!?」
「寝てもねぇし付き合ってもねぇ癖に馬鹿なこと言ってんなよ。エマがんなことするわけねえだろ!」
深刻な面持ちでルークが言うとアーロンが少し大きな声で返す。
ヘンリーはルークに向けていた冷めた目をアーロンにも向けた。
ルークは何を馬鹿なことを言っているのだろう。そしてどうしてアーロンはちょっと本気にしているのだろう。
「俺だって普通に追い出されただけならそんな心配しませんよ!?でもエマ先輩にすごく気まずそうにされたし、『脱いで?』とか言ってましたし、先輩の喘ぎ声えっちでしたし……!」
「お前いちいち声デカいんだよ。幻聴じゃね?」
眉間に皺を寄せて耳を押さえるアーロンに、ルークは「絶対幻聴じゃありません!」と詰め寄る。
ルークの声が教室中の視線を集めるが、もう慣れてきたのか視線はすぐに散らばった。
「ありえると思うんですよ!先輩イケメンだし、エマ先輩も先輩ほどじゃないけど可愛いし、先輩が名前で呼ぶくらい仲がいいのってエマ先輩くらいじゃないですか!付き合ってないって1回言われましたけど、やっぱりお2人は付き合ってるんじゃないですか!?」
「ユーリーに好きなヤツいねえだろ。それにエマは普通の男が好きなはず、多分。」
必死のルークに訪ねられたアーロンは自身が無くなってきて言葉を濁す。
『男の子の時のブレアってすっごくイケメンよねー!』と偶に言っているのを思い出してしまった。
「先輩に好きな人がいないってなんで断言するんですか!少しくらい俺のこと好きかもしれないじゃないですか!」
「100ないわ。」
アーロンがキッパリと断言するとルークは悲しそうに顔を曇らせる。
かなり情緒不安定なルークを落ち着かせようとしたのか、「心配すんなって!」とアーロンは無理やり元気付けようとした。
「エマもユーリーも朝から来ていつも通りーーではなかったな。そういえば布団に篭りっきりで顔見てねえわ。」
「絶対何かあったじゃないですか!?絶対何かあったじゃないですかあ゛あ゛ああぁぁぁ。」
「何で2回言ったの?」
叫びながら頭を抱えるルークを若干怖がりながらヘンリーは愛想笑いを浮かべる。
かえって不安を煽ってしまったアーロンは気まずそうに頬を掻いた。
「悪ぃ。何かあったって言っても、お前が気にしてるようなことじゃねえと思うぞ。大体予想はつくっつーか、むしろお前が喜びそうなことしてると思うんだよな。」
「何でそう思うんですかー。俺が喜びそうなことって何ですかー!?」
ルークがアーロンに抗議していると、教室のドアが音を立てて開き、ひょっこりとエマが顔を覗かせた。
気がついたヘンリーがぺこりと一礼すると、エマは「ヘンリーくん!こんにちは!」と嬉しそうに笑う。
エマが制服ではなく絵本か何かに出てくる魔女のような格好をしていることに驚いたが、日付を思い出したヘンリーは納得した。
「あっエマ先輩!どうしたんですかその格好?」
「ルークくーん、ブレアを布団から出す方法、知らない?」
訝しむような目を向けられたエマは苦笑しながら、ブレアが潜っているのであろう布団を引っ張って入ってきた。
ブレアの魔法で浮遊しているから動かすのは簡単だったのだが、エマはどうしてもブレアを布団から出したい。
「わからないです……先輩、どうしたんですか?」
近寄ったルークが尋ねると、布団が少しだけ動く。
「絶対出ない。誰とも顔を合わせたくない。」
「引き篭もりの社不みたいなヤツいるんだが。」
呆れたように笑いながら記録用魔道具を構えるアーロンの手を、ヘンリーは抑えて下げさせる。
そんなものを構えていたら余計に出てこないだろう。
「ブレア、出てきてよー。寝てたらスカートに皺が寄っちゃうわ。」
「もう着ないから皺が寄ってもいいんじゃないかな。」
エマがぐいぐいと掛け布団を引っ張ると、ブレアは中から抑えて抵抗する。
こんな調子で仮装が完成するなり布団に篭ってしまったブレアは、朝から一度も顔を出していない。
授業中もこうだったのだが、ちゃんと受けれているのだろうか。
「出てきてくれないと意味ないじゃないの!アーロンくん、リアム先生がやってたひっくり返すやつできない?」
「オレがやんの!?何だよひっくり返すヤツって。」
エマはどうしてもブレアを外に出したい。
ブレアの仮装をみんな(主にルーク)に見せたい。
そのために強行手段に出るようだ。
「くるんっ!ってするやつ。」
「魔法で布団をひっくり返したいってことですか?」
ピンときていないアーロンの代わりにヘンリーが確認すると、エマは「そう!」と大きく頷いた。
ようやくエマのやりたいことを理解したアーロンはじっと布団を見つめる。
「あーね。できないこともないが……失敗してもいいならやるぜ?」
「やめて。失敗するかもしれない魔法を人にかけちゃダメでしょ。」
魔法を使われないように、ブレアは布団で体を隠しながら渋々起き上がる。
ようやく見えた不機嫌そうな顔にはフェイスペイントやアイシャドウのラメが煌めいている。
「先輩、化粧ですか!?可愛い、綺麗、やばいです!!」
「煩い。睫毛が変……。」
「あ、ちょっとブレア、顔触っちゃ駄目!」
感激したようにキラキラとした目のルークに見つめられ、ブレアはさらに怪訝そうな顔をした。
ぱちぱちと目を瞬くとアイシャドウのラメが睫毛について視界の邪魔をする。
ブレアがまつ毛を気にして目を擦っている間に、そっと忍び寄ったアーロンはブレアから布団を剥がした。
「やめ……寒っ。」
アーロンに文句を言おうとしたブレアは外の冷たい空気に身震いをする。
まだ過ごしやすい秋の気温でそこまで寒くはないが、肩の露出した薄い服を着ているブレアからすると寒い。
ブレアの姿を見たルークは顔を覆ってその場に崩れ落ちた。
「めちゃくちゃ可愛いです先輩……!セクシーで色気やばくて直視できません。」
「直視しなくていいよ。むしろ見ないで……。」
エマは「可愛いでしょー!」と得意げに胸を張っているが、ブレアは恥ずかしそうに頬を赤らめて目を逸らす。
布団の上に広がった、ふんわりとした黒と赤の薄いチュール素材のスカート。
エナメル生地のトップスは胸元にレースアップが施されていて、大きく開いた背中には小さな黒い羽の飾りがついている。
ブレアはエマに、悪魔の仮装をさせられていた。
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