ハロウィン特別編4 I hope you enjoy a spooky night.
ブレアの姿をアーロンは面白がって何枚も写真に収めている。
魔道具のレンズを手で塞いだブレアは大きな溜息をついた。
「お前見たことないくらい死んだ顔してんぞ。服装と表情がミスマッチすぎる。」
「今この場にいる全員の記憶を消す方法を考えてる。」
ブレアは完全に無表情で、怖い程目が据わっている。
教室内には多くの生徒がいるが、仮装しているのはエマとブレアくらいでよく目立つ。
ほぼ全員ーー主に男子生徒からの視線を浴びたブレアは布団から降りると机の陰に隠れるようにしゃがみ込む。
「……恥ずかしい。殺してほしい……。」
両手で顔を覆ってしまうブレアの手を、エマは励ましながら退ける。
「ブレアってば物騒なこと言わないで〜!恥ずかしくないわ、可愛いじゃない。」
「本当にめちゃくちゃ可愛いです!疑ってすみませんでしたありがとうございます好きです結婚してください。」
「ルークくんそれどっちに言ってるの?」
顔の前で拝むように手を合わせるルークを見てヘンリーは苦笑する。
早口言葉のようで面白いが、喜んでいることは伝わったようでエマが嬉しそうに笑う。
「でしょー!因みに仮装の種類はルークくんのリクエストだよっ!」
リクエストなんてしたっけ?ときょとんとしているルークに、兄弟は揃って冷ややかな目を向けた。
「下心が見える。」
「欲望に正直すぎる。」
「俺のことなんだと思ってますか?そんなリクエストしてないですよ。」
何だと思っているか、と聞かれたら勿論ブレアのことが好きすぎる変態だ。
誤解を解こうとルークが否定すると、エマは「言ったよー?」と首を傾げる。
「『もうすぐハロウィンだね!ところでブレアはどんな仮装が似合うと思う?』って聞いたら『悪魔!』って即答してたじゃない。」
「それリクエストだったんですか!?ありがとうございます。」
「悪魔が似合うって何。喧嘩売ってる?」
ブレアはルークをきつく睨んだ後、机から少しだけ顔を覗かせて教室を見回す。
「本当に意味がわからないんだけど。こんな変な人僕とエマ以外にいないよ?」
「不思議よねー、もしかして1年生は仮装していいこと知らないの!?上級生には結構いるわよねアーロンくん?」
自分が仮装させられているだけでも嫌なのに、他に誰も似たような人がいないと余計に死にたくなる。
話を振られたアーロンは自分のクラスの教室を思い出した。
「いうて3割くらいじゃね?なんだかんだ言って着てるあたり、お前も結構ノリ気なんじゃねえの?」
「着せられたの!朝早くから押しかけて来られて脱がされてこんなの着せられて恥辱……。エマはもう少しくらい僕が男かもしれないことを真剣に考えてほしい……。」
キツくアーロンを睨んだブレアは、言いながらまた顔を隠してしまう。
「ごめんねー。今度からちゃんと考えるわ!」
「触らないで。それずっと前にも聞いたよ。」
頭を撫でてくるエマの手をブレアは優しく払った。
『今度からちゃんと考える』という言葉は以前も言われたことがあるが、それからあまり変わっていない気がする。
エマがブレアのことを完全に女性として見ているのはわかっている。
エマだって男体のブレアを見たことがないわけではないのに。
それなのにこうも警戒心なく同性として接されると、色々大丈夫かと心配になる。
あとシンプルに身体を触られるのと仮装をさせられるのは恥ずかしいからやめてほしい。
「ほらブレア、せっかくだからトリックオアトリートしたら?」
「何で。しないけど。」
笑顔で提案されたブレアは鬱陶しがるようにエマを見る。
ブレアにはトリックオアトリートする意義がわからない。
そもそもトリックオアトリートするって何だ。新しい動詞か。
「何でよ、それじゃなんのために仮装したのかわかんないじゃない。」
「エマにわからなかったら誰にもわからないでしょ。」
「はいはい、トリックオアトリートしてー!」
エマは嫌そうなブレアの顔を掴んでルークの方を向かせる。
トリックオアトリートしろというだけでなく、相手まで指定するようだ。
5人とも無言になると、周囲の生徒の声がよく聞こえる。
せっかくブレアがしゃがんで姿を隠しているというのに、エマが目立つようで、ついでにブレアのことを言っている声も聞こえてくる。
無言で見つめてくる一同の視線に耐えられなくなったブレアは渋々口を開いた。
「トリックオアトリートする顔じゃねぇぞそれ。」
羞恥も嫌悪を通り越した、完全な無感情で真顔のブレアを見てアーロンは馬鹿にするように笑っている。
エマは楽しそうに笑っているが、ブレアにとっては恥の上塗りでしかない。
「……トリックオアトリート。」
「トリックでお願いします。」
「即答だね。」
食い気味に答えるルークにヘンリーは苦笑している。
絶対そう言うと思った。
期待に満ちた目を向けられたブレアは「え、嫌だ。」とあっさり拒否する。
「悪戯は面倒だからお菓子がいい。」
「何も持ってないのでトリックで!それに先輩どうせラムネと砂糖菓子しか食べないじゃないですか。」
ルークはどうしても悪戯されたいようだ。
必死にトリックを要求している。
「悪戯って何したらいいの……。」と数秒考えたブレアは人差し指をルークの方に向ける。
おそらく魔法をかけられたのだろうが、ルークに特に変化は見られない。
「ふふ、体の調子はどうかな?」
「え、何したの!?大丈夫?」
愉快そうなブレアと心配そうなエマの問いに答えようと口を開くが、声が出ない。
その代わりにルークの口から出たのは色とりどりの花だった。
驚いたルークは「ええ!?」だの「すごい!」だのと話しているが、その全てが花となって零れ落ちている。
「なかなか綺麗でしょ。昔読んだ話を魔法にしてみたんだ。何かの童話だったかな……?」
「すごい完成度ね……触っても本物と区別できないわ。」
地面に落ちた白い花を一輪拾って観察したエマはすっかり関心している。
鮮やかな赤色の花弁は形も質感も本物と大差なく、並べても違和感がなさそうだ。
エマに褒められたブレアは少し嬉しそうだが、どんどん山のように積もっていく花を見て顔を顰める。
「少しは静かになるかと思ったけど。視覚的に煩いなぁ。」
「ルークくん、何かすごく言いたいことがあるみたいですよ。」
次々と花を零していくルークを笑いながら写真に収めているアーロンとは違って、ヘンリーは少しルークを心配してくれている。
苦笑したヘンリーに言われたブレアは、仕方なく魔法を解除した。
「散らかっちゃうし、戻してもいいか。どう?話せるかな。」
「あ、喋れました!」
ルークが声が出たことにホッと一息つくと、ブレアは魔法で散らかった花を消す。
「中々いい悪戯だったでしょ。」と得意気なブレアに、ルークは目を輝かせて「はい!」と返事をする。
「先輩の魔力が流……じゃなくて、違和感は全然ないのに話せないって不思議な感覚でした!というか先輩童話再現しようとするの可愛すぎる!意外とロマンチストなんですね!」
「別に。暇だっただけ。」
“ロマンチスト”という言葉が嫌だったのか、ブレアは真顔で目を逸らして布団に戻ろうとする。
ヘンリーが何となくアーロンの方を見ると、エマに何やら耳打ちをしているのに気がついた。
嫌な予感がしたヘンリーが「兄貴、何してるの?」と聞くよりも早く、アーロンがブレアの肩をそっと叩いた。
「何?」
中腰のままブレアが振り返ると、エマから借りた帽子を被ったアーロンはニヤリと笑う。
嫌な予感がしたヘンリーは小さく溜息をついた。
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