ハロウィン特別編1 Trick or treat!

 コンコン、と誰かがドアをノックする音に、ブレアの意識は現実に引き戻された。

 誰か、と言っても朝からブレアの寮室を訪ねてくる人物など1人しかいない。


「んぅ……寒。」


 仕方なく布団から出ると、部屋の中の気温は思っていたより低かった。

 もうすぐ近くまで冬が迫っていることを感じながら、もう一度布団に潜りたい気持ちをぐっと抑える。

 肘までずり落ちていた上着を羽織り直してファスナーを1番上まで上げると、寒さはかなりマシになった。

 ドアの前まで来たブレアは、ノブに手をかけ一気にドアを開く。


「あのさ、朝は来ないでって言ったよね。今何時だと思ってーーえ、エマ?」


「おはようブレア、エマだよ!ルークくんは部屋にいるでしょー。」


 ドアを開きながらきつい口調で言ったブレアは、訪問者の姿を見て言葉を止める。

 目の前にいたのはルークではなく、にっこりと笑ったエマだった。

 ルークと間違えた前提で話されているのは何だか釈然としないが、実際ルークかと思った。


「その格好、どうしたの。やけに荷物が多いようだけど。」


「どう?似合ってる?」


 エマは両手に持った大きなカバンを置いて、その場でくるりと回って見せた。

 丸く膨らんだオレンジ色のスカートがふわりと舞う。

 スカートと白いブラウス意外はほとんどが黒で、裏地が濃い紫色のマントを羽織っている。

 先の尖った大きめの帽子から察するに、絵本か何かの魔女の姿を真似ているのだろう。


「……巫山戯てるようにしか見えない。」


「酷い!可愛いと思ってるのに!」


 冷ややかな目で正直に答えると、エマが悲しそうな顔をした。

 少し申し訳ないと思ったが、なにせ今はまだ6時前。

 ブレアはとにかく寝たい。


 もう閉めてもいいかな、とドアを閉めようとすると、エマが前に出て近づいてくる。

 至近距離で見つめてくるエマの頬に描かれたデフォルメされた蝙蝠の絵や、瞼にたっぷりと乗ったラメが視界に入ってきて、目が痛くなりそうだ。


「何?僕寝たいんだけど……。」


 背けようとしたブレアの顔を持って止めたエマはにこにこと笑って大きな声で言った。


「ブレア、トリックオアトリート!!」


「……ああ、ハロウィンか。」


 奇天烈な格好のエマを不審がっていたブレアは、ようやくエマが張り切っている理由を理解する。

 今日は10月31日、ハロウィンだ。

 行事への興味が皆無なブレアはすっかり忘れていたが、エマは行事という行事を全力で楽しむタイプだ。朝からテンションが高いのも無理はない。

 けれど朝からブレアを訪ねてくるのはやめてほしい。そもそもハロウィンに人の家を訪ねるのは日が沈んでからではないのか。


「トリック?トリックよね。ブレアトリック好きだものね?」


「僕が好きなのはトリック悪戯じゃなくてマジック魔法だよ。まあ、お菓子なんて持っていないから、どちらか選ばないといけないならトリックかな。」


 興奮している様子のエマはトリックがしたくて仕方がないようだ。

 ブレアが仕方なくトリックを選ぶと、エマは「やったー!!」と非常に嬉しそうにガッツポーズをする。

 エマが荷物を持って部屋に入ってこようとするのを、ブレアは入り口から動かない事で阻止する。

 物凄く嫌な予感がした。エマを部屋に入れてはいけない気がした。


「さりげなく抵抗しないでよっ。今日の私は魔女だからねー、絶対トリックするよ!そのために来たの!」


「いくらハロウィンでも、明確な悪意ある悪戯は許されないと思うよ。」


 気合いの入っているエマはブレアの嫌そうな顔に唇を尖らせる。


「悪意って、ブレアってば失礼ね。私が変な悪戯するような人に見えるの?」


「その格好を考慮すると、そうにしか見えないかな。」


 無理やり押し入ってきたエマの大きなカバンに押され、ブレアはバランスを崩してしまう。

 よろけたブレアをエマは意外と強い力で抱き止め、上着のファスナーの引手に手をかけた。


「……離してくれる?この手は何?」


「大丈夫よブレア。変なことはしないから!だからとりあえずーー」


 深い笑みを浮かべたエマは、引手を摘む指に力を入れる。

 若干の既視感と大きな悪寒を感じたブレアがエマの手を見たのと殆ど同時に、上げたばかりのファスナーが一気に下まで降ろされた。


「脱いでっ!」


 もしこれがルークなら、容赦なく魔法で突き放せるのに、相手がエマのとなると何となく気がひける。

 そのまま上着を脱がせたエマはシャツの中に手を入れる。


「きゃあっ。ちょっと何!?」


「嘘っ、ブレア細すぎない!?羨ましい!」


「ぁ……触らないで。」


 驚いたエマがペタペタとお腹や腰を触ると、ブレアはぴくりと肩を跳ね上げて体を強張らせた。

 少し前から起きていたが、完全に声をかけるタイミングを失っていたルークは、「あの……」と恐る恐る声を出す。

 聞こえてくる声から色々想像してしまったルークは2人の姿を見ないように布団に潜っている。


「すみません、俺はどうしたらいいですか……?」


「あ、ごめん、ルークくんのこと忘れてた……。」


 エマは気まずい気持ちを誤魔化すように苦笑しながら、ブレアのズレた肩紐を直した。

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