第42話 先輩の物理攻撃は貴重なので
部屋を出たブレアを追いかけてルークも外へ出ると、「ついて来ないでよ。」と睨まれる。
「怒った顔もイケメンですね!」
「馬鹿にしてるの?別に怒った顔してない。」
女体の時より鋭い眼差しには威圧感があるが、ルークは全く怯まない。
むしろ睨まれたことを喜んでいる。
ルークのことは気にしないことにして、ブレアはスタスタと歩く。
「リアム先生、休日でも準備室にいるんですか?」
ルークは勝手にリアムのところに行くと思って問いかける。
行き先は聞いていないが、リアムから借りたのであろう魔導書を持っているからだ。
ルークが話しかけてもブレアは無言で歩き続ける。
聞こえていないことはないだろう。
こうして無視をされるのはブレアの助手兼友達になった日以来だ。
話してもらえないのは悲しいが、こうしてブレアとの距離が縮まったと思うと感慨深い。
「先輩めちゃくちゃ怒ってますよね。俺が嫌なことしたから無視するんですよね……?」
無視されるのはよくても、無視される原因がルークにあるのなら謝らなければならない。
もちろんブレアの怒った顔も好きだが、好きな人が怒っていると何とかしたくなるものだ。
「何が駄目でしたか?」
「直すので教えてください。」
「本当にすみませんでした。」
「先輩〜?」
質問しても謝っても、呼んでみてもブレアは口を開かない。
そもそもしつこく話しかける行為が駄目なのでは?という発想はルークにはもちろんない。
ブレアが何も答えないので自分で考えたルークは1つの結論を出す。
「もしかして……。」というルークの言葉にブレアは密かに耳を傾けた。
「放置プレイですか!?」
「何それ、頭大丈夫?」
軽蔑したような冷たい眼差しを向けられても、ルークはやっと反応してもらえたことが嬉しくて顔を輝かせた。
ブレアはもう怒りを通り越して呆れている。
「先輩のためなら何時間でも、何日でも待てますよ!任せてください!」
「なら一生君を放置して関わりたくないな。と言いたいところなんだけどね。」
ブレアは額を抑えて溜息をついた。
ルークに変わった才さえなければ、本当はこんな鬱陶しい変態等関わりたくもない。
そのはずなのにどうしてわざわざ同室になったり、勉強を教えようとしているんだろうか。
パッと思いついたことを提案したから……といえばそうだが、なぜそんな面倒なことを思いついたのか自分でもよくわからない。
「準備室に行くんじゃないんですか?」
立ち止まってコンコンとドアをノックするブレアにルークは首を傾げる。
てっきり準備室に行くのかと思っていたが、ブレアがノックしたのは寮の一室だ。
ガチャっとドアが開いて、中からリアムが顔を出した。
「こんにちは。騒がしいと思ったらやっぱりあなた達ですか……。」
「人の顔を見て溜息つくのは失礼だって言ったの、先生だった気がするんだけど。」
ブレアとルークの姿を見たリアムは呆れたように息を吐く。
男の姿のブレアはかなり背が高いが、リアムと並ぶとあまり大きく見えない。
抱くように両手で本を抱えてリアムを見上げるブレアが可愛らしくて、ルークは絶対いつかブレアの身長を抜かしたいと思った。
「ディアスさんの声なんて部屋まではっきり聞こえてましたよ。教員寮で卑猥な言葉を叫ばないでください。」
「さっきの卑猥なの?気持ち悪……。」
リアムと今更ぞっとしているブレアにルークは「すみません。」と謝る。
そんなに大きな声を出している自覚はなかったが、うるさかったのなら気をつけなければいけない。
「それで、お2人で何の用ですか?部屋を変えたいなら尽力しますよ。」
「変えないよ。本を返しに来ただけ。彼は勝手について来た。」
ブレアから本を受け取ったリアムはドアを開けたまま部屋に戻り、またすぐに戻って来る。
持って来た別の本を渡すと、ブレアは満足そうに革の表紙を撫でた。
「それを読み終えたら、当分は新しいものはありませんからね。要件は以上ですか?」
「うん、それだけ。」
部屋に引っ込んでドアを閉めようとするリアムを、ルークは「待ってください!」と引き留める。
「ディアスさんも何かご用でしたか?部屋を変えたいのでしたら尽力しますよ。」
リアムがにこりと笑いかけると、ブレアが「だから変えないってば。」と唇を尖らせる。
当然といえば当然だが、リアムはどうしても2人を別の部屋にしたいようだ。
「先輩を怒らせちゃったんです。助けてください。」
「そうですか。仲直りできるといいですね。」
切羽詰まった表情のルークを見てもリアムは笑みを絶やさずに他人事のように言う。
冷たいと思われるかもしれないが、リアムからすれば何を助ければいいのかわからない。
リアムからブレアに「許してあげなさい。」と言ってもおそらく許さないだろう。
「お願いしますリアム先生!俺多分地雷発言したんですけど、何が駄目だったのかわからなくて謝れないんです!先生なら先輩が何を嫌がったのかわかりますよね!?俺の話聞いてください〜!」
ルークに縋るよな目で見られたリアムは困ったように苦笑する。
仮にリアムが原因を教えたとして、それで解決することなのだろうか。
「ディアスさんがブレアの嫌がることをしているのは、今日に限った話ではないと思いますよ……?」
「さっき俺が先輩とどんな会話をしていたかと言いますと……。」
「さり気なくお断りしたつもりだったのですが。」
部屋での出来事をルークが話しだすと、ブレアは嫌そうに顔を顰める。
本人の前でする話ではないだろうと思うが、止めるのも面倒なので壁にもたれて本を開いた。
長くなりそうな2人の話を本を読んで待つようだ。
どうでもいいことまで細かく説明するルークの話をリアムは渋々ながらちゃんと聞いてくれる。
ルークが一通り話し終えると、リアムはクスリと笑った。
「成程。ブレアは魔力の気配を消すのが苦手なのを昔から気にしていまして、指摘されたのが嫌だったのではないでしょうか?それとも……。」
「待って、ダメ。言わないで先生。」
リアムは言いながらすっとブレアの方に手を伸ばす。
嫌な予感を察して本を閉じたブレアは伸ばされた手を魔導書で叩いた。
リアムが痛いですと手を下げると、代わりにルークが手を差し出す。
「俺のことも叩いてください。」
「何で?嫌だけど。」
「先輩の物理攻撃貴重なので。」
ブレアは「意味わからない……。」と呟きながら真剣な顔のルークから距離を取った。
そのままくるりと来た方向を向く。
「帰る。」
「まだ話聞き終わってないのに帰るんですか?」
「知らない。僕の用は済んだ。」
ルークを置いて帰ろうと歩を進めたブレアはぴたりと足を止める。
このままルークを置いて帰ると、リアムに自分のことを好き勝手話される気がした。それは嫌だ。
ブレアはもう一度振り返ってルークの袖を軽く引く。
「……帰ろ。もう怒ってないから。」
「帰ります!」
その動作にキュンとしたルークは即答するとリアムに1礼する。
挨拶もせずに歩きだすブレアに機嫌よくついていくルークを見て、リアムは「単純ですね……。」と笑った。
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