第41話 僕が聞いたのは魔法の感想なんだけど
ルークが重い瞼を持ち上げると、アメシストのような深い紫色の瞳と目が合った。
黒目がちな綺麗な目はじっとこちらを見下ろしていて、長い銀髪がルークの頬を撫でる。
「あ、起きた。」
(先輩綺麗だな……。)
働かない頭でぼんやりと考えながら瞬きをすると、だんだん目も頭も冴えてくる。
その綺麗な顔が間近にあることにようやく気がつき、驚いたルークは勢いよく起き上がった。
ルークが突然動いたせいで額と額がぶつかり、ブレアが声を上げる。
「痛っ!」
「っすみません!!先輩の顔が近くてつい……。」
額を抑えて抗議の目を向けてくるブレアにルークは飛び退いて謝る。
ぼーっとしていた。何ならもう少しで触れるところだった。危ない。
赤くなった額を魔法で冷やしたブレアは呆れたように溜息をついた。
「いつも通り元気そうで安心したよ。気分はどう?」
「気分ですか?普通ですけど……あれ、俺教室で寝落ちしたんでしたっけ?もう昼!学校は!?」
ルークはいつの間にか自分のベッドで眠っていて、時計の針は午後1時過ぎを指していた。
昨日4人で勉強会をした後、教室でブレアに囁かれた所で記憶が途切れている。
教室で寝落ちしたんだろうか。立ったまま?
「まあそんな感じだね。正確には僕が寝かせたんだけど。今日土曜日。寝ぼけないでよ。」
「寝かせたって、魔法ですか?」
慌てるルークがおかしかったのか、1つ1つ答えてくれたブレアは少し笑っている。
そういえばブレアが術式を唱えていた気がするな、と思い出しながらルークが聞くと、ブレアは小さく頷いた。
「そう。説明しなかったことはごめん。ちょうど試したいなと思ってたところに寝不足の人が現れて興奮してた。かけられた感想を聞かせてほしいな。」
薄く微笑んだブレアは魔法でペンとメモ用紙を引き出しから出すと、じっとルークを見つめて感想を待つ。
昨日のブレアは目がキラキラと輝いていて子供のようで可愛かったが、興奮していたのか。
本当に魔法が好きなんだな、無邪気で可愛いな、ではなくて感想を答えなければ。
腕を組んで真剣に考え出すルークに「そんなに深く考えなくてもいいよ。」と言うと、ルークははっと口を開いた。
「目隠しされた後の先輩の顔が見たかったです。絶対可愛かった……。」
「僕が聞いたのは魔法の感想なんだけど。」
ブレアが呆れたように顔を顰めるので、ルークはもう一度考え直す。
ブレアには難しい質問をしたつもりはないのだが、そんなに答えづらいとは。
「目が見えない分耳元で囁かれるとめちゃくちゃドキドキしました……。先輩の『おやすみ』って言う声がエロ可愛くて毎日聞きたいです。」
「僕が、聞いたのは、魔法の、感想、なんだけど、ないの?体調や気分の変化とか、普通に寝るのとの違いとか。」
眉を顰めたブレアは言葉を区切ることで自分の主張を強める。
魔法の感想を聞いているのに何故関係ないことばかり答えるのか、ブレアにはさっぱりわからない。
例まで出したのだ。口を開いたルークの感想が今度こそまともだと信じて耳を傾ける。
「魔法使った時若干ピリッてしたと言いますか、魔力が体を流れた感覚みたいなのがするじゃないですか。」
「そうだね。魔法をかけられた時に微弱な電流のようなものを感じるのは一般的な感性だ。」
魔法をかけた途端倒れたのに、魔力が流れたことまでしっかり覚えているのは意外だった。
ようやくまともな回答が得られそうだ、とブレアは期待してペンを構える。
「先輩の魔力が俺の中を流れたって考えたらなんかその……すっごいえっちだなって思いました!」
ブレアは書くために構えたペンを鋭い軌道でルークの顔に向かって投げた。
手は震えていて、掴まれたメモ用紙には皺が寄っている。
震えの種類としては、間違いなく怒りに震えている。
「ペンは投げるものじゃないです先輩!尖ってるから危ないですよ、目に当たったら間違いなくやばいですよ!風魔法かけましたよね?」
ギリギリでルークの顔の横を通り抜けたペンを拾って抗議すると、ブレアはキツくルークを睨んだ。
「……最低。」
「えっ!なん……え、すみません。」
ぷいを顔を背けてしまうブレアにルークは慌てて謝る。
予想外の反応に、申し訳なさより戸惑いと驚きの方が勝つ。
ルークが謝って様子を伺っても、ブレアは無言で怒りを露わにしている。
「すみません。……俺何か言っちゃいけないこと言いましたか?」
「……さあね。」
冷たい声で短く言ったブレアはルークからペンを取り上げると立ち上がった。
魔法で制服に着替えるのと同時に男性になると、枕元に置かれていた魔導書を手にとる。
「どこか行くんですか?お昼は……。」
そのまま出ていこうとするブレアを呼び止めると、嫌そうにゆっくりと振り返った。
「君が寝てる間に食べた。」
「薬とゼリーは食べたに含まれません。」
「じゃあ薬飲んだ。」
短く言うとブレアは出ていってしまった。
バンっと大きな音を立てたドアがブレアの機嫌の悪さを物語っていた。
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