第34話 どうして駄目なのか自分でわからないんですか?

 嬉しそうに笑っているルークを一蹴し、ブレアはドアを開けて外に出た。

 ルークが続いて外に出ると、ブレアはドアを閉めてそっとドアノブを撫でる。

 ノブがほんのり光り、カチャっと鍵がかかる音がした。


「魔法で施錠してるんですか?」


「寮の決まりだからね。後で君でもできるように簡単なのに変えようか。」


 ルークが「すみません。」と謝ると、ブレアは「別に。」と短く返す。

 ルークが難しい魔法を使える自信はないが、簡単な魔法にして防犯面は大丈夫なのだろうか。


「歩いて行くんですか?」


「職員室に布団で行くと先生が煩いから。」


 自身に強化魔法をかけたブレアはゆっくりと歩き出す。

 初めの授業の時に「立っているのもしんどい」と言っていたが、無理はしていないだろうか。


「先輩!もし体調が悪くなったら俺が運びますので任せてください!」


「いらない。強化してるから魔力が尽きない限りは大丈夫だよ。今日は魔法を多く使う授業もそんなになかったのかな、空気もそんなに悪くないみたいだ。」


 冷たく否定しつつも丁寧にブレアが答えると、ルークは「空気……?」と首を傾げる。

 ルークはこの学校の空気が悪いと思ったことはない。

 魔法を使ったら空気が悪くなると言う話も聞いたことがない。


「魔法を使うと体内の魔力が空気中に放出されるよね。人の魔力は自然のマナと違って癖が強いから、あんまりいっぱい吸い込むと自分のと混ざって酔うんだ。」


「そうなんですか?」


 ブレアは当たり前のことのように言うが、そもそもルークは魔力が空気中に放出されることも知らなかった。

 学校に来てからそこそこ魔法を沢山使ているところにいたこともあるが、酔った経験もない。


「そうは言っても普通の人はさほど気にならないみたいだけど。僕は魔力適合が高いせいで、使いづらいのまで勝手に取り込んじゃうんだよね。」


「それと歩かないことに何の関係が……?」


 首を傾げるルークをブレアは呆れたような目で見る。

 ここまで説明したのにまだ分からないのがおかしいと思っているようだ。


「布団にマナや魔力を弾くように魔法をかけてあるんだ。僕はそんなに体が丈夫じゃないから、勿論移動手段としても重宝してるけど。」


「そうだったんですね。」


 難しい話ではあったが、大体は理解できたと思う。

 乗り物なら他にも色々あっただろうに、わざわざ布団で移動している理由がわかって少しスッキリした。


「ついたら書類を書いて、先生に提出しないとね。先生いるかな?」


 ブレアが言う“先生”とはリアムのことだろう。

 いなかったら他の教師に渡せばいいと思うのだが、あくまでリアム以外に頼る気はないようだ。


 職員室の前につくとブレアは申請用の書類が置いてある棚から寮に関する物を選んで取り出し、置いてあったペンで迷いなく必要事項を記入していく。

 立ったまま書いているせいで長い髪が視界を邪魔する。

 眉を顰めたブレアは一度手を止めて横髪を耳に掛けると、またペンを走らせた。

 隣で見ているルークは、その何気ない仕草にドキッとしてしまう。


(先輩耳小さ……可愛い。)


 普段は髪に隠れて見えない分、余計に気になる。

 ルークがじっと見ていると、ブレアは突然ルークの方を向いた。


「……何?僕が書けるところは書けたから、続きを書いてほしいんだけど。」


 目が合った途端ルークが反射的に逸らしたため、ブレアは怪訝そうに首を傾げた。

「すみません。」と謝ってペンを受け取り、空欄に必要事項を書く。

 気になるのかブレアが隣で書類を覗き込んでくる。

 少し動けば体が触れそうな距離にブレアがいて、必要以上に緊張してしまう。


「へえ。君本当に辺境に住んでるんだ。よく通えるね。」


「大変ですけど、通えないことはないですよ。」


 ルークが住所を書くと、ブレアは感心したように目を丸くする。

 ルークの家は東の辺境の村にあり、国の中心部に位置するここからはかなり遠い。

 この国はそう広くないため通えないことはないが、驚くのも無理はなかった。

 ブレアが書いた住所を見ると、ここから北に魔法列車で30分ほどの位置にある街だった。

 住所の上の名前を書く欄を見たルークは違和感に気づく。


「……あれ、先輩の姓って“”じゃありませんでしたか?」


 ルークがブレアの言葉を忘れるわけがないと思うのだが、記憶違いだっただろうか。

 ブレアの字は綺麗だから読み間違えでもない。確かに“ブレア・”と書いてある。


「ああ、僕先生の家の子だから、今の姓はフロストだよ。でも、“ブレア・ユーリー”以外は僕じゃない気がするから、他の姓を名乗るつもりはないんだ。流石にこういうのはちゃんと書かないといけないから仕方なくね。」


 言われて初めて気づいたが、兄弟なのに姓が違うのは少し変だ。

 ユーリーというのは養子になる前の姓だったのだろう。

 変わっても尚名乗るほどユーリーという姓に思い入れがあるのだろうか。

 また1つブレアのことが知れて、ルークは嬉しくなった。


 書き間違いのないように気をつけながら全ての必要事項を書き終えると、ブレアが書類を持って確認する。


「全部書けてるね。先生はいるかな。」


「あ!あそこにいますよ。」


 ブレアが職員室のドアをノックしようとすると丁度廊下を歩いてくるリアムをルークが見つける。

 リアムもルークとブレアに気がついたようで、少し歩調を速めて近づいてきた。


「先生、職員室にいてくれないと困るなぁ。」


「今日も他でもなくあなたが散らかした準備室の片付けをしていたのですが。ディアスさんも一緒でどうしました?」


 文句を言いつつブレアは持っていた書類を渡す。

 リアムは不思議そうにしながらも書類に目を通すと、キッパリと言った。


「駄目です。」


 ルークはですよね。と思ったが、ブレアは納得していないようで「えー何で?」と聞く。


「どうして駄目なのか自分でわからないんですか?」


 リアムは額に手を当てて溜息をついた。

 まだ時間はそう遅くないからか、職員室前は多くの生徒や教師が通る。

 その殆どがこちらを見てくるので、ルークはいたたまれない気持ちになる。

 リアムが少し怒っていて、学校中の話題の的になるほど美人で変わったブレアがいるとなると、気になるのは当然だろう。

 視線の殆どがブレアを見ていて、ついでとばかりに向けられる「あいつ誰?」みたいな視線が痛い。


「わかんない。」


「わかってください……異性と同室なんて、許可が出るわけがないでしょう?」


 不満そうにリアムを見ていたブレアはその視線をルークに向ける。

 じっとルークを見たブレアはまた視線をリアムに戻すと、こてんと首を傾げた。


「何がダメなの?」


「聞いてました……?」


 何もわかっていないブレアに、リアムはまたしても大きな溜息をついた。

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