第28話 仕方ないから食べてあげてもいいよ

 もし、大切な友達から無茶な事を相談されたら、正直に無理だと思うと言うべきだろうか。

 それとも一緒になるべく頑張ってみようと言うべきだろうか。


(……どうしようかなー。)


 ヘンリーは単純な2択で悩んでいた。

 悩みの種は何かと言うと、勿論1番の友人であるルークとその想い人であるブレアの話だ。


 ルークに聞かされた話によれば、ルークはブレアの偏食(の域に収まらない食生活)を治すべく、ブレアに昼食を作ったらしい。

 この1週間、毎日だ。

 それでもブレアの偏食は治らないどころか全く弁当に手をつけてもらえないため、とうとうヘンリーに相談することにしたらしい。


 正直に言おう。そんなこと相談されても困る。


「頼むよヘンリー、料理得意なんだろー?俺に料理教えてくれ!」


 ルークが縋るように泣きついてくるので、一応頭を動かしている。

 動かしてはいるが、そもそも料理の出来云々以前の問題なのではないだろうか。


「ルークくん、ユーリー先輩に食べてもらえた事一回もないんでしょ?なら、味は関係ないんじゃない?」


「確かに……!じゃあ何!?見た目が駄目なのか!?」


 ヘンリーの言葉にルークはハッとして考えだす。

 ルークの話を聞くに、恐らくブレアは学生寮に入ってからーーつまり2年近くは今の食生活を続けているのではないだろうか。

 そんなに長い間食事らしい食事をしてこなかった人が、今更弁当を食べたくらいで偏食が治るとは考えづらい。

 それを真っ先に伝えるべきかとも思ったが、ルークにとってはそんなこと関係ないのかもしれない。


「ルークくんがいつも食べてるお弁当、見た目もちゃんと美味しそうだと思うよ?」


 この1週間は昼休みを共にしていないが、それより前のことを思い出して素直に答える。

「じゃあどうしよ〜。」と困り果てた様子のルークと一緒に考えて、ヘンリーは1つの可能性を思いついた。


「……ねえルークくん、ユーリー先輩は食べてる間に何もできないのが嫌だって言ったんでしょ?だから食べてくれないんじゃないかな?」


「……確かに……!」


 またもやハッとするルークには、全く思いつかないことだったらしい。

 張り切りすぎて空回りしているところが簡単に想像できるのだが、大丈夫だろうか。


「つまり何かしながら食べられたらいいってことだよな……。ヘンリーありがとう!今日は帰って明日の準備する!」


 何か閃いたらしいルークは勢いよく席を立った。

 思いついた案に余程自信があるのか楽しみなのか、ヘンリーに早口に挨拶をすると出口に駆けていく。

 ドアの前で丁度入ってこようとしていたアーロンにぶつかりそうになっている。


「わっ、すみませんアーロン先輩!さようなら!」


「お、おお。じゃあな?」


 アーロンにぺこりと一礼してルークは廊下を走って行った。

 走り去るルークを不思議そうに見ながらアーロンは教室に入ってきた。


「……アイツ何企んでんの?」


「お弁当作るらしいよ。」


「はぁ?」


 ヘンリーが答えるとアーロンは意味が分からないとでも言いたそうに顔を顰めた。

 そりゃあ分からないだろうとは思ったが、説明するのは面倒だ。

 一体ルークは何をするつもりなのだろうか……。





「あれーブレア、ルークくんが来るの楽しみにしてるの?」


「……してない。」


 本を開きながらドアの方を気にしているブレアの様子に、エマはくすくすと笑う。

 昼休みにルークが訪ねてくるのはすっかり当たり前のことになっていて、気にならないわけがない。


 エマは別の友人とお昼を食べることも多く、毎日一緒にいるわけではない。

 お昼を食べ終えて教室に戻ってくるとルークが悲しそうに2つの弁当を食べているので、上手くいっていないことは知っている。


「ルークくんのお弁当、凄く美味しそうなのにどうして食べてあげないの?」


「僕は作ってきても食べないって言ったよ。」


 ブレアはキッパリと言うと本を読み始めてしまう。

 友人に呼ばれたエマは明るい声で返事をし、困ったようにブレアも見た。


「私もう行くけど、ルークくん、ブレアの分までお弁当作るのすっごく大変だと思うの。少しくらい食べてあげてもいいんじゃないの?今日は一口だけでもいいから食べてあげてよ!」


「嫌だ。」


 子供のように短く否定するブレアに、エマは「やだじゃないの〜!」と両手を腰に当てて怒る。


「ほら、一口食べてから断ったら、ルークくんも作るのやめてくれるかもしれないわよ?全く食べてもらえないと意地になっちゃうものでしょ?」


 無言で何の反応も示さないブレアを置いて、エマは入口の前で待っている友人の元へ向かう。

 顔を上げなくてもエマがこちらを見ているのが分かり、ブレアは意地になるように文字を見つめた。


 1週間も冷たく当たったのだから、そろそろルークも諦めてくれてもいいんじゃないだろうか。

 前もそんなことを思って上手くいかなかった気がするが、今回は料理だ。手間がかかる。

 昼食を作ってこられるのは面倒だが、それをやめてくれたらーーまあ、調べ物をしながらでいいのなら、相手をしてあげないこともない。


 エマが出ていってから10分ほどすると、例の如く大声で「失礼します!」と言ってルークが入ってくる。

 ブレアの前までやって来て挨拶をするルークを、ブレアは本から顔を上げて冷ややかな目で見た。


「……遅い。」


「すみません……。もしかして待っててくれました?」


「……別に、待ってないけど。」


 昼食(?)を食べた様子のないブレアにルークが嬉しそうに聞く。

 ぷいと顔を逸らしたブレアの隣に座ると、さりげなく本の位置をずらして机を空けてくれた。

 頬杖をつき始めるブレアに何かを食べる気は全くなさそうだが、袋から取り出した2つの弁当箱を机の上に置くと、ルークはその一方を差し出す。


「どうぞ先輩!今日はちゃんと考えて作りましたよ!」


 ルークは自信満々に箱の蓋を開ける。

 中身は普通のサンドイッチやプチトマトなどだが、その全てが一口大に小さくカットされ、カラフルなピックが刺されていた。


「これなら本を読みながらでも、何か書きながらでも食べられますよ!どうですか?食べてくれますか?」


 ここで今までなら「いらない。」と言って栄養剤を口に入れてしまうのだが、今日のブレアは黙り込んでいる。

 断ろうとしたブレアはエマの言葉を思い出して言い止まる。

 作るだけでもかなり面倒なのに、わざわざ細かく切ってピックをさすのは尚更手間だろうと思った。


「あの、駄目でした?何か苦手な食べ物があったとかですか?」


 ブレアが何も言わないため、不安になったルークは表情を窺っている。


(発想はいいし……エマに言われたし、一口くらい食べてあげてもいいかな。)


 そう考えていたブレアはふといい案を思いついた。

 不安そうなルークを見て少しだけ口角を上げる。


「仕方ないから食べてあげてもいいよ。」


「本当ですか!?」


 ぱあっと顔を輝かせるルークに「但し、」と付け足す。

 何を言われるかさっぱり分からないルークはきょとんとしている。

 よくそんなにコロコロと表情を変えられるな、と思いながら、ブレアは条件を提示する。


「君が食べさせてくれるなら、ね。」


「えっ!」


 頬杖をついたままの手でルークを指差すと、驚きの浮かぶ顔がみるみる赤く染まっていった。

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