第26話 昼食それだけですか?

 エマの交友関係は広い。

 クラスどころか学年に話したことのない生徒は多分いないし、7割以上は顔と名前が一致する。


 一方でブレアの交友関係は狭い。

 休み時間でも実技の授業中でもいつも1人でいるし、ブレアが自分から他の生徒に話しかけているところなど見たことがない。

 ブレアが他の生徒と話している時といえば、エマと話している時を除くとルークのような好意を寄せている者に絡まれている時くらいだ。


 それだけ普段の過ごし方の違う2人なら、価値観が違ってもおかしくはない。

 顔と名前が分かって、1度話したことのある人は全員友達認定のエマのように、ブレアがそう易々と友達を作らないのは分かっていた。


 自分がブレアのことを友達だと思っていても、ブレアにとってエマは友達でなない時期もあっただろうとは思っていた。

 しかしーー


「……すごく絡んでくるクラスメイトだと思ってた……。」


「流石にもう友達だと思ってくれてると思ってたわ。」


 きょとんとしているブレアにエマは何ともいえない気持ちで苦笑する。

 目を見開いて驚いている表情が、嫌味でも冗談でもなく、本気でエマのことをただのクラスメイトだと思っていたことを物語っている。


「そんなこと言われたの初めてよー!結構ショック……。」


 見るからに落ち込んでいるエマに戸惑いながら、ブレアは「ごめん。」と謝っている。


「お2人はいつから仲がいいんですか?」


 2人のテンションに大きな温度差を感じながら、ルークはふと気になったことを聞いてみる。


「初めて話したのは1年の時よ!」


「そうだっけ?」


 こてんと首を傾げるブレアにエマは「ちょっとぉ!」と抗議する。

 いつの間にか取り出した分厚い本に目を落としているが、話は聞いているようだ。


「そうよ!課外授業のペアになったじゃない!私あの時からブレアのこと友達だと思ってたのよ?」


 ブレアは頬に指を当てて少し考えたあと、思い出したのか苦い顔をする。


「……あー。社交性があるから僕なんかと組まされた可哀想な子……。」


「可哀想だと思ってるなら遅刻しないで欲しかったなぁー。」


 ブレアに哀れみの目を向けられ、エマはぷいとそっぽを向く。

 エマは怒っているが、ブレアはすっかり忘れているようで、そうだっけ?と記憶を辿っている。


「愛想悪いし遅刻してくる嫌な奴と、よく友達になろうと思えたね。」


「先輩は嫌なヤツじゃないですよ!先輩ほどのいい人に俺は会ったことがありません。」


「君に言われても全く納得できないね。」


 本に書いてあることを小さなノートにメモしながら、ブレアは呆れたように眉を寄せる。


「ルークくんの言う通り、ブレアはとってもいい子じゃない。友達になりたいって思わせてくれる素敵なところ、沢山あるのよ!ブレア、私にはそんなところない?」


 寂しそうなエマの瞳に見つめられ、ブレアはそっと目を逸らした。

 まん丸い可愛らしい目で見つめられると、兎か何かのような小動物と対峙している気持ちになる。


「エマはちょっと面倒なとこもあるけど、いいとこばっかりでしょ。」


「面倒!?でもいいとこもあるっと思ってくれてて嬉しい!」


 意地でもエマと顔を合わせようとしないブレアの言葉に半分傷つきつつも、エマは嬉しそうに笑う。

 いつの間にかパンを半分ほど食べ終えていたエマは、「私とブレアじゃなくてルークくんとブレアだよ!」と仕切り直した。


「ルークくん、昨日ブレアと何したの?」


「昨日ですか?昨日はーー」


 ルークはハッとしてブレアの方を見る。

 ブレアは睨むようにルークを見ていて、その視線は言うなと言っているようだった。


「昨日は……えーと、そのー……秘密です!」


「何それ!?余計気になるよ!?」


 どうにか誤魔化そうとしたルークだが、言い訳が何も思いつかず、素直に答えてしまう。

 結果的にエマの興味を余計に掻き立ててしまい、ブレアは呆れ顔で頭を抱えた。


「昨日のことは僕にとってはあまり人に知られたくないんだ。聞かないでおいてくれると助かるな。」


 ブレアの言葉にエマは不満そうに唇を尖らせたが、観念したように息をつく。


「わかったわよ。ブレアってミステリアスだよねー。」


「ありがとう。」


 薄く微笑んだブレアは話が終わったと判断したのか、また本に目を落としてしまった。

 ぱくりとパンに齧り付いたエマはルークが何もせずに話を聞いていることに気がついて首を傾げる。


「ふーくくんほへんほうひゃへはいほ?」


「すみませんエマ先輩、何ですか?」


 パンを咥えたままもごもごと話すエマの言葉から辛うじて「ルークくん」を聞き取ったルークは苦笑いを浮かべて聞き返す。

 エマは急いで口の中のものを飲み込んだ。


「ごめんね。ルークくんお弁当食べないの?って聞いたの。」


「なるほど。言われてみればそう言ってたように聞こえます!ブレア先輩は食べないのかなと思ったんですけど……。」


 ルークにじっと見られたブレアは不思議そうに顔を上げる。

 ブレアは今も本と小さなノートを開いていて、ノートには文字がびっしりと書かれていた。


「僕はさっきからずっと食べてるよ。」


「食べてるんですか!?どう見ても勉強してますよね?」


 ブレアは面倒そうに顔を顰めながらもルークの方を向いて口を開ける。

 目一杯開いてもなお口が小さくて可愛いな、と思っていると赤い舌の上に小さな薬のような白いものが乗っているのに気がついた。


「それなんですか?」


「何って……お昼ご飯だけど。」


 口を閉じて薬を噛み砕いたブレアは、何とも言えない表情をしているルークに顔を顰める。

 今顔を顰めたいのはルークの方だが。

 エマは2人のやりとりを見ながら美味しそうに2個目のパンを頬張っている。

 流石にそんなわけないだろう、と自分に言い聞かせながら、ルークは念の為聞いておく。


「昼食それだけですか?」


「ううん。これも飲むけど。」


 ルークから圧を感じるブレアはたじろぎつつもパウチ状のゼリー飲料を見せてくる。

 本格的に心配になってきたルークは、流石にそんなわけないだろう、と自分に言い聞かせながら、念の為聞いておく(2回目)。


「まさかとは思いますが、いつもそんな感じなんですか?」


「うん。朝昼晩全部こうだよ。」


 ルークは物凄い剣幕でダンっと机に両手をついた。

 ゼリー飲料の蓋を開けようと力んでいたブレアの肩が大きな音にびくりと跳ねる。

 やばい、やばすぎると思う。

 やばいという自覚がないことが何よりやばい。


「……先輩、今日の昼は俺の弁当食べませんか?」


「え……いらない。」


 目が据わっているルークに若干恐怖を覚えつつも、ブレアは何とか蓋の開けることができたゼリー飲料を口に含んだ。

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