第25話 まあ、悪くはなかったかな
授業が終わり、教師が退室したのとほぼ同時にブレアは目を覚ます。
ぼやけた視界は数回瞬くと徐々に矯正されていき、大量の文字で真っ白になった黒板を映し出した。
まだぼーっとしている頭で小さな文字を流し読み、授業の進度を把握する。
(うーん、3ページってところか。)
教科書に貼った付箋を移動させ、記憶を頼りにノートを書く。
ふわあっと大きく欠伸をすると文字が歪むが、大切なノートではないのでよしとしよう。
「ブーレアっ!おはよう!」
「きゃっ。」
エマが横からぶつかるように抱きついてくるので、ノートの真ん中に大きく余分な線を引いてしまった。
「……驚いたじゃないか。離してくれる?」
「えへへ、ごめんね〜。さっきの時間、よく寝てたなと思って!」
消えないインクの線を魔法で消し、怪訝そうにエマを見る。
エマはにこにこと笑ってブレアを見ていて、離れるつもりはないようだ。
「お昼休みだよ?早く板書終わらせてお話ししましょー!」
「触らないでってば。書きづらいんだけど。」
「書きやすいように左にくっついてるのよ?」
一向に離れそうにない様子のエマに観念したのか、ブレアは仕方なく続きを書いていく。
エマはブレアのノートを観察するようにじっと見ているが、こうも見られるといまいち集中できない。
急いで終わらせようとペンを走らせると、エマがあっと声をあげた。
「ブレア、この人とこの人逆よ。」
「そうなの?歴史はいまいち覚えられないな……。」
片手をブレアから離したエマは隣に書かれた2つの人名を順に指差す。
首を傾げながら入れ替えるブレアに簡単に解説するが、あまりピンときていないようだ。
「覚えられないならちゃんと起きてないとダメじゃない。」
「仕方ないでしょ。昨日早く起こされた挙句考え事しててなかなか寝れなかったんだから。」
うぅーん、と唸りながら頭を抑えるブレアだが、エマの瞳がきらりと光る。
「起こされたってルークくんによね!?そんな朝から出かけたの?何したの?詳しく!」
「やめて……もう、揺らさないでよ。」
ブレアが抗議の意を込めて睨むようにエマを見る。
睨むように、と言っても目を細めているだけで、ルークやアーロンを睨む時より何倍も柔らかい目をしている。
「ごめん〜。先に感想だけ聞かせてよ。楽しかったの?」
ブレアは字を書く手を止めて昨日のことを思い出す。
スカートの件時点では最悪の気分だったが、全体的に見るとどうかというと……。
「……まあ、悪くはなかったかな。」
「あ、ブレアが笑ってる!珍しい。どれだけいいことあったの?」
無意識に微笑んでいたブレアは、エマに指摘されて唇を引き結んだ。
何事もなかったかのように手を動かし始めるブレアに昨日のことを話す気はないようで、エマは唇を尖らせる。
休日に2人で出かけた話だけでも気になるのに、ブレアにあんな顔をされると余計に気になってくる。
どうやって聞き出そうかと考えていたエマの目に、ちょうどいい人物の姿が映る。
「ブレアが話してくれないならルークくんに聞こーっと。おーい、ルークくーん!」
「え、来てるの?」
エマは片手を上げて入り口でブレアの姿を探しているのであろうルークに手を振る。
それに気がついたルークは「失礼します!」と大きな声で言って2人の方へ近づいてきた。
すぐに目の前まで来たルークはバンっと大きな音が立つほど強く机を叩いた。
「先輩……浮気ですか!?」
「……は?」
真剣に悲しそうな顔をしているルークには少し申し訳ないが、エマはふふっと吹き出した。
「浮気って……そもそも僕誰とも付き合ってないんだけど。」
「すみません先輩にくっついてるエマ先輩が羨ましくて間違えました。お2人は付き合ってたんですか!?」
眉を寄せて答えたブレアの眉がますます寄っていく。
ルークの発言が理解できずに戸惑っているようだ。
「何で君はすぐそういう方向に思考を飛躍させるかなぁ。付き合ってるわけないでしょ。」
「だって先輩が男性にもなれるなら、エマ先輩と付き合っててもおかしくないって思ったんですよ!実際彼女いたりしないんですか!?実は彼氏もいるんですか!?」
呆れたような目でルークを見ているブレアにルークはじりじりと詰め寄っていく。
距離を取ろうブレアが体を後ろに引くとエマの体も傾くが、手を離そうとはしないらしい。
「いないけど。いるわけないでしょ。」
「先輩美人で、男の姿もイケメンじゃないですか!だから彼女や彼氏の1人や2人や3人いてもおかしくない、むしろいない方がおかしいと思うんですよね!って今思いました!」
ルークを鬱陶しがるように手で払う仕草をしたブレアは一旦諦めたのかペンを置く。
「いないってば。しかも3人って……そんなの作っても面どーー」
「ブレア、ストップ〜。教室中が聞き耳立ててるよ。」
エマが手でブレアの口を塞いで制止する。
ブレアは軽くエマの腕を掴んで退けると「触らないでよ。」と胴に回された手も退けて離れた。
「僕は男女問わず誰とも付き合ってないよ。ノート書きたいから邪魔しないでくれるかな。」
有無を言わさぬままブレアは再びペンを取り、続きを書き始めた。
やんわりと拒絶されたことにショックを受けつつも、エマはルークに前の席を指す。
「ルークくんも一緒にお昼食べよー!持ってきてるでしょ?」
「はい!先輩と一緒に昼休みを過ごしたいなと思って来たので!」
「嫌だよ。お引き取り願おうか。」
ブレアの意思とは裏腹に、ルークはエマに促されるまま着席する。
昼休みまでルークの相手をしようと思うと骨が折れる。
まあエマとルークが2人で話してくれれば楽なのでいいとしよう。
「えー、ルークくんお弁当なの!?すごいね、お母さんに作ってもらったの?」
ルークが机の上に置いた昼食の入った袋を見てエマが驚く。
そもそも大半の生徒が寮で暮らしているため、弁当を持参する生徒はほぼいない。
交友関係の広いエマでも弁当を持参している生徒を見るのは初めてだ。
「俺が作ったんです。一時期近所の食堂で働いてたので、料理ちょっとできるんですよ!」
「そうなの!?意外だわ。私は普段ほとんど料理しないから尊敬しちゃう。」
そう言うエマの昼食は購買で買ったパンだ。
可愛らしい巾着袋に入れているところに女子力を感じる。
「……エマ、友達と学食行かなくていいの?」
パンの包装を開けて食べ始めようとするエマにブレアが聞いた。
ノートは書き終えたようで、机の上は綺麗に片付いている。
「今日はブレアと食べるって決めてたのー!ブレアだって私の大切な友達だからね!」
ニコッと笑ったエマはパンに齧り付く。
ブレアはエマの返事を聞いて「え、」と目を丸くする。
驚かれるとは思っていなかったエマも「え?」と目を丸くした。
「え、僕達友達だったの?」
「え?今まで私のことなんだと思ってたの!?」
ルークは周りの空気が一気に重くなるのを感じたが、どうすればいいか全然わからず、ただ狼狽えていた。
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