第24話 無属性魔法の適性者だ
「君が見たことを忘れてくれてたらいいなと思ってたんだけど、そうもいかないみたいだね?」
「大好きな先輩の下着のことを忘れるなんて無理ですね。」
へぇ。と短く返事をしたブレアは無理やり口角を釣り上げる。
いい笑顔だが目は全く笑っていない。楽しそうにも見えない。
ルークは「笑顔も素敵です!」と言っているが、ブレアは本気でルークの視力を疑っている。
「僕、1番殺人に向いてるのは闇魔法だと思うんだ。上手く殺れば消滅させられるから証拠も残らないところとか。でも実際に試したことはないから、仮説の段階から進まないんだよね。……君で試してもいい?」
「どうぞ!」
真っ黒に染まった右手を閉じたり開いたりしているブレアにルークは自分から近づいていく。
ブレアはそんなルークを呆れたような顔で見て、右手に纏っていた魔法を解除した。
「冗談だよ。君が抵抗できるか見たら早いと思ってたのに抗うつもりがないならダメだね。……なんでちょっと悲しそうなの。」
「試したことないって言ったから、先輩の初めてになれる!ってちょっと期待しました。」
「馬鹿なの?」
魔法の影響で冷たくなった手を揉み解しながらブレアは呆れたように首を傾げる。
メモに目を落とすと石を指差して呪文を唱えた。
ブレアが魔法を失敗するわけがないとわかっているが、何も起こっていないように見える。
「あのー、何をしたんですか?」
「近づいて見てみなよ。かなーり加減したけど、流石に目には見えるはずだから。」
ルークが石に顔を近づけると、表面に小さな亀裂が無数に入っているのがわかった。
どの傷も浅そうだが数も範囲も広く、石全体がメロンのような模様になっている。
指で触るとポロポロと表面が剥がれ落ちた。
ブレアはもう一度別の呪文を唱える。
全体の表面が剥がれ落ち、現れた新しい表面は磨かれたようにピカピカになっていた。
「打撃魔法で砕いて、研磨魔法で磨いてみたんだ。やってみて。」
「はい!」
ルークはツルツルになった石の表面に触れ、今度こそ意識を集中させる。
「絶対僕にかけるとかやめてよね。」
「それはフリですか?」
「違うけど。その魔法されたら普通に怪我するからやめてくれないかな。」
「馬鹿なこと言ってないで集中してよ。」と困った顔で急かされたため、ルークはじっと石の表面を見つめる。
勿論完全に石に集中し、ブレアを意識から消すことはルークにはできない。
だがそれで魔法が使えないなら、世の何かを愛している人達はどうやって魔法を使っているんだ。という話になる。
長時間ブレアのことを考えないのが無理なら、魔法を発動する瞬間の一瞬だけ魔法に集中すればいいのではないだろうか。
目の前の石が砕けることを想像して、素早く術式を唱えた。
ピキピキ……っと音を立てながら石が粉々に砕けてしまった。
「え……。」
ブレアは大きな石だったものの前にしゃがみ、かけらになってしまった石を拾って眺めている。
アメシストの目は大きく見開かれていて、驚きが隠せない様子だ。
「すみません先輩!やり過ぎました……。」
ブレアの見せた手本とはかなり違う結果に焦ったルークは素直に謝る。
ブレアは小石を持ったままルークの方を向く。
魔法を失敗したことに怒られると思ったが、予想に反してブレアの瞳はキラキラと輝いていた。
「ええっと……先輩?」
持っている石の断面を観察したブレアの口角が上がっていく。
魔法で石を砕くと言っても、体型や適正診断の結果からブレアが推測しているルークの魔力では小さなヒビを入れることしかできないと思っていた。
威力の補正もされていない単純な術式でここまでの威力が出せるのは、ブレアのように圧倒的な魔力を持っている者か、よほどその魔法が得意な者だけだ。
「……僕の予想は大体合ってたみたいだ。君を助手にしてよかったよ。」
小石をポイと放って、ブレアはニコリと笑った。
「君、適正検査が出来なかったって言ってたよね?多分出来てたよ。」
「そうなんですか?でも色が変わらなかったんですよ。」
真っ白なままだった紙を思い出してルークは少し落ち込んでいる。
自分以外のクラスメイトは皆ちゃんと出来ていたので、少し悲しかったのだ。
「そ。色が変わらなかったのは紙が
「無属性魔法の適性者……?」
聞きなれない単語に傾いて行くルークの顔を、ブレアは自信に溢れた目で見ている。
「そんな人は聞いたことがない。でも僕が君と過ごした短い時間で、何度も不可解な出来事が起こっている。それだけで十分な証拠になるほどにね。」
「これもそうだよ。」と砕けた石を横目で見たブレアは唖然としているルークが全く信じていないと思って少し悲しくなる。
自分が突拍子もないことを言っている自覚はあるため、信じてもらうべく言葉を重ねる。
「にわかには信じられない気持ちもわかるよ。だけどーー」
「いえ、俺は先輩の言うことは全て信じます!」
「そんな適当でも困るんだけど。」
ルークは「適当じゃありませんよ!?」と否定するが、今度はブレアが疑いの目を向けている。
「先輩は魔法詳しいから間違ってないと思うって言うのも勿論なんですけど、この間の無属性魔法の練習の授業、全部できたんですよ。他の授業は全然だったのにあの時だけ調子がよかったのも、俺に無属性の適性があるから……ってことですよね。」
「意外と飲み込みが早くて助かるよ。って、あれ全部できたの?4年生でもできない人も多い魔法とか混ぜてたんだけど……。」
ルークが「できました。」と返事をすると、ブレアの唇が嬉しそうに歪む。
ルークを助手にした時と同じ顔だが、さらに笑みが深い気がする。
「想像以上の大当たりってところかな。僕は誰にも秘密で“無効化魔法”を完成させたいんだ。君が協力してくれれば、案外簡単にできると思うんだよね。」
「それが助手の仕事ですか!任せてください。」
ルークを観察するように見たブレアは人差し指でルークの胸あたりととんと叩く。
それだけで心臓が萎縮し、鼓動が早くなる。
「じゃあ、これから定期的に僕と魔法の練習をしてもらおう。勿論誰にも言わずにね。」
「できる?」とブレアが問うと、ルークは力強く返事をした。
ブレアが頼ってくれることも勿論嬉しい。
だがそれ以上に、誰にも秘密でと言うことはまた2人きりで魔法の練習ができると言うことだ。
高まる気持ちと鼓動を抑えながら、ルークは次の魔法をするべくメモに目を落とした。
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