第22話 君に覚えてほしい魔法があるんだ

 街に出たブレアは目的の場所へつかつかと迷いなく歩いていく。

 その後ろをついて行くルークは物珍しそうにキョロキョロとあたりを見回していた。


「そんなに気になる?入学してしばらく経つし、そろそろこの街にも慣れてきた頃だと思ってたけど。」


「帰宅に時間かかっちゃうから駅と学校の行き来しかしてないんです。だからここまで来たの初めてでワクワクします!」


 ブレアは楽しいに目を輝かせるルークをわざわざ振り返って物珍しそうに見ている。

 何がそんなに楽しいのかわからないようだ。


「魔法列車って意外と遅いよね。それなら、放課後僕に構ってる時間もないんじゃない?」


「いえ、先輩との時間は何よりも優先すべきものなので大丈夫です。」


 試すように聞いたブレアは予想通りすぎる回答を聞いてまた前を向いてしまった。


「せめて何か言ってくださいよ先輩!?誠意が足りませんか?先輩のためなら助手として野宿でもなんでもしますよ!」


「私欲にまみれた君に誠意なんてあったんだね。」


 ルークが駆け寄って隣に並ぶとブレアは歩調を早めてしまう。

 隣に並ぶのが嫌なようなので、数歩後ろをついていく。


「先輩、もしかしてその姿って先輩のタイプとか理想の男だったりしますか……!?」


「は?違うけど。理想も何も僕の顔だし。」


 ルークが恐る恐る聞くとブレアは何を言っているかわからないといったように顔を顰めた。

 反応を見たルークが安堵の息を吐くとブレアの顔がますます歪む。


「なんなの。」


「確かに女性の先輩と似てるから、ちゃんと考えたら好みとかじゃないってすぐわかりましたね……。流石にどう足掻いてもその見た目にはなれないなって思ってたので安心しました。」


「なろうとしないでよ気持ち悪い。」


 不快さを全面に表しているブレアだが、ルークは「じゃあ、」とさらに質問する。


「本当はどっちなんですか?」


「あぁ。それは……。」


 言いかけたブレアが口をつぐむので、ルークはドキドキしながら答えを待つ。

 ブレアはあまり深く気にしていなさそうだが、ルークにとってはかなり気になるので焦らさないでほしい。

 ブレアはルークの視線など気にしていないかのような涼しい顔で返答を考えている。


(女性って言ったら喜んで気持ち悪いだろうし、男性って言たら幻滅され……はしないか。もし喜ばれても気持ち悪いな……。)


 ブレアは頬に当てていた人差し指を口元に移動させる。


「秘密。」


「あ゛あ゛あぁぁ先輩ずるい!可愛い!」


 短く答えるとルークが膝から崩れ落ちて落ちた。

 流石に驚いたブレアは足を止める。

 ルークは話に夢中で気が付かなかったが、いつの間にか街はずれの森まで来ていた。


「あれ、こんなところで買い物するんですか?」


「結構来たね。ここでいいか。」


 ルークはあたりを見回すが、店らしきものは何も見えない。

 ほとんど同じ高さの木々と少しの草花が生えているこの森は、なんだか先日ブレアと来た校内の森に似ていた。


「学校の森みたいなところと似てますねー。」


「あそこができる前はここで授業をすることもあったらしいよ。だから学校のがここに似せてるんじゃないかな。ちなみに買い物っていうのは嘘。」


 ブレアは少し離れたところにあった大きな石に腰掛ける。

 魔法でメモ帳のような紙を2枚出しながら立ち上がったルークに手招きをした。


「魔法の練習がしたくてわざわざここまで来たの。」


「どうして嘘ついたんですか?魔法の練習でもなんでもいくらでも付き合いますよ?だって俺は先輩の助手ですから!!」


 助手という言葉の響きに感動しながら胸を張ってルークが言うとに「何言ってるの?」とブレアは首を傾げる。


「魔法の練習をしてもらうのは君だよ?僕はこっちの姿なら練習なんていらないし。」


「あっ、先輩女の子になった!可愛いです!!」


「近い。離れて。」


 一瞬ブレアの姿がぼやけて見えなくなり、輪郭がはっきりとした頃には女性の姿になっていた。

 手招きの手を払ったブレアはルークが数歩下がるとホッと息をついた。


「姿を使い分けたりしてるんですか?」


「女体の方が圧倒的に魔力が高いから気に入ってるけど、体力面は男体の方がいくらかはマシだからそれに合わせてね。こんな便利な能力、使わない手はないでしょ。」


 長くなった髪をいじるブレアの服装まで女子制服に変わっている。

 一体どういう原理なのかはわからないが、やはりルーク的にはこちらの姿の方が嬉しい。


「今は僕の話はいい。君に覚えてほしい魔法があるんだ。できる?」


「はい!先輩のためなら何でもできます!」


「そういうのいいから。」


 呆れ顔のブレアは持っていたメモの一枚をルークに渡す。

 ブレアが2本の指で挟むように持っていたのがかっこいいと思ったが、真似はせずに普通に受け取る。

 小さな紙にはいくつかの魔法式が書いてあるが、ルークには見ただけではどんな魔法かわからない。


「わ、先輩の字だ!俺先輩の字好きです!」


「はいはいどうもありがとう。字じゃなくて内容を見てくれる?」


 整った綺麗な字は大きさも空間もバランスよく手本のようだが、少し右下がりになっているところに何とも言えないブレアらしさを感じる。

 微かにインクとブレアの匂いがして集中できないと言ったら確実に怒られるので無理やり頭を回転させる。


「やってほしい魔法はかなり難しいと思うから、要素が似ていて簡単な魔法を書き出してみた。とりあえずこれ全部やってみてくれる?」


「はい!がんばります!!」


 ルークが気合を込めて返事をするとブレアはほんの少しだけ口角を上げて微笑んだ。

 その笑顔が嬉しくて、ルークのやる気がさらに高まった。

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