第2章 先輩のことが知りたい編

第18話 妄想と現実の区別がついてねえのかも

 翌日の放課後、いつものようにやって来たアーロンにルークはさぞ嬉しそうに昨日のことを語る。

 なぜか今日はエマもついて来ていて、一緒に話を聞いていた。


「――と言うことがありまして、晴れて先輩の助手兼友達になりました!」


 遠目からでも機嫌がいいと分かりそうな笑顔でルークはあったことを話した。

 何者かがブレアを狙っていることは絶対に誰にも言うなと口止めされていたため、かなり簡単にかいつまんで話したが。


「飛んできた石から咄嗟に庇ってくれるなんて、ルークくんイケメン〜!きゃー!」


「そんなことがあったんだ……。確かに今日の授業、ユーリー先輩よくルークに話しかけてたね。」


 頬に手を当ててはしゃいでいる乙女なエマ。

 今日一日の不自然な程のルークの浮かれようと、いつもよりほんの少しだけ優しい気がしたブレアの態度を思い出し、納得しているヘンリー。

 対してアーロンはと言うと驚きで丸くなった目を誤魔化すように眉を寄せた。


「え、それマジ?お前記憶捏造してね?」


「俺そんなに信用ないですか!?」


 アーロンはルークの言うことを信じておらず、少し悲しい。

 師匠的立場であるのに、弟子のことを疑わないでほしかった。


「信用はしてるけどよ……お前なら妄想と現実の区別がついてねえのかもだろ。」


「……確かに。」


「ヘンリーまで!?」


 皆にとってルークはどういう人間として認識されているのだろうか。

 友人にまで言われてしまったルークは縋るようにエマの方を見る。

 エマは視線の重みに耐えきれずに目を逸らした。


「言われてみれば、そんな気はするかも。でもでも、今日のブレアなんだかご機嫌だったから本当なんじゃないかな?」


 エマはブレアの機嫌がいいのとルークが何か関係があると思い、気になってアーロンについて来たらしい。

 ルークを落ち込ませないよう気を使ったエマが言っても、アーロンは納得しない。


「そうか?いつも通りの仏頂面だっただろ。」


 アーロンは教室でのブレアの様子を思い出すが、特にいつもと違うようにもも機嫌が良さそうにも見えなかった気がした。

 いつも通りのつまらなそうな顔で授業を受けていた。


「私が1年生の教室行こって誘ったらいつもは渋々ついて来るのに、今日は普通について来たの!」


「それすごいことなんですか?」


 エマは一大ニュースのように言うが、他の人にはあまりその凄さが伝わらない。

 まだ納得できないアーロンは「そーだ!」と言って席を立つ。


「兄貴、絶対余計なことしようとしてる。」


 ニヤニヤと笑っているアーロンを見るヘンリーが遠い目をしていく。


(今日は何事もなく終わってほしいな……。)


 頭を抱えるヘンリーをよそに、アーロンは大きな声で宣言するように言った。


「今からユーリーのとこ行って、本人に聞いてみようぜっ!」


「いいですね!先輩公認の助手って分かってもらえるし、先輩に会えて一石二鳥ってやつだ!」


 アーロンに習うようにルークも跳ねるように立ち上がる。

 今にも走っていってしまいそうなルークの腕をヘンリーが掴んで止めた。


「やめようよ、兄貴が行ったら絶対怒られるって。それにもしルークくんの話が捏造だったらもっと怒るよね。」


「ヘンリーはビビりすぎだって。こんな面白そうな話確かめに行かない手はないってな!」


 表情からも窺えるほど心配しているヘンリーだが、アーロンは全く真剣に受け止めていない。

 私がなんとかしなきゃ、とある種の責任感を感じたエマはヘンリーに向けて笑う。


「大丈夫だよ!いざ大変なことになっても私達は悪くないから逃げちゃえばいいの。」


「……エマ先輩って、意外とドライですよね。」


 さらっと2人を見捨てる提案をするエマに、ヘンリーは頬を引き攣らせていた。




 ――一方その頃、賑やかな一行が訪ねて来ることを知らないブレアは、魔法創造学準備室で普段通り本を読んでいた。

 パラパラと目を通しては閉じ、次の本を開いては閉じ……と繰り返しているうちに、ブレアの横に5冊ほどが積み重なったタワーができていた。


「……先生、ちょっと見てほしい物があるんだけど。」


「どうしました?何か珍しい記述でも?」


 正面の椅子に座り自分の仕事をしていたリアムは席を立ってブレアの横に移動する。

 開いていたページを覗き込むと、ブレア本を閉じてしまった。


「本の話ではないんですか。」


「うん。」


 珍しいですね、と目を丸くして見てくるリアムの方に椅子ごと向く。

 ベストのボタンを外すブレアを見てリアムは熱かったのかと思い空調を調整しようとすると、するすると胸元のリボンも解いた。


「な、何してるんですか……。はしたないですよ。」


「顔真っ赤だね、教師のなのに。はしたないのはそっちじゃない?」


 そのままシャツのボタンも開け始めるブレアをリアムは顔を真っ赤にして止める。

 挑発するようにブレアが言うと、赤い顔を隠して目を逸らした。


「人、しかも異性の前で脱ぐなと言っているんです。」


 叱るように少しきつくリアムが言っても、ブレアは手を止めない。


「異性とかなくない?僕達兄弟なんでしょ?」


「“義”兄妹です。貴女も一応1人の女性であるという自覚を……それ、どうしたんですか。」


 第3ボタンまで開いて露出したブレアの肌を見て、リアムの頬の赤みが引いていく。

 鎖骨から胸あたりが痣のように赤黒く変色していた。


「それっぽいこと言うわりに横目で見てたんだ。先生ってやっぱり変態?」


「……そんなこと今はいいんです。」


 見るからに痛そうだがブレアは余裕そうで、リアムを嘲笑っている。

 リアムは咳払いをして誤魔化すと、真剣な目で痣を観察する。

 痣の原因といえば打撲だが、こんなところを打つことはそうそうない。それも広範囲が変色するほど。

 となるとやはり――


 痣に触れようとするブレアの腕を掴んで止める。


「呪いの類です。触らないでください。」


「だと思った。解いて。」


 険しい顔で痣を睨むリアムとは裏腹にブレアは普段通りの様子だ。

 このようになることはブレアにとって決して珍しくなく、慣れてしまっている。

 その度にリアムが何とかしてくれていたので、状況をあまり重く見ていないようだ。


「こんな物どこで貰ってくるんですか。」


「何か、昨日飛んできた石についてたんだよね。あの彼のお陰で当たらなかったけど、空気吸っちゃったからなぁ。」


 ごく狭い範囲、ごく微量ながら呪いのかけられたマナが空気中に放出しているのをブレアは感じていた。

 ブレアはルークの魔力に魔法の効果を打ち消す力があると推測している。

 しかしそのような現象が見られたのはルークが直接触れた時だけだ。

 体内に入った呪いは打ち消すことができなかったのだろう。


 リアムは手のひらをそっと痣に当て、術式を唱える。


「ん……。」


 触れたところからリアムの魔力が流れ込んできて、ブレアはぴくりと体を強張らせた。

 詠唱に合わせて外側から少しずつ白く綺麗な肌に戻り、痣がだんだん小さくなっていく。

 もう少しで完全に消えそうだというところで、バンっと勢いよくドアが開いた。


「え。」


「あ。」


 ドアを開けたのはアーロンで、驚いたのか唖然としている。

 鍵をかけておけばよかったとリアムが後悔している内に、アーロンが記録用魔道具のシャッターをきった。

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