第17話 お友達から始めましょうってことですか!?

「死んでたかも」などと言う割には緊張感のない柔らかい笑みを浮かべているブレアに「どういうことですか……?」と掠れた声で聞く。


「簡単だよ。この石が僕に当たったら死んでた。」


 ブレアは落ちていた石を見つけると、尖っていない持ち手の方をそっと摘んで持ち上げた。


「これは投擲用の石なんだけど、主に魔法と掛け合わせて使われるんだ。さっきのナイフみたいにね。この石には何の魔法がかかっていると思う?」


 ルークはナイフの切れ味と石が飛んできた時のことを思い出し、よく考えてから答える。


「遠くから速く飛んできたから、風魔法ですかね?」


「正解。でもそれだけじゃない。答えは――」


 ブレアは空いている左手の指先でそっと石に触れると、その指をルークに見せた。

 元々白い綺麗な指は血の気が引いて青白く変色している。


「――呪いだよ。」


「大丈夫ですか!?」


 余裕の笑みを浮かべているブレアとは違い、焦ったルークはばっとブレアの手を掴む。

 力強く握った手を見ていると、次第に血の気が戻っていった。


「これは触れたところから体内に入り込んで魔力を侵食するタイプの呪いだね。魔力が少なかったり、魔力適応度が低い人なら刺さっても数日寝込むだけで済むと思うけど……僕には掠っただけでも致死毒だ。」


 ルークは素早くブレアから石を取り上げる。

 そんな危険な物を触らせておきたくなかった。


「ここまで僕のためにあるような呪いがこんなところまで飛んでくるのが――偶然だと思う?」


「誰かが先輩を狙った……ってことですか。」


「僕はそう思ってる。」


 笑みを消して普段より少し低い声でブレアが言うと、ピリピリと緊張が走る。

 誰かが走ってくる足音が聞こえて、ルークは素早くそちらに目を向けた。

「すみませんー!」と大きな声で言いながら走ってくるのは小柄な女子生徒だった。


(あの子が先輩を……?)


「すみません、投擲の練習してたら全然違うところに飛ばしてしまって。このへんに石落ちてませんか?当たったりしませんでしたか!?」


 警戒するルークを手で制止して、ブレアは一歩前に出る。


「大丈夫。石は拾っておいたから返すよ。」


 言いながら後ろ手で飛んできた物とそっくりな別の石を生成しているのがルークにはよく見える。

 出来上がった新しい石を手渡すと、女子生徒はすみません、ありがとうございます。と何度も頭を下げる。


「君は1年生?」


 ブレアがなるべく柔らかい雰囲気になるように優しく聞くと、女子生徒は頷いた。


「はい。私Dクラスだから頑張らなきゃと思って自主練してたんですけど上手く制御できませんでした。ご迷惑をおかけしてすみません!」


「そうなんだ。制御が上手くできないなら、補助機能のついた杖を試してみるといいよ。最初は道具に頼ってでも『ちゃんとした魔法』を使う感覚を覚えるべきだから。」


 ブレアの簡単なアドバイスを素早くメモすると、女子生徒は深々と頭を下げる。

 何度も謝罪とお礼を言うと、来た時のように走って戻っていった。


「……そう警戒しないで。今の子じゃないよ。」


「でもあの子の石ですよね?」


 ブレアが何も問い詰めなかったことに納得のできないルークは今にも追いかけていきそうだ。


「Dクラスの1年生がかけられるような魔法じゃないから。誰かがあの子の道具にその石を混ぜたのかな。まあ、大体検討はついてるんだけどね。」


 ブレアはルークの方を振り返ると、なんの躊躇いもなく石を握っているルークに近づく。

 ルークの腕にできた傷口にそっと触れ、魔法で傷を癒し、破けた服を直す。

 ルークから石を取り上げてみると、もう呪いは消えていて触ってもなんともなかった。


「ふうん。」


 アーロンからアドバイスを受けたルークが手を握って来た時、ブレアは魔法で手を離そうとした。

 だがあの時ブレアがいくら力を込めても魔法は発動しなかった。

 ナイフに炎魔法を付与した時もそうだ。

 ブレアは長く燃え続ける魔法を使ったはずなのに、ルークが驚いた時に炎が消えた。

 いくら魔力と相性が悪くても、傷口から感染した呪いは何らかの効果を示すはずだ。

 何事もなく、今はブレアが触れても大丈夫な程、呪いは完全に浄化されていた。

 ブレアの指先の変色だって簡単に治るものではないはずだ。この石だって、ブレアでも触れられるようになっている。

 異常、とも言えるこの現象は、全てに起きている。


「……君、最初の授業でエマが適正診断をした時、何でやらなかったの?」


「やったんですけど、何も出なかったんです。」


 エマが行った適正診断というのは、専用の紙に手を触れ、魔力を流し込む方法だ。

 紙が魔力を流し込んだ者に合った元素の色に染まるのだが、ルークの紙は真っ白なままだった。


 これまでのことを考えて、ブレアは1つの結論に至る。

 紙は白いままだったのではない。のだ。

 少しずつ積もっていった違和感が、もしかしたらという期待が確信に変わる。

 素晴らしい。すごくいい。

 初めて魔法を創った時と同一かそれ以上のワクワクを、ときめきを感じる。

 はやる気持ちを抑え、口角の上がった口を開く。


「ちょっと君にお願いがあるんだけど。」


「喜んで。」


「早い。」


 ルークのネクタイをぐいと引き、背伸びをして顔を近づける。

 絶対了承してくれるだろうと言う確信を持って、ブレアは願いを告げた。


「君、僕の助手にならない?」


 予想外の頼みにルークは目を丸くしてブレアを見る。

 ブレアは何も言わず、じっとルークを見て返事を待っている。

 

 ――初めてブレアを見たときに感じた、まるで世界に2人だけしかいないような感覚。

 時間が止まりかけているような感覚。

 風の音も、木々の揺れる音も遠のいていき、自分の鼓動が煩いほどに鳴っている。

 輝くアメシストに映る顔はなんだか情けない顔をしているが、紫の深さに魅入ってしまうと、それも気にならない。


 このまま時間が止まればいいのにと思うが、ブレアの視線が急かしてくる。


「俺なんかでお役に立てるのなら、助手でも何でもやります。」


 ルークの返事を聞いたブレアは大きな目を細めて柔らかく笑う。

 花のように可憐なその笑顔を見れただけでルークは嬉しくなった。


「いい返事を貰えて嬉しいよ。仲良くしようか。」


 すっとブレアが離れてしまったのは少し残念だが「仲良くしよう」とブレアから言ってもらえたことの感動が上回る。


「それって……お友達から始めましょうってことですか!?」


 期待に満ちた表情なルークの斜め上の思考にブレアは訳が分からず眉を寄せる。

 違ったか?とルークが謝ろうとすると、ブレアはスッと目を逸らした。

 ゴニョゴニョと歯痒そうに唇を動かした後、消えそうなほど小さな声を出した。


「まあ……友達くらいなら、なってあげても……いいけど。」


 ブレアが言うとルークの表情がより一層明るくなった。

 最終目標は付き合うことだが、友達になれただけでもすごく嬉しかった。

 明後日の方向を向くブレアの頬はわかりやすく紅潮している。

 よく見ると銀色の髪の間から除く耳も赤くなっていて、抱きしめたくなるほどいじらしい。


「……先輩、やっぱり付き合いませんか?」


「はあ!?何なの?見直して損した!」


 ルークがいつもの調子で言うとブレアは腕を組んでそっぽを向いてしまった。

 唇を尖らせている表情が子供っぽく、普段クールで大人びているブレアからは想像がつかない。


「見直して損した!?俺のこと見直してくれたんですか!?どこがですか?かっこいいって思ってくれました?」


「煩い。置いていくよ。」


 スタスタと歩き出すブレアをルークは慌てて追いかける。

 ルークからは見えないが、ブレアの唇は嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 ルークが追いつく前に赤くなった顔を冷やし、無理やり唇を引き結んだ。

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