第16話 君がいなかったら僕、死んでたかも
この間と同じ、氷のように冷たい視線でブレアが見つめてくる。
ルークにとって世界一可愛い顔なのに、怖いと思ってしまう。
全くの無表情なのに、警戒心や不信感がひしひしと伝わってくる。
「……何のことですか?」
「とぼけないで。」
暑くないのにすごく汗が出る。
何か言わないと怒らせるのは分かっている。
これ以上怒らせてはいけないことくらい分かっている。
だが、ルークは何を言えばいいか全くわからない。
別にとぼけているわけではない。ルークは本当に何のことかわからないのだ。
(隠しごと?俺が先輩に?何だ?何かあったっけ?)
出来の悪い頭をぐるぐると回転させて考えるが全然思いつかない。
本当に特に何も隠していない。
全くない。断言できる。
それでも強いて言うならば――
「隠してるつもりじゃなかったんです。すみません。」
「何を?」
厳しい視線を向けてくるブレアに向かってルークは地面に手をついて土下座した。
「すみません!俺、引かれると思って先輩の好きなとこほんの一部しか言ってないです。小顔で肩幅狭くて腕細くて華奢なのめちゃくちゃ可愛いと思ってます。細いのに柔らかくていい匂いするとこが好きです。中性的な話し方も素敵です。シャツのボタン1番上まで閉めてるのとかリボンが左右とも同じ長さなのきっちりしてるんだなって思います。指も足も細くて長くて綺麗で好きです。最近めっちゃ可愛いなと思ったんことなんですけど、普段のジト目もめちゃくちゃ可愛いけど、びっくりした時に目がぱっちりになるのすっごく可愛いですよね!?アーロン先輩は貧乳って言ってましたけど俺はちょうどいいくらいで可愛いと思ってて……。」
「え、何それキモいんだけど。」
放っておいたらいつまでも喋っていそうなルークにブレアはぞわっと全身に鳥肌が立った。
ブレアは青ざめた顔で「もういいから黙って。」と言うと、立ち上がってスカートの土埃を払った。
「君が全然何も考えてないただの変態だってことはわかった。もういいよ、睨んでごめん。続きも手伝ってくれる?」
「喜んで!」
ルークが素早く立ち上がると、ブレアはナイフの刃先に向かって手を上げた。
「今度は先だけ燃やすから、さっきと同じくらいの傷をつけてくれるかな。それでも熱かったら僕がやるから。」
「急で驚いただけなので大丈夫です。先輩のためならこの腕が焼け落ちようとも目的を果たして見せます。」
「無理だったら僕がやるってば。君、大袈裟だね。」
真顔でぎゅっとナイフを握るルークの重すぎる言葉にブレアは呆れたように眉を下げる。
さっとブレアの右手が動くと、ナイフの刃のちょうど半分から上あたりがメラメラと燃え始める。
熱気が手指に伝わってくるが気にならないふりをしてザクっと幹を切りつける。
一回目とほとんど同じ大きさの傷ができたが、炎魔法の影響で切り口が焦げて黒くなっている。
「うん、いいね。次は水。」
ブレアが短く言うと刃に水膜が張る。
これまた同じように幹を切りつけると、少し柔らかいような、不思議な切れ味だった。
「上手いね。次は風。」
そうやって色々な魔法の力を貸与した刃で何度も木を切りつけていると、縦横に並んだ傷は10個になった。
(こんなに色んなパターンを思いつくなんて、先輩はやっぱり天才なんだな……。)
などとくだらないことを考えながら手を動かしていたのだが、属性の違いによって切れ味に違いがあって面白い。
そっと指で傷を撫でて確認したブレアはパチパチと軽く拍手をした。
「上出来。君すごいね。魔法学校にくるより、そのまま解体の仕事してた方が良かったんじゃない?」
冗談でも嫌味でもなくブレアが聞くと、ルークは首を横に振った。
「いえ、俺は先輩と出会うためにここに来たんです。結婚してください。」
「は?無理。」
「やっぱりダメか〜。」
あと一息かなーみたいなことを呟いているルークにブレアは「逆になんでいけると思ったの。」と聞いてみる。
「付き合ってくれないってことは結婚ならいいのかと思いまして!」
「言いわけないでしょ。馬鹿なの?」
眉間に皺を寄せたブレアはふいと傷のついた木の方を見る。
そっと木に人差し指を当て、ほんの少しだけ魔力を流し込んだ。
一瞬傷口が淡い光を放ったが、特に変化は起こらない。
「それが実験ですか?」
「そ。後は経過観察だよ。これで数日用はないかな。」
ブレアは疲れたのか口元に手を当てて欠伸をする。
目元に浮かんだ涙を拭うと寮の方へ歩き出した。
「僕もう帰るからついて来なよ。君1人だと迷うでしょ。」
「はい!!」
ブレアからついて行く許可が降りるとは思っていなかったルークは少しの間ぽかんとしていたが、目を輝かせて返事をした。
ルークがブレアの横に駆け寄っても、「ついてこないで」と言われないのは初めてで、とにかく嬉しかった。
(これは、めっちゃ好感度上がってるんじゃないですかアーロン先輩!)
ルークはイメージ上のアーロンに話しかけて喜びを噛み締める。
声に出して言ったら「何言ってるのキモい。」と言われそうだ。
綺麗なブレアの横顔を見つめていると、きらりと光る何かが見えた。
おそらくとても小さい物で、光を反射して光っている。
ルークは人より少しいい目を凝らす。
すごい速さでこちらに飛んできているあれは――投擲用の尖った石だ。
「避けてください先輩!」
叫んだルークはブレアを強く押す。
バランスを崩して傾いた体を受け止めて支える。
案の定ブレアがいたところに飛んできた石はルークの腕を掠めた。
「大丈夫ですか先輩!?急に押してすみません、どこかぶつけたりしてませんか?あ、勝手に触ってすみません!すぐ離します!!」
テンパったルークは早口に言ってブレアを起こすとそっと手を離した。
怒られるかな、と思ったが、ブレアは何も言わずに険しい顔でルークの腕の傷を見ている。
「大丈夫?」
「はい!全然大丈夫です。」
傷口を注意深く見ていたブレアはそっと指先を触れる。
「痛っ!」と声をあげたのはルークではなくブレアの方だった。
指先にヒリヒリとした痛みを感じながらブレアは口角を釣り上げて、嬉しそうに笑った。
「ありがと。君がいなかったら僕――死んでたかも。」
初めて大好きなブレアに感謝されて、初めてブレアの笑顔が向けられた。
なのに「死」という大袈裟だが現実的な言葉にヒヤリとして、素直に喜べない。
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