第15話 君、何を隠してるの?

 地面に着地したルークは走ってすぐにブレアに追いついた。


「先輩!どこ行くんですか?」


「別にどこでもいいでしょ。付いて来ないで。」


 ルークが隣に並んでも、ブレアは見えていないように無視して歩き続ける。


「校内にこんな森みたいなところがあるってすごいですよね。何に使うんでしょう?」


 一言くらい返事をしてくれることを期待して話かけるが、ブレアは1音も発さなかった。

 話しかけないでオーラが伝わってくるが、ルークは気にせずに他愛のない会話を続ける。

 色々な作戦を試すうちにすっかり不信がられたのか、ブレアの口数が減ってきている気がする。

 エマやリアムがいる時は間を取り持ってくれるが、2人きりだとどうしてもルークの独り言のようになってしまう。


「今日は普通に歩いてるんですね。」


 ブレアは一度ルークの方に顔を向け、怪訝そうに睨むとすぐに前を向いてしまう。


「明日の授業は何するか決めてるんですか?」


「木がいっぱいありますねー。」


「いい天気ですね。」


 色々な話題で話しかけてみるが、ブレアは殆ど何も反応してくれない。

 なぜならブレアにも作戦があったからだ。

 ズバリ『全部フル無視したら興味がなくなって諦めてくれる作戦』。

 喜ぼうが嫌がろうが反応を示すことに意味があると聞いたことがあった。

 だから一切何も言わずに無視をし続けていれば、ルークも興味を無くしてくれるはずだ。


(だんだん口数も減ってきたし、このままどこか行ってくれないかな。)


 作戦が効いていると思っているブレアだが、実際は全く効いていない。


(先輩の横顔綺麗だな……。全然返事してくれないのもクールで萌える。)


 勿論ルークはブレアへの興味はひとかけらも無くしてはいない。

 ブレアに見惚れていただけだった。

 外でブレアに会うのは初めてだが、室内とはまた違って見えて美しい。


 眩しい光でより一層白さの際立つ肌。

 陽光を反射してキラキラと輝く銀色の髪。

 そして木々の緑を映す深い紫色の瞳。

 何もかも綺麗で、少し新鮮だ。


 風に靡く長い前髪を鬱陶しそうに避ける仕草。

 眩しいのが苦手なのかいつもより少し細められている目。

 ああ可愛い、すごく可愛い、めちゃくちゃ可愛い。


 ルークにとってはブレアの一挙一動が可憐で、美しく、愛くるしい。

 一生こうしていられる。一生見ていたい。


 ルークがそんなことを考えているとブレアが足を止めた。


「先輩はここに来たかったんですか?」


 キョロキョロと見回して見るが、ただ点々と木が生えているだけで今まで歩いてきた場所と何も変わらない。

 1つだけ違いがあるとすれば、1本だけ幹に傷のようなものが付いた木があることだ。


 太い幹にはちょうど顔くらいの高さに×型の焦げ跡のようなものが付いている。

 ブレアは傷のついた木に近づくと、指で焦げ跡をそっと撫でた。

 ルークも近づいてよく見てみると、焦げ跡の隣に薄い傷跡いくつもあった。


「こんな感じか……。」


 ぽつりと呟いたブレアは両手を幹に当て、木に魔力を流し込む。

 傷が淡い光を放ち、塞がっていく。

 すぐに手を離すと焦げ跡はかなり薄くなり、それ以外は完全に消えた。


「何してるんですか?」


「実験。」


 すっかり観察に集中しているブレアは作戦のことなど忘れて返事をする。

 もう一度木に触れて魔法をかけると、焦げ跡も完全に消えた。

 傷があった場所を何度も撫でて何かを確認したブレアは魔法で小ぶりなナイフを出し、力いっぱい幹に突き刺した。

 ナイフは幹に軽く刺さり、サクッと軽い音で表皮が剥がれる。

 ブレアは眉を寄せてナイフを引き抜くと、もう一度同じ場所に突き刺す。

 何度か繰り返していると、見かねたルークが口を開いた。


「あの、先輩。ナイフの持ち方を変えた方がいいです。力が弱いなら逆手持ちがいいと思います。刺すというより上から下に掘るイメージでやってみてください。」


 様子を見ていて気になったことをルークが言うと、ブレアが意外そうに目を丸くして見てきた。

 良かれと思ってアドバイスをしたのだが、気に障っただろうか。


「すみません!俺、ちょっと魔獣の死体捌いたりするバイトしたことあって、ナイフもちょっと使えるからお役に立ちたいと思ったんです!」


 慌てたルークはペコペコと何度も頭を下げる。

 少し考えたブレアはナイフから左手を離し、くるりと回転させて逆手に持ち変えた。

 そのままぐっと腕を上げ、一気に振り下ろすーーのかと思いきやしばしの硬直の後、静かに腕を下げた。

 ルークを見ると、ポイっと軽い力でナイフをルークの方へ放った。


「うわっ危ないっ!先輩、これは投げナイフじゃないですよ?」


 何とか怪我なくナイフをキャッチしたルークに、ブレアは木を指差して言う。


「君にやって貰おうと思って。」


 ルークは数秒かけて言葉を飲み込むと、とても嬉しそうに顔を綻ばせた。


「喜んで!!どれくらいの傷をつければいいんですか?」


「そうだね。ちょっと分かり易くしたいから……1.5センチくらいの深さで。」


 ルークはブレアがつけた浅く小さな傷をよく見て、狙う位置を決める。

 何としてもブレアの期待に応えなければ。

 ルークが刃を振り下ろすと、ザクっと気持ちのいい音がして、幹に深い傷がついた。


「おおー、すごいね。次は魔法も使って傷つけたいんだ。」


 関心したように声を上げたブレアはナイフの刃に向けて右手を振る。

 それに合わせて刃がメラメラと燃え出した。


「熱っっ!」


 強い熱気が手に伝わり、驚いたルークはナイフから手を離してしまった。

 地面に落下したナイフをルークが再び拾おうとする頃には、火は跡形もなく消えていた。


「……やっぱりそういうことか。」


 呟いたブレアはしゃがんでナイフを拾おうとしていたルークに目線を合わせると、どこか威圧的に聞いた。


「バレてるから正直に言ってよ。――君、何を隠してるの?」


こてんと首を傾げるブレアの仕草は可愛かったが、冷たい目には有無を言わさぬ迫力があった。

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