第12話 絶対上手くいかないだろうな……

 その日の放課後、ブレアは教室に居残ってエマと話していた。

 内容は次回1年のクラスに行く時の打ち合わせのようなもので、エマは相当気合いが入っているのかブレアに聞きたいことややりたいことを何枚ものメモにまとめてきていた。

 やる気のないブレアにはかなり面倒だったが、事前に相談してほしいと自分から言った手前断れなかった。


 2人しかいない教室はとても静かで、ときおり廊下を人が通ると足音が聞こえてくる。

 バタバタバタ……と一層大きな音が聞こえてきて、エマがほぼ無意識に廊下の方を見た。

 壁があるのに見ても意味ないだろうと思っていると、勢いよくドアが開いた。


「……最っ悪。」


 ドアを開けたのはルークで、ブレアの姿を見ると顔を綻ばせた。

 嬉しそうな顔のルークとは対象的にブレアの顔がキツく歪む。


「探しましたよ先輩!エマ先輩もこんにちは!」


「こんにちはルークくんー。今日も元気だね。」


 のほほんと笑うエマに引き留められないよう、ブレアは急いでペンを走らせ、メモに重要なことを書きだした。

 ペンを置いて立ち上がると、ルークが慌てて走ってきた。


「ブレア帰っちゃうの?ルークくんとお話しすればいいじゃない。私との話だって途中だよ?」


「エマが聞きたそうなことは大体書いといた。他にあったら明日教えて。」


 ブレアが布団を呼ぶべく振ろうとした右手をルークがすかさず掴む。

 掴んだ手を両手で握り、真っ直ぐに目を合わせた。

 ブレアはすぐさま振り解こうとするが、力が強くて敵わない。


「ちょっと、」


「先輩の目、アメシストみたいで綺麗ですよね。髪はサラサラだし肌が白くて綺麗です。睫毛も長くて美人で口が小さくて可愛いと思います。大人っぽくて美人なところが好きです。冷たい態度もクールでゾクゾクします!ちょっと低い声も、焦ったら高くなる所も好きです。付き合ってください!」


 至近距離で向かい合っている2人をエマがキラキラと目を輝かせて見ている。

 きゅっとほんの少しだけブレアの手に力が籠る。

 作戦成功か!?とルークが期待した時、ブレアは今までで1番冷たい目でルークの手を見つめた。


「これ、誰の入れ知恵?」


 氷のように冷たい目からは静かな怒りは伝わってくる。


(あれ、すごく怒らせた?)


 ヒュッと体の芯まで凍りついたようなような感覚がルークを襲い、すぐには声が出なかった。





「いいか?女ってのはかっこいい言葉で口説かれて、具体的に褒められたいものなんだよ!」


 遡ること30分程前、ルーク達のクラスにやってきたアーロンは様々なことを言った後、胸を張ってそう言った。

 どの授業よりも真剣に話を聞くルークの姿にヘンリーは完全に呆れて傍観している。


「まあ、あの野郎に並の女らしい感性があるかは知らねーが。あいつの好きなとこ言ってみろ。」


「はい!可愛い、美人、クールなとこです!」


「具体的に言えって言ったよな?」


 元気よく返事をしたルークが言うと、アーロンは呆れたように眉を下げる。

 ルークはほんの数秒考えただけでまた口を開いた。


「目が綺麗で、アメシストみたいなとこ、あと髪がサラサラで綺麗。肌も睫毛も綺麗ですっごい美人で、可愛いです。」


「よし完璧だ。行ってこい!」


 アーロンが送り出すとルークは大きな声で返事をして教室を飛び出して行った。

 ルークの姿が見えなくなるとすぐにアーロンも立ち上がる。


「オレ達も行くぞ!後輩の恋は応援してやらねえとな!」


「兄貴、いくらなんでも適当すぎない?絶対面白がってるでしょ。」


 真剣な友人を守るべきか、はたまたこの馬鹿2人は放っておくべきかと思いながらヘンリーは抗議する。


「そりゃあ面白がってるよ。でもあれだけ言ったら女が靡くのは本当だぜ?ルークは今のままでも面白いが、上手くいったらもっと面白いだろ?だからオレなりに応援してるわけだ。」


 アーロンはポケットから記録用魔道具を取り出し、ニヤリと不敵に笑った。


「ほら行くぞヘンリー!あの堅物の照れ顔くらいは収めてやろうぜ。」


(絶対上手くいかないだろうな……。)


 そう思いつつもヘンリーは仕方なく2人の後を追った。




 そして時を現在に戻すが、ルークはそんな回想をしている余裕がないほど大ピンチである。

 素直にアーロン先輩と答えればいいのだろうか?ブレアはどうしてこんなに怒っているのだろうか?


「ねえ、何で答えられないの?」


 頭の中が『?』だらけで混乱しているルークにブレアが畳み掛ける。

 手の力が抜けてブレアの右手を離しても、ブレアは冷たい眼差しを向けている。

 よくわからないがルークが可哀想になってきたエマが仲介しようとすると、教室のドアが開いた。


「――オレが教えた。んなに怒ることねえだろ堅物貧乳野郎。」


 入ってきたのは廊下からこっそり様子を伺っていたアーロンとヘンリーだった。

 挑発的に言いながら近づいてくるアーロンをブレアは怪訝そうにキツく睨む。


「別に怒ってない。見え見えの嘘ついてないでとりあえずその手に持ってるものをしまってくれるかな?変態盗撮魔。」


 仁王立ちで腕を組んでいるブレアはルークと話している時よりも不快だという意思を全身から発している。

 一触即発といった空気にルークは戸惑っているが、エマは「あーあ。」と呆れたように笑った。

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