第11話 黒歴史を掘り返すな

「……似てない……。」


「はぁ!?」


 ぽつりと溢したルークの言葉が予想外だったのか、アーロンは眉を寄せる。

 ルークは2人を交互に見比べるが、正反対に見える。

 ヘンリーは優しそうな黒髪の好青年。

 アーロンは派手な色の髪をしていて不良のような印象を受ける。

 唯一の共通点といえば、2人とも綺麗な緑色の目をしているところか。


「兄貴、髪染めたりしてるからじゃない?性格は元々似てなかったけどさ。」


「ま、似てようが似てまいがどうでもいいだろ。オレルークくんと話したいな〜一緒に学校行こうぜ!」


 アーロンはルークの腕を掴んで立たせ、力強く背中を叩く。


「ってことで解散!全員散れ〜いつまでも集まってたら性悪野郎が出てこれねぇだろ。」


 アーロンが四方八方に手で払う動作をすると、ギャラリー達は困惑しながらも去っていく。

 とても広いとはいえない廊下に人が集まっていたから、こうして見るとあり得ない混雑様だ。


「オレ達も行くかー。ルークくん、オタ活が上手くいってねぇの?」


「オタ活?」


 歩き出しながら楽しそうにニヤニヤと笑うアーロンが問うと、ルークは首を傾げた。

 ルークの反応にこちらも首を傾げているアーロンにヘンリーが「兄貴!」と注意する。


「ルークくんは本気でユーリー先輩のことが好きなんだよ?馬鹿にしたようなこと言っちゃだめだよ。」


「別に馬鹿にしてるわけじゃあねえよ?オレには限界オタクにしか見えねえだけで。」


「限界オタクってなんですか?」


 ヘンリーはアーロンに抗議の目を向けながらなるべく分かりやすいよう言葉を選ぶ。


「兄貴が限界オタクって言うのは多分有名人とかが好きで好きでしょうがない人、かな?」


「そうなのか!じゃあ俺、先輩の限界オタクだ!」


 はっとした顔で頷くルークにヘンリーは「そうなのかなぁ?」と苦笑している。

 アーロンは真剣な顔をしたルークがとても面白かったようで、声を出して笑っている。


「面白い友達ができたってヘンリーから聞いてたし、お前めっちゃ噂になってるんだぜ。有名人に会えると嬉しいなー。」


「えへへ。そんなことよりアーロン先輩って先輩と同じクラスですよね?先輩のことで知ってること全部教えてください。」


 照れたように笑ったルークはすかさず聞く。

 顔は笑っているが、目が真剣すぎて怖い。

 アーロンは少し悩んだ末持っていた記録用魔道具を操作して、画面をルークに見せた。


「外部で論文発表した時の写真。」


「先輩の真剣な表情!かわいいです!スーツ着ててえっちですね!」


「スーツは誰でも着るけどな。」


 食い入るように画面を見つめるルークを笑いながら、アーロンは一旦画面を自分の方に向けて操作する。

 手を止めてはまたスワイプしてを何度か繰り返した後、また画面をルークの方に向ける。


「え、先輩可愛いっ!!ジャージエロいですね……。」


 次に画面に映ったのはブレアの横顔だった。

 体育系の授業中なのかジャージを着ていて、真顔で遠くを見つめていた。


「これは去年の体育祭に仕方なく形式だけ参加してたやつ。学校指定だからエロいはずないんだがな。お前感想『可愛い』と『エロい』しかいえないのか?」


「お前マジで面白いわ。」とアーロンは笑っている。

 他にも色々な写真を見せたが感想は似たり寄ったりで、ルークの盲目さと語彙力のなさが伺える。


(きっとさっきもこんなことを本人の前で言って怒られたんだろうな……。)


「ルークくん、さっきすごい人だかりができてたけど、何があったの?」


 大方予想はつくが、ヘンリーは一応聞いてみる。

 2人が来たのは事が終わった後で、注目されている事以外は何も知らなかった。


「一緒に登校しようと思って部屋に行って挨拶したらドア閉められそうになって、閉められないように抑えたら力比べみたいになって。」


「うん。」


 もう既にルークが悪い気がしているが、ヘンリーは相槌を打つだけで突っ込まずに聞きに徹する。

 アーロンも同じことを思ったようで、笑いを堪えているのがよくわかる。


「先輩が手離して急にドアが軽くなったから俺、バランス崩して先輩のこと押し倒した。それで『もう関わらないで!』って言われたんだ!どうしよ。」


「うん。オレもう8割くらいルークくんが悪いと思ってるんだけど、本当に押し倒しちゃっただけ?」


 思い出して今更ショックを受けだすルークにヘンリーは落ち着いて尋ねる。

 失礼かもしれないが、ルークが何もなくすぐに起き上がったとは思えなかった。

 ルークは自分のしたことを思い出し、赤いのか青いのかわからない顔を両手で覆い、小さな声で言った。


「……ちょっと体触りましたすみません。」


「「10割ルークくんが悪い、最低だな(ね)。」」


 かなり引いているヘンリーと大笑いしているアーロンと反応は全然違うが、兄弟の声がぴったり揃った。

「すみません。」と呟いているルークの肩をアーロンは元気だせ!と力強く叩く。


「あいつの頭都合いい作りしてるし、明日には忘れてんじゃね?落ち込むなって!あ、そーだ!」


 アーロンは何か閃いたようで、深緑色の目がきらりと輝く。

 嫌な予感を感じたヘンリーが「どうしたの?」と聞くと、アーロンは自信に満ちた顔で言った。


「よおしルーク、オレ様がモテ男指南してやる!オレにかかればどんな女も落とせるぜ!」


「本当ですか!?よろしくお願いします!」


 ルークは立ち止まって勢いよく頭を下げる。

 アーロンはいつの間にか『くん』を取り払っていて、すっかり友達になった気でいるようだ。


「じゃあ放課後お前らの教室行くから待ってろよ!」


「はい!!!」


(……恋する男は単純だなぁ。)


 兄が調子に乗るのはいつものことで、ルークが乗るのもわかっていたヘンリーは諦めたような顔で傍観している。

 だが、これだけは言っておかねば。


「兄貴、1年の時にユーリー先輩にフラれたんじゃなかったの?」


 一瞬固まったアーロンは引き攣った顔でヘンリーに笑いかけた。


「……フラれてはねえよ。黒歴史を掘り返すな馬鹿野郎。」

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