第10話 これは部屋着の先輩がえっちすぎて鼻血が出ただけだから

 いつも布団のまま移動していることから察しはつくと思うが、ブレアの朝は遅い。

 SHRの5分〜10分前に起床し、魔法で身支度を済ませる。

 その後布団で教室に向かえば、ちょうどSHRの終了と同時くらいに到着するのだ。

 1限目があまり興味のある授業じゃなかったり、何となくやる気が出ない日はもっと遅くまで寮から出ない日もある。


 ちゃんと登校しても朝の授業は大半ぼーっとしている、興味のない授業は殆ど聞いていない。

 優秀だが問題児、それが教師達からブレアへの認識だ。


 7時頃から寮内はだんだん騒がしくなっていくが、ブレアは他の生徒達とは別の棟にいるので殆ど気にならない。


 8時頃になると登校し始める人がちらほら現れる。

 寮から出るには大半の生徒がブレアの部屋の前を通るため、少しずつブレアの眠りが浅くなっていく。


 登校する人が増え本格的に賑やかになってきた8時半前。

 コンコンコンと何者かがブレアの部屋のドアをノックした。


(……誰?)


 寝起きの頭で考えながらブレアは体を起こす。

 本当ならここから魔法でドアを開けたいところだが、他人を部屋にあげるのは嫌だ。


 わざわざブレアの部屋を訪ねてくる人はリアムくらいだが、それも頻度はそう高くないし、この時間はあり得ない。

 となるとエマか。

 真面目なエマはブレアもSHRを受けるべきだと思っているはずだから、ブレアを迎えにきてもおかしくないかもしれない。

 だがエマは友達が沢山いるから、誰か一緒に登校する人がいるはず……。


 となると――――

 ドアノブに手をかけ捻ったのと殆ど同時に、最も正解に近い可能性が思い当たる。

 ドアを引くと案の定、ブレアが昨日最後に見た人物が立っていた。


「おはようございます先輩!!」


「……これ昨日も言った気がするんだけどさ、なんでいるの……。」


 ブレアは額に手を当て、ここ最近で1番長い溜息をついた。

 昨日最後に見た人物が、今日最初に見る人物になるとは思っていなかった。

 部屋がどこかは教えていないが、昨日ここまでついてきて覚えたようだ。

 完全にストーカーである。


 そのままドアを閉めようとすると、すかさずルークがドアを掴んで止める。


「閉めないでください先輩ー。今日もとてもいい朝ですね、よければ一緒に登校しましょう!あと部屋着えっちですね。」


「今この瞬間から最悪の朝になったよ。君いちいち気持ち悪い事言わないと気が済まないの?」


 とてもそんな状況ではないが、ルークは昨日の夜考えてきた誘い文句を呪文のように言う。

 典型的な言葉は状況と最後に付け足された一言のせいで台無しだった。


 制服のスカートより短いショートパンツから伸びる素足。

 シンプルなキャミソールは首元が大きく開いていて、綺麗な鎖骨が見える。

 腕はもこもこした生地の上着に隠されているが寝ている間に着崩れたのか、肩が露出している。

 そんなルークにとっては情欲的なブレアの姿を見れただけで、わざわざ寮に寄ってよかったと思えた。


 力づくでドアを閉めようとするブレアと何としても閉めてほしくないルークで押し合いになる。

 全くと言っていいほど運動をしないブレアでは、全身を使ってドアを押してもルークには敵わない。

 魔法でルークを飛ばしてドアを閉めてしまいたいところだが、寮の廊下では魔法を使ってはいけないことになっている。


 通行人が立ち止まって2人を見ているのに気づいたブレアは、仕方なくドアから手を離した。

 急にドアが軽くなったためルークがバランスを崩して前に倒れる。

 あっ、とブレアが思った時には既に遅く――

 押し倒されたような形で一緒に倒れてしまった。


「すみません!!え、先輩細……いのに柔らか……。」


 目を丸くしたルークがつい二の腕を軽く撫でると、ブレアの全身に悪寒が走った。


「本当にキッッッモいな。触らないで変態っ。」


 完全にドン引きしているブレアは衝動的に魔法でルークを吹き飛ばす。

 何か目に見えない固いものがぶつかったような痛みとともに飛んでいったルークは、廊下の壁に全身をぶつけて落下した。

 見ていた周りの生徒達がうわっと声をあげる。


「君のお気楽な頭じゃわからないかもしれないけど、僕は絶っっ対君のこと好きになったりしないから。諦めて僕に関わらないで!」


 全員に聞こえるくらいの大声で啖呵を切ったブレアはバタンと勢いよくドアを閉めてしまった。

 打ちつけた頭をさするルークに大勢の視線が向けられている。

 殆どが野次馬で、ヒソヒソくすくすと笑い声や話し声が聞こえて来る。


「すみませーん、退いてくださーい。通りまーす!」


 大きな声で言いながら、背の高い男子生徒が人混みを抜けてルークの側に来た。

 毛先が明るい赤に染まった髪、吊り目がちなエメラルドのような瞳。

 なかなかの美形な男子生徒は好奇に満ちた顔で周りを見回した。


「野次馬あるところにオレありってな!ここは……うわっ、ユーリーの部屋かよ。んでお前は?」


 男子生徒は部屋番号を見て眉間に皺を寄せる。

 ぽかんとして男子生徒を見上げているルークを見つけると、持っていた静止画を記録できる魔道具で撮影した。


「兄貴!何やってるの!?」


「あっ、ヘンリー!!」


 すみません、すみません、と小声で断りながら人混みを掻き分け、男子生徒を追いかけてきたのはヘンリーだった。

 ヘンリーは座り込んでいるルークを見るなり「大丈夫!?」と駆け寄ってきた。


「ルークくん、大丈夫!?血が出てるよ、ぶつけたの?」


 ヘンリーが差し出したティッシュを受け取りながら、ルークは首を横に振る。


「大丈夫!これは部屋着の先輩がえっちで鼻血が出ただけだから。」


「うん、通常運転だね。元気そうで何よりだよ。」


 眩しい笑顔のルークを見て、ヘンリーは心配して損した。と言いたそうな遠い目をしている。

 会話を聞いていた男子生徒ははははっと大きな声で笑い出した。


「兄貴!笑ってないで止血してあげなよ。魔法でできるでしょ?」


「お前の知り合いってことは、こいつが噂の限界オタクか!こんなに面白いやつに会えるなんて、今日はラッキーだな!」


 大笑いしたままルークに近づき、手早く止血魔法をかけるとニヤリと不敵に笑った。


「オレ、ヘンリーの兄貴のアーロン。よろしくなールークくん?」


 貼り付けたような笑顔のアーロンに、ルークはぽつりと一言だけ溢した。


「……似てない……。」

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