第9話 先輩が可愛すぎて……動悸が
「後輩とコミュニケーションをとるのも、先輩の重要な役目ですよ。そちらは散らかっているので、ディアスさんはこちらへどうぞ。」
リアムはあまり散らかっていない方のテーブルにティーセットを置く。
ルークは一言礼を言い、促されるまま椅子に座る。
慣れた手つきで3つのカップに紅茶を注ぐと、そのうちの1つをルークの前に置いた。
「どうぞ。ミルクと砂糖は入れますか?」
「じゃあ少し……?」
正直に言うと紅茶を飲んだことがないルークはよくわからないまま答える。
困った様子のルークを見てリアムはクスリと笑うとミルクを少しと角砂糖を1つ入れた。
「先生、僕のにもちゃんと砂糖入れてよね。」
「わかってますよ。」
本から目を離さずに言うブレアにリアムは困ったように眉を寄せて返事をする。
渋々といった様子でシュガーポットの蓋を開け、ブレアのカップに角砂糖を入れる。
「ブレアってば私が入れないと、自分でするといくらでも入れるんですよ?あれは紅茶を飲んでいるんじゃなくて砂糖を食べているんじゃないですか?」
ルークに愚痴を吐きながら1つ、2つ、3つとどんどん角砂糖をカップに入れていく。
7つ入れ終わるとスプーンでくるくるとかき混ぜ、ブレアの前に置いた。
「砂糖って普通は何個くらい入れるものなんですか?」
「私は多くても3つくらいだと思いますけどね。ブレアは溶けきらなくなるくらいまで入れたいそうですよ。」
「15個は入ると思うんだけどな。」
「最大限譲歩して7つです。体にも舌にも悪いですよ。」
紅茶を一口飲んで首を傾げるブレアをリアムは呆れたように見る。
先輩甘党なのかな可愛いな、とニヤついているルークを見たブレアは嫌そうに顔を歪めていた。
ルークもブレアを真似るように一口飲むと口の中にひろがる程よい甘さに驚いた。
「リアム先生!紅茶すごく美味しいです!」
一気に飲み干してしまったルークが言うと、リアムは嬉しそうに笑って空になったカップに紅茶を注いだ。
「ありがとうございます。誰かとは違って、味を気にしてくれる人とのティータイムは楽しいですね。」
リアムは遠回しにブレアに抗議するが、ブレアは無視して本を読んでいる。
「先輩が毎日ここに来てるって言ってましたけど、いつも本を読んでいるんですか?」
「そうですね。読んでいると言ってもあまり知らない内容は書いていないみたいで、ほとんど読み飛ばしてますが。」
集中しているブレアの横顔をうっとりと眺めながらルークが聞くと、リアムは紅茶を啜りながら答える。
確かに殆どのページを軽く目を通しただけでめくってしまっている。
熱心に本を読んでいる横顔が、興味深いものを見つけたのか時折きらりと輝く目が、ルークにとっては何よりも美しい。
何時間でも見ていられる。
「本がいっぱい置いてありますもんね。これ全部授業で使うんですか?」
「魔法創造学では主に、2つ以上の魔法を同時に使ったり、掛け合わせて新しい効果を見つけるんですよ。ここにある本は殆どが魔導書なので謂わば使用する魔法を決めるための資料のようなものですね。」
リアムが言い終わるのとほぼ同時に、ブレアがぱたんと静かに本を閉じた。
魔法で本を元あった場所に戻すと、両手でカップを握った。
「もう読み終わったんですか。どうでした?」
「全然駄目。2冊読んでも新しいのは3つだけ。もっと面白い本ないのー?」
1口飲んでからカップをソーサーに戻したブレアは不満そうに軽く頬を膨らませる。
それを見たルークがガタッと椅子から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
「大丈夫です。」
心配したリアムが様子を見ようと立ち上がるとルークは手を挙げて制止する。
「すみません、先輩が可愛すぎて……動悸が。」
「キッッッッモ、死ねば?」
「辛辣なところも好きです。」
ルークが胸を抑えながら立ち上がるとリアムは「それは大変ですね。」と呆れたように苦笑する。
本気で嫌そうに顔を顰めるブレアもルークは可愛いと思う。
紅茶を飲み終えたブレアは立ち上がり、ドアの方へ歩き出した。
「もう帰るんですか?」
「本も読み終わったし、今日は煩いのがいるからね。」
布団に入って出ていってしまったブレアを追うため、ルークは残りの紅茶を飲み干す。
乱暴に置いてしまったカップがカチャッと音を立てる。
「あっ、すみません!ありがとうございました失礼します!!」
ルークは早口に言うと走って教室を出ていった。
「センパーイ、寮まで護衛します!!」
「ついて来ないで!」
一気に寂しくなった部屋でティーセットを片付けようとしたリアムの耳に廊下からの声が入ってきた。
(どれだけ大きな声で話してるんでしょうね。)
3つのカップをトレーに乗せながら呟くリアムの口角は上がっていたが、モリオンの黒い瞳は落ち着いた色をしていた。
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