第8話 妹さんを俺にください!

 切羽詰まった様子で問い詰めてくるルークに、なるべく分かり易く(誤解なく)伝えようとリアムは必死に頭を回転させる。


「そういう関係ってどういう関係ですか……。養子というのは血の繋がっていない親子関係のことで、ブレアは私の父の養子なんです。」


「ええっと、つまりリアム先生と先輩は血の繋がってない兄妹ってことですか?」


 なんとか理解したルークが確認すると、リアムはホッとしたように「そうですね。」と笑う。

 ブレアはとうに教室の真ん中の椅子に腰掛け、つまらなそうに2人のやり取りを眺めている。

「先生と先輩は兄妹……。」と呟いているルークの様子を見たリアムは、もう大丈夫かとブレアの方へ行こうとする。


「先生っ!!」


 リアムが足を止めて振り返ると、ルークは床に膝をつき、土下座した。


「絶対幸せにします!妹さんを俺にくださいお義兄さん!」


「私は貴方のお義兄さんではありません。」


 にこりと笑って答えるリアムの口角はよくみると少し引き攣っていて、ブレアがふふっと笑いだす。

 ルークは床に手をつけたまま勢いよく顔を上げた。


「今はそうかもしれませんが、近い将来お義兄さんになります!先輩は俺が幸せにするので!任せてください!」


「そうですねぇ、ブレア次第ですので、私の方からは何も。」


 力強く言うルークの目は真っ直ぐにリアムを見つめている。

 絶対無理だろうな、と思っているリアムが答えても、ルークは全く引く気がない。


「確かに俺はまだ先輩とお付き合いしていません。でもいつかはお義兄さんに認めてもらわないといけなくなりますから今のうちに許可を!」


 だんだん筋の通っていないことを言い出したルークに、リアムは困ったように苦笑している。

 リアムはブレアならきつく一言言ってくれるのではないかと視線で助けを求めた。


「え、僕は何も言わないよ?先生が困ってるの見るの最高に楽しい。」


「あなた、性格悪いですよね。」


「性格が良かったら君の家の子なんかになってないよ。」


 愉快そうに笑いながらブレアが言うと、ルークはすかさず「笑顔の先輩も素敵です!」と言う。

 ブレアは途端に真顔になり、ふいと顔を逸らした。


「お願いします!」


「いえ、えーと、私より父に言ってください。ブレアのことを可愛がっているのは父なので……。」


 リアムが上手くはぐらかそうとすると、ブレアが後ろから「嘘だー。」と棒読みの野次を入れる。

 頬杖をついて2人を見つめる目は楽しそうに細められている。


「どうしても僕が欲しいって無理を言ったのは先生だって聞いたけどなー。」


「ブレア!」


「言わないでください。」という意味を込めて名前を呼ぶと、ブレアはニヤリと笑って口を開く。


「いい子ぶってる先生が我儘言うなんて、本当に僕のこと大好きなんだねぇ。」


「ちょっ、と!」


 リアムの頬が一気に紅潮したのを見てブレアはくすくすと口に手を当てて笑う。

 ルークは跳ねるように立ち上がってリアムに詰め寄った。


「どういうことですか!?先生は先輩をそういう目で見てるんですか!?」


「そんなわけないじゃないですかー。」


 青ざめたルークに肩を掴まれ、リアムは素早く目を逸らした。


「本当ですか?本当ですよね!?」


「じゃ、僕今日はこれ読みたいから、読み終わるまで先生は彼の相手してて。」


 助けを求めるリアムを無視して、ブレアは分厚い魔導書を開いた。

 ぶんぶんと肩を揺するルークの手を無理やり引き剥がして、リアムは数歩距離をとった。


「お、落ち着いてくださいディアスさん!お茶を淹れますので、座ってゆっくり話しましょう?」


 逃げるように早足で教室の奥に向かうリアムを見て、ルークは少し反省する。

 流石に取り乱しすぎただろうか。困らせてしまったようだ。

 一旦気持ちを落ち着かせ、ぐるりと教室を見回した。


 壁は本棚になっていて、天井までびっしり本が並んでいる。

 4面だけでは足りなかったのか部屋は本棚で無数に仕切られていて、リアムは本棚で作られた壁の向こうにいるようだ。

 床にはほとんど物が置かれておらずスッキリとしているが、ブレアが使っている大きなテーブルの上にはペンや紙、よくわからない魔道具などが散乱している。


「先輩。」


「何?」


 ルークが声をかけるとブレアは視線を本に落としたまま短く返事をする。

 この短いやり取りの間にもブレアは本のページを2回もめくっている。

 ちゃんと読めているのだろうか。


「ここって何の教室なんですか?」


「魔法創造学準備室。」


「先輩が専攻してるっていう授業の……。」


「そ。」


 パラパラとページをめくりながら短い返事をするブレアに会話をする気がないのは見え見えだが、ルークは気にしていないように話を続ける。


「準備室っていろんな物があるんですね。よく来るんですか?」


「……たまに。」


「ほぼ毎日来てるじゃないですか。」


 トレーの上に3つのカップとティーポットを持って戻ってきたリアムが、ブレアの答えを訂正する。


「先生帰ってきたから相手してもらいなよ。」


 ブレアはチラリと視線を動かしてルークに言うと、いつの間に読み終わっていたようで別の本を開いた。

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