第7話 なんといっても先生は僕のか――
HRが終わり、ブレアはグッと腕を上げて体を伸ばした。
5、6時間目に授業をした1年Eクラスの教室は北棟の3階にある。
一方今HRを受けた3年Sクラスの教室は南棟の4階。
6時間目を終えた後、この5分も満たない時間の為に昇降口のある中央棟を通り過ぎて自分のHR教室に戻ってくるのはかなり億劫だ。
本音を言えばサボって帰ってしまいたいところだが、教室に戻るまで真面目なエマが張り付いてくるからそれもできない。
仕方なく受けたHRは、もう3年目になるというのに全く意義がわからない。
連絡事項なら通信用魔道具を使って伝えることができる。
配布物は魔法で飛ばして届ければいい。
「……どうせ出来ないんだろうな。」
小さく呟いてため息を吐いた。
通信用魔道具を使わないのは持っていない者への配慮だろう。
今の時代殆どの人が所持しているが、稀に所持していない生徒もいる。
かくいうブレアも入学した時にリアムに買い与えてもらうまでは持っていなかった。
魔法を使わないのは出来る教師がいないからだろう。
1000人を超える全生徒に向けて配布物を届けるには、平均的な人何人分の魔力が必要になるだろうか。
分かっている、自分が高望みしていることは。
だからこうしてしかたなくHRを受けているのだ。
重い体を持ち上げて席を立ち、教室の隅に畳んで置いていた愛用の布団に手を伸ばす。
「ユーリーさん、先週の魔法創造学で提出されたレポートもとても素晴らしかったですよ!」
「……どうも。ありがとうございます。」
3年Sクラスの担任である教師が笑顔でブレアに話しかけてくる。
流石のブレアでも担任であることは覚えているが、名前はとうに忘れてしまっている。
「レポートの提出数も完成度も他の生徒と比べて圧倒的に多い!それに着眼点も素晴らしいですね。特に炎魔法と木魔法を同時に使うのがーー。」
まるで自分の手柄かのように誇らしげな教師の話を、適当に相槌を打って終わるのを待つ。
ブレアはこの教師が苦手だ。
ブレアが書いた内容を勝手に解釈し、それが間違っているとはつゆほども思わずに語る。
(違う、それはそんなことのためににやっているんじゃない。そんなくだらないことを考えて実験したんじゃない。)
沸々と湧いていく怒りと否定の言葉を隠しながら、無表情を貫く。
話し続ける教師はブレアのことなど見ていないのかと思うほど、ブレアが乗り気ではないことに気づかない。
「いやあ本当に素晴らしい、我が校の誇りですな。担任として鼻が高いばかりです!」
布団に触れていたブレアの手に力が篭る。
ぎゅっと握った布団カバーに皺がついたのを見て、ブレアは少し眉を寄せる。
「……すみません、用事があるので失礼します。」
ブレアは早口に言って一礼すると手早く皺を伸ばした。
魔法で靴を消しながら布団の上に乗り、頭まで布団を被る。
「さようなら。次回も期待していますよ!」
教師の言葉を無視して、ブレアを乗せた布団はドアへと宙を滑るように飛んでいく。
(何も役に立ってないくせに、自分の手柄みたいに言わないでよ。)
光が遮断された真っ黒な空間で人知れず愚痴を零す。
前を見ずに移動するのは危ないからだめだと何度もリアムに言われているので、仕方なく少しだけ顔を出す。
魔法で人を探知しているから大丈夫だとは思うが、ドアの周りは人が集まり易いため、今だけの妥協だ。
魔法を使ってドアを開け、廊下に出たブレアの目が大きく見開かれる。
ブレアはぱちぱちと何度か目を瞬かせた後、はぁっと額に手を当てて溜息をついた。
「なんでいるの……。」
ドアを出てすぐの廊下に、にこにことした笑顔のルークが立っていた。
ルークはブレアの姿を見るとさらに表情を明るくする。
「先輩のためなら例え火の中水の中ですよ!お疲れ様です、これから寮へ向かわれるんですか?ご一緒させてください!」
「無理。」
ブレアは短く断ってルークの横を通りすぎるが、ルークは諦めずについてくる。
布団の速度を少し速めてもそれに合わせてルークも速足になる。
「移動時間の暇つぶしにお話しましょうよー。あ、もしかして他のところにいくんですか!?お供します!」
「ついて来ないでよ……。なんでそんなに張り切ってるのかしらないけどさ。」
「先輩のことが好きだからに決まってます!俺役に立ちますよ。荷物持ちとかできます!」
気合い十分といった様子のルークとは目を合わせず、ブレアは「エマが余計なことを言ったから……。」とぶつぶつと文句を言っている。
ブレアはもう少し布団の速度を速めて、階段を一気に2階まで降りる。
「……階段ならついて来られないと思ったんだけどな。」
ブレアが横目でルークの方を見ると、ルークは階段を降りる前と同じようにピッタリとついてきていた。
渡り廊下で中央棟に行き、廊下をしばらく進むと、ブレアは静かに布団を停止させる。
「ここは何の教室なんですか?」
魔法で靴を履いて床に降りたブレアは、ルークの質問を無視してドアノブに手をかける。
ドアノブを捻るが、ガチャっと音が鳴るだけでドアは開かない。
「……君のクラスのHRはいつ終わったの?」
「10分くらい前です!」
ルークの答えを聞いてブレアは「えぇ。」と訝しむようにルークを見る。
「僕が君に会ったのは5分くらい前だったと思うんだけど……いつから教室の前にいたの。」
「HR終わってからすぐに走ってきたから……8分前くらいですかね?」
腕を組んで考えながらルークが言うと、ブレアは更に顔を歪めた後、小さく首を振って額に手を当てた。
「気持ち悪――じゃなくて、すごいね。先生にも見習ってほしいところだ。」
「先生?」
ルークが首を傾げたのとほぼ同時にガチャリとドアから錠の開く音がする。
小さな軋み音がしてドアが開き、中からリアムが顔を出した。
「ブレア、来てたんですね。おや、ディアスさんと一緒とは……以外です。」
「一緒じゃないよ。勝手についてきただけ。」
見慣れつつある安定の笑顔のまま、リアムは不思議そうに首を傾ける。
ブレアが隣にいるルークをきつく睨むと、ルークはえへへと笑いながら後頭部を掻いた。
「HRが終わるなり走って来たんだってさ。僕が来るって分かってるんだから、先生も見習ってよ。」
ブレアが肩を竦めて言うと、リアムは「無茶なこと言わないでくださいよ。」と苦笑する。
ブレアは部屋の中に入っていくが、ルークは入っていいのかわからず戸惑っている。
「どうぞ」とリアムが促すと、ルークはぺこりと一礼してから部屋の中に入った。
「あのー、先輩と先生は仲がいいんですか?」
授業の時から気になっていたことを、ルークは少し遠慮がちに尋ねる。
リアムは生徒から好かれそうな良い教師であるが、ブレアとは特別距離が近いような気がする。
「はい、仲がいいですよ。どうしました?」
「その、先生は優しくて生徒に人気そうだし、先輩は美人で賢くて先生に好かれそうですけど、なんだか特別親しそうに見えて……。」
それこそ、ただの教師と生徒にしては親しすぎるほどに。
探るような視線を向けるルークを見て、ブレアは少し考える素振りをした後、口角を上げて笑った。
「そうそう、先生は僕と特別仲がいいよ。なんといっても先生は僕のか――」
「兄みたいなものですよ。」
「……話を合わせてくれてもいいじゃないか。」
ブレアが言い終わる前にリアムが訂正すると、ブレアは唇を尖らせてじっとリアムを睨む。
聞こえなかった残りの文字を脳内で補ったルークはショックを受けたように固まっている。
「噂になって広まったりしたら、私がクビになるんですからね。ディアスさんも本気にしないでください。ブレアはうちの養子です。」
「ようし?って何ですか!?そーゆー関係なんですか!?」
リアムは安心させるために言ったのだが、ルークには聞き馴染みのない言葉だったようで、切羽詰まった様子で問い詰めてきた。
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