第6話 先輩の魔力の塊ってことは実質先輩の一部ってことですよね?

「聞いたことのない式ですね……。また新しく作ったんですか?」


 かなり集中しているのか、リアムの問いかけは聞こえていないようだ。

 答えることも目を開くこともせずに詠唱を続けている。


 魔力の粒子が淡い光を放ちながら、ブレアの周りを飛び回りだす。

 粒子の光を反射する白い肌や、静かに揺れる長い髪が幻想的で美しい。

 ルークが思わず息を呑んだのとほとんど同時に、ブレアが目を見開く。


 濃い紫色の目を見た途端、ルークの心臓がぎゅっと収縮した。

 驚愕、興奮、緊張、尊敬――――恐怖、戦慄。

 まるで様々な感情が結びついて縄になり、心臓を締め上げるかのようだ。


「綺麗……。」


 誰にも聞こえない小さな声でルークは呟いた。

 渦巻く複雑な感情の中で、それでも1番強く感じるのが美しさだった。


 瞳の紫色の中にはチラチラと七色の光が仄めき、縦に大きく開いた瞳孔は真っ白くギラギラと輝いている。

 自分の指先を見つめるその目はどこか魔獣の類のようで、人間離れした恐ろしさを感じさせる。


「すごいや。ルークくん、これがユーリー先輩の――国でもトップクラスの才を持つ人の魔法だよ……。」


 とんでもない人を好きになってしまったね、と隣に座っているヘンリーが言う。

 ルークは重苦しい魔力の流れを肌で感じながら小さく頷いた。


 詠唱を終え、キツく唇を結んだブレアは右手に力を込めて指先までピンと伸ばす。


「みんな、頭上に注意!」


 上を指差すエマに釣られて皆が天井に顔を向ける。

 全員の頭上ちょうど机の上くらいの位置に、紙と水晶のような透明の球が1つずつ現れた。

 じっと目を凝らすと、風に煽られてパタパタと音を立てる紙に少しづつ何かが書かれていくのが見える。

 2枚、3枚と新しい紙が重なり、薄い冊子のような形を作っていく。


「…………ふう。」


 ブレアは大きく息を吐きながら手を下ろす。

 それに合わせて全生徒分の冊子と水晶が静かにそれぞれの席の上に落ちた。


 エマとリアムは関心したようにまた目を閉じたブレアを見ているが、1年生は唖然としている。


「――先輩、すごいです!」


 静かな教室にルークの大声がよく響いた。

 声に驚いてぱちっと開いたブレアの目は混じり気のないアメシストのような深い紫色をしている。


「魔法を使ってる時の先輩、只者じゃないオーラみたいなのがすごくてホントにかっこよかったです!あっという間にこれ全員分出しちゃうなんてすごすぎませんか!」


 ブレアが魔法で作り出した冊子や水晶をペタペタと触りながらルークは興奮したように勢いよく言う。


「はいはい、ありがとう。」


「さっすが。ブレアならできると思ってたよー。」


 軽く受け流そうとしているブレアに、エマははにかんで親指を立てる。

 満足気なエマを見て、ブレアは怪訝そうに眉を寄せる。


「あのねえ、これがどんなに難しい事か本当にわかってる?精密に同じ物をあんなに、しかも内容も書きながらつくるなんて、ほとんど不可能だってわかるでしょ。なんで事前に用意しなかったの。」


 きつく眉を寄せたブレアは抑揚の少ない冷たい声で問うが、エマは全く怖気付くことなく「えへへ、ごめんごめん!」と笑っている。


「だって複製魔法難しすぎて使える人がいないんだもの。ブレアなら大体の魔法使えるし、字も綺麗だからできるかなって思って。実際すっごく綺麗で読みやすくて完璧よ!ありがとね。」


 エマはルークの席に置いてある冊子を手に取り、ページいっぱいに書かれた文字に目を通している。

 ブレアは少しの間考えるように視線を彷徨わせた後に、左手で額を押さえながらはあっと大きなため息をついた。


「……今度からもっと早く相談してくれるかな。直前に言われても困る。」


「ありがと。わかった!」


 ぱっちりとした目をキュッと細めて笑うと、エマは冊子をルークに返す。

 ブレアが先週と同じように椅子に腰掛けると、後ろの方に座っていた女子生徒が手をあげる。


「今のは何魔法なんですか?」


 エマがあてると女子生徒は立ち上がり質問した。

 ブレアは面倒そうに少し眉を寄せたが、小さく口を開いた。


「今のは僕が創った魔法だよ。何魔法かって聞かれたら、まずは鉱石魔法と木属性魔法の応用で水晶と紙を作る。それから鉱石魔法と炎魔法の複合で文字を書いて複製魔法で人数分複製したんだ。」


 ブレアが言っていることがルークにはさっぱりわからないが、とにかく凄いことだけはわかる。


「ブレアは魔法創造学といって、自分で新しい魔法を創る学問を専攻しているんですよ。講師は私が務めますので、興味が湧いた方は是非。」


 リアムが付け足すとみんな感心したような声をあげる。

 ほとんどの人は魔法創造学という言葉が聞き馴染みなく、よくわからないけどすごーい、といった感じだ。


「準備万端だよ!この冊子は今日の教科書になります。ブレアがわかりやすく書いてくれたから、かなり読みやすいでしょ?こっちの丸いのは、実践用の空間!」


 エマが得意げに水晶を掲げてみるも、反応は薄い。

 あれれ〜と呟きながらエマは首を傾げた。


「実践用の空間なんて言っても、1年生にはなんのことだかわかりませんよ。ブレア、説明してあげたらどうです?」


 リアムが促すと、ブレアは「えぇ、何で僕が。」と言いながらも、渋々と言ったように口を開く。

 エマに集中していた視線がブレアの方を向く。


「説明?ええっと、簡単に言うと……その中はなるべく自然の形に近づけた、僕の魔力が詰まっているんだ。水晶に手を触れてこの魔力で魔法を形作ることで、魔力の量に関係なく、皆平等に魔法を使う練習ができるってところかな。」


「ブレアってば、もっと簡単にできないのー?今ので大体わかったかな?そんな感じでーす。」


 2人の話をちゃんと聞きながら、ルークは目の前の冊子と水晶をじっと見つめている。

 何もないところに物体を発生させる魔法はとても高度で難しいとされている。

 この工程を行うだけでかなりの魔力を消費するだろう。それに加えて水晶の中に魔力を込めたとなると――。

 難しいことはわからないが、とにかくブレアが多大なる魔力の持ち主であることはわかった。


「ルークくん、どうしたの?何かわからないことでもあった?」


「いえ、あのー、魔法で作った物って後で消えるんですか?」


 心配してくれるエマに訪ねると、ブレアが「なかなかいい質問だね。」とエマの代わりに答える。


「通常、魔法で作り出した物はいわば触れられる幻。時間が経過するごとに主の魔力が弱まって消えてしまう。でも僕が少し式を弄ったこの魔法では、魔力が固まって物体化しているから消えることはないよ。」


「ちゃんと復習もできるから安心してね。」


 2人の回答を聞いてルークの表情が一気に明るくなった。

 すごく復習をしたがる熱心な生徒に見えるが、もちろんルークの目的は別にある。


「先輩の魔力の塊ってことは実質先輩の一部ってことですよね?家宝にします。」


 水晶をぎゅっと抱きしめるように持って真顔でルークが言う。

 ブレアは全くの無表情のまま右手を持ち上げた。


「自然には消えなくても、魔法を使えば消せるよ。君ごと消してあげようか?」


「先輩に消されるなら本望です。」


 至って真剣な顔で即答するルークにブレアはあからさまに顔を顰める。

 やっぱりルークのアピールは振られ芸として定着しかけているのか、クラスメイト達はあははっと声をあげて笑っている。

 リアムが早足でブレアのもとまでくると、強めにブレアの頭を叩いた。


「いっ痛いなぁ!?」


 ブレアが大きな声で悲鳴を上げながら頭をさすると、リアムは子を諭す親のように言う。


「言葉を選びなさいとは言いましたが、気の使い方が違うんですよ。これならストレートに言った方がマシですね。」


「そっか。じゃあ気持ち悪いから死んでくれないかな。」


 リアムの助言を受けたブレアは、ルークの方を見て言い直した。

 そう言って欲しかったわけでもないのだが。


「先輩が殺してくださるなら喜んで!」


「は?キッモいなぁ。君の相手をしていたら疲れるね、エマ、説明を再開してくれるかな?」


 ブレアが右手を降って追い払うような素振りをすると、ルークは肩を落として項垂れた。

 ヘンリーがドンマイと小声で言ってくれたのに「ありがとう。」と笑って返すと、ルークは授業に集中すべく姿勢を正した。


「冊子にほとんど全部書いてあるから、見ながら聴いてね。今日挑戦する無属性魔法には、人による得意不得意がほとんどありません。少ない魔力でも簡単にできるのから上級者向けまで、ブレアが上手く厳選してくれたよ!焦らず順番にやっていこうね。」


 エマは主に冊子の補足や解説のように説明をしていく。

 それに合わせて冊子に目を通すルークは頭の回転の速さにに驚愕していた。

 書き方がわかりやすいからか、ブレアが作った冊子だからか、するすると内容が入ってくる。

 座学はあまり得意ではないルークだが、内容を完璧に暗記できてしまいそうだ。


「……これが愛の力か……。」


 ルークがドヤ顔で小さく呟く。

 声が聞こえたヘンリーと反対側の隣の女子生徒は若干引いているが、ルークは全く気づいていなかった。

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