第5話 ごめん、誰だっけ?

 そして一週間後。

 皆少しずつであるが学校生活にも慣れてきたようだ。

 休み時間の度になんとなく同じ場所に同じ顔ぶれが集まって、くだらない話で盛り上がっている。


 そんな中ルークは自分の席に座って、1人でじっと時計を見つめていた。

 にこにこと上機嫌な笑顔を浮かべながら秒針を見ている姿はなかなか奇妙なものだ。


「ルークくん、ご機嫌だねー。次の授業が先輩達の授業だからかな?」


 ヘンリーが肩を叩くとルークは食い気味に答える。


「そりゃあそうに決まってるだろ!あと6分15秒で先輩に会えるんだぞ……!」


「あはは。相変わらずだね。」


 うっとりとした表情を浮かべるルークを見てヘンリーは苦笑する。

 いつもチャイムが鳴るギリギリまで席につかないルークがずっと座っているのは何だか新鮮で面白い。


「そんなにユーリー先輩と話したいの?」


「話したい話したい!今日こそ先輩をデートに誘うんだ!」


 ルークは気合いを込めて拳を握っている。


「うーん、できるといいね。」


 多分できないだろうな。と思いつつヘンリーは苦笑いを浮かべて返す。

 ほとんどの休み時間を一緒に過ごしてきたので、少しではあるがお互いのことがわかってきた。


 ヘンリーは始め、ルークはブレアのことがそこまで真剣に好きなわけではないと思っていた。

 ただ少し容姿が整っていたから運試し程度に告白したのだと思っていた。

 だがルークは本気でブレアに恋をしているようで、この一週間で「早く先輩に会いたい。」と何度聞いたことか。


「まずは先輩に話しかけるところからだよな……。授業終わったらすぐにでていっちゃうから、どうにかして話しかける隙を作らねえと。先輩、早く来てくれたりしないかな?」


「どうかな。エマ先輩はともかく、ユーリー先輩は来なさそうじゃない?」


 冗談半分でそんな話をしていると、ガラガラっと扉が開く。


「みんなこんにちはー、一週間ぶりだね!またみんなに会えるの楽しみにしてたよ!」


 大きな声で言いながら、先週と同じようにエマが入ってきた。

 騒がしくしていたクラスメイト達がいそいそと席についていく。

 ヘンリーも小声でルークに挨拶をすると、自席へ戻っていった。


「エマが楽しみにしてたのはわかったけど、なんで僕まで……。」


 エマの後に教室に入ってきた者がもう1人。

 期待に満ちていたルークの表情がより一層輝く。

 怪訝そうな顔をして、小声で文句を言っているブレアだ。

 先週リアムに禁止されたからか、既に布団から出て来ている。

 ブレアの後から入ってきた畳まれた布団は、先週と同じ位置に飛んで行った。


「5分前行動って言うでしょ?それに、わたしが連れてこないと絶対来ないじゃない。ほら、ブレアも挨拶して!」


 軽く頬を膨らませて言うエマは、まるで世話焼きな姉のようだ。

 歩きながら話していた2人はちょうどルークの前で足を止める。


「挨拶って……今日もよろしく。」


 困ったように視線を彷徨わせた末、ブレアは簡潔に言った。

 エマは単純すぎるのではないかなどと言っているが、ブレア本人はこれでいいと思っているようだ。


 ルークはちらりと時計を見る。

 授業開始まではまだ4分ほどある。今こそブレアに話しかけるチャンスではないか。


「お久しぶりです先輩!」


 席を立ったルークが声をかけると、エマが「わあ、ルークくんだー。こんにちは!」と楽しそうに笑いだす。

 一方でブレアは、頬に指を当てて考える素振りを見せた後――こてんと首を傾げた。


「――ごめん、誰だっけ?」


「え、忘れちゃったの!?」


 エマが驚いて大声を出す。声には出していないが、おそらくクラスの大半が同じことを思っている。

 ブレアの様子を見るに、本当に覚えていないようだ。

 嫌がられていたとはいえあんなに話したのに。

 忘れられているとは露ほども思っていなかったルークはかなりショックを受けている。


「ごめんね。僕、興味のある物以外は寝たら忘れちゃうみたいなんだ。」


 固まってしまっているルークにブレアは無表情のまま謝る。

 ブレアなりにフォローしたつもりのようだが、全然フォローになっていない。

 ルーク=興味のない物というブレアの価値観を垣間見てしまったルークは余計に傷ついてしまう。

 好かれてはいないと思っていたが、興味くらいは持ってほしい。


「あんなにインパクト強くても覚えられないんだ……。ルークくんだよ。ブレア、告白されてたじゃない。」


「えぇ、そんなのよくあることじゃないか。いちいち覚えてられないよ。」


「ほらこうやって『結婚を前提に付き合ってください!』とか言ってた……。」


「……あー君か。あまり思い出したくはなかったけど、思い出したよ。」


 呆れたようにエマが言うと、ブレアはエマとルークを見比べた後、手を額に当ててため息をついた。

 思い出してもらえて嬉しい反面、エマに真似されると少し恥ずかしい気がしてきて、ルークは複雑な気持ちだ。


 ブレアは本当に人の顔と名前を覚えるのが苦手で、大抵の人のことは2〜3日すればすっかり忘れてしまう。

 魔法の術式はすらすらと覚えることができる。教科書の内容も一度読めば頭に入る。

 なのに人のことだけはどうしても覚えられないのだから、ブレア自身も不思議に思っている。


「思い出して貰えて嬉しいです!もう忘れられないように何度でも言いますね、俺はルーク・ディアスです!」


 ルークがここぞとばかりに大きな声で自己紹介をする。

 気合いが入った大きな声に、ブレアは「うるさいな……。」と顔を顰めた。


「できれば忘れたいけど。」


「たった週一回とはいえ、1年間も授業する可愛い後輩ちゃん達なんだよ?ちゃんとみんなの名前くらい覚えよう?」


「わたしはもう大体覚えたよ?」と自慢気に付け足すエマにじっと見られて、ブレアはそっと目を逸らす。

 目を逸らしたブレアの視界に入るようにエマが体を動かすと、ブレアは渋々といったように口を開いた。


「……善処するよ。」


「頑張ってください先輩!手始めに俺を覚えましょう。ルークです!」


 少々言わされた感があるがブレアが言うと、ルークはここぞとばかりにアピールする。

 かなり食い気味に詰め寄るルークの肩をエマがポンと叩いた。


「そう焦らないで。ブレアに覚えてもらうために1ヶ月もの月日を費やした私が覚えてもらうためのコツを教えてあげよう!」


 ピンと人差し指を立て、教師気取りのエマが言うと、ルークは「本当ですか!?是非!」と目を輝かせた。


「コツはねえ、ズバリ興味を持ってもらうことだよ!」


 ドヤ顔でエマが言い放つ。

 ブレアは自信満々なエマを呆れ顔で見ているが、エマはあまり気にしていないようだ。


「興味を持ってもらうって……どうすればいいですか?」


 ルークが期待を込めて聞くと、エマは先週のように教師の真似をして言う。


「まず1つ目の方法は、自身の有用性を示すこと!ブレアは自分より優れた人や自分の役に立ちそうなことはすぐ覚えるのだよ。」


「自分の有用性……。」


 エマは人差し指を立てて得意げに言う。

 ルークはエマの言葉を反復して自身の脳内に刻み込んでいる。


「へぇ、ちなみに2つ目は何ですか?」


「ふふーん。2つ目の方法は、面白い人だと思ってもらうこと!……て、リアム先生!?」


 質問したのがリアムだということを言い終わってから気づいたらしく、エマはバッと大きく後ずさる。

 ブレアは入ってきた時から気がついていたようで、楽しそうにくすくすと笑っている。


「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか。」


「すぐ後ろにいたら驚くに決まってるじゃないですか!いつからいたんですか?」


 リアムは眉を下げて困ったように笑う。


「さっき入ってきたところですよ。チャイムが鳴りましたので。」


「え?」


 首を傾げたエマが時計に目を向けると、ちょうど授業が始まる時間だった。

 ルークとエマは話に夢中で、チャイムの音が聞こえていなかったようだ。


「お話も楽しいと思いますが、授業を始めましょうね。」


「はーい。じゃあルークくん、座ってくれる?」


 まだ話し足りないエマだったが、無理矢理気持ちを切り替える。

 リアムが「起立、礼。」と大きな声で号令をかけると、「お願いします。」と皆で元気よく挨拶をする。


「ほら、ブレアも挨拶くらいしなさい。」


「……お願いします。」


 黙っていたブレアをリアムが優しく注意すると、小さな声で言った。


「今日はみんなと無属性魔法の練習をしようと思います!ブレア、お願い。」


 促されたブレアは右手を顔の高さまで掲げ、そっと目を閉じた。

 そのまま小さく口を動かして術式の詠唱を始める。


(もしかして……先輩の魔法が見れる!?)

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