第2話 結婚を前提に、俺と付き合ってください!!!!!

 え?布団?と誰もが自分の目を疑うが、リアムとエマはまるで気にしていないようだ。

 教卓の横で静止した布団に、ごく自然に接している。

 エマが話しかけると、布団は「……やだ。」と小さな声で答えてもぞもぞと蠢く。


「みんなごめんね。この子はブレアって言うんだけど、ちょっと変わってて……で、でもでも!腕は確かなのよ?勉強も魔法も、私よりよっぽどできるんだから。」


 一向に出てこない――ブレアというらしい布団の主をエマが賢明にフォローする。

 それを見ていたリアムははあっと溜息をつくと、さっと右手を構えた。


「こらブレア、ちゃんとしなさい!」


 構えた右手を振ると、布団が勢いよくひっくり返った。

 そこから転がり落ちた先輩は床に体を打ち付け、「痛っ!?」と声をあげる。


「うぅ……、酷いなぁ。毎度毎度手荒すぎるんじゃない?」


「毎度毎度手荒に起こされても懲りないのは貴女の方でしょう?文句を言っていないで、1年生に自己紹介してください。」


 頭を撫でながら起き上がった先輩――ブレアは文句を言いながらも、渋々と言ったように身体を生徒達の方に向ける。

 教室を見回すブレアの姿を見た瞬間、ルークを頭に閃光がかけたような感覚が襲う。

 この瞬間、ルークは恋に落ちた。初恋だった。

 覚めかかっていた眠気は完全に覚め、冴えた目でじっとブレアを見つめる。


 サラサラとした銀色の長髪。

 アメシストのように輝く紫色のジト目。

 透き通るような白い肌と長い睫毛。

 美しいという言葉がこれ程ピッタリな人はいないだろうと思う一方で、そんな言葉では表しきれないほど綺麗な人だ。


 寝癖らしき跳ねた髪をさっと梳かす手、瞬きをする目、小さな動作ひとつひとつに視線が吸い寄せられる。

 ブレアが整った小さな唇を開く動作がスローモーションのようだ。


「自己紹介ね……僕はブレア。フルネームはブレア・ユーリー。ええっと……よろしく。」


 ブレアは愛想笑いの1つも浮かべる事なく無表情で自己紹介を終えた。

 態度が悪いと感じる人もいるだろうが、ルークにはそんな様子もクールで可愛いと思えてしまう。

 儚げな少女といった見た目からは想像がつかない僕と言う一人称も、女性にしては少し低い声も、ギャップ萌えだと思う。


 “恋は盲目”というが、ルークは今まさにそんな状態にある。

 恐らくブレアが何を言っても、想像していた性格と全く違っていても、受け入れるどころかますます好きになるのだろう。

 他に何も聞こえないし、何も見えていない。


「ブレア……相変わらず淡泊ですね。その堅い表情、やめられませんか?」


「五月蝿いな、誰かさんのせいで機嫌が悪いんだよ。うぅ、頭がガンガンする。」


 リアムとブレアがそんなやりとりをしているが、内容はルークの頭にほとんど入ってきていない。

 ブレアの落ち着いた声が耳に入るために胸が騒めくだけだ。


 ルークは突然ガタッと音を立てて席を立った。

 その音に驚いたブレアは大きく目を見開いてルークを見る。

 美しいアメシストと目が合ったことが嬉しくて、ルークがキラキラと瞳を輝かせた。


 ルークは持ち前の運動神経で机を飛び越え、先輩の前に跪いた。

 それから真っ直ぐにブレアの目を見て、大きな声で言った。


「ブレア先輩、好きです!!!結婚を前提に、俺と付き合ってください!!!!!」


 しん……と教室中が静まり返る。

 ルークがブレアと出会ってから、まだ5分も経っていない。

 言葉を交わしたこともない。

 なのに告白するのは普通に考えて変だろう。


 驚いた顔、呆れ顔、興味深々と言った顔……各々違った表情を浮かべながら、全員が2人に注目している。

 肝心のブレアはというと整った眉をきつく寄せ、冷たく言い放った。


「――――は?キモい、無理。」


 冷たい言葉に、紫の瞳から注がれる冷たい視線。

 ルークはがくりと項垂れる。

 大勢の前で直ぐに告白して、しかも振られた。

 相当格好悪いが、誰もルークを笑う者はいない。

 むしろ同情に近いような哀れみの目を向けている。


「……そうですよね……よく知らない相手に告白されても、キモいだけですよね……。」


「そうそう、迷惑なんだよね。」


 俯いているルークの表情がいまいち伺えないブレアは、怪訝そうにしながらも正直に肯定する。

 リアムは「ちょっとは否定してあげたらどうですか。」と囁いているが、ブレアは気にも留めていないようだ。

 何で?とでも聞きたそうに首を傾げている。


「……ごめんなさい。」


 ルークが今までの威勢が嘘のようにしおらしい声で謝罪する。


 ルークの初恋は、短く儚くも散ってしまった――と、誰もが思った。

 ――――だが、ルークだけはそう思っていなかった。


 話が終わったと思い気を抜いていたブレアの手が、ルークに強く掴まれる。


「――――だから!これからブレア先輩に俺の事をいっぱい知ってもらって、俺もブレア先輩の事いっぱい知ればいいんですよね!?」

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