第1話 布団は話せるものですか?

 高い山の上にこれまた高く聳え立つ大きな建物、エレメンタル魔法学校。

 この国唯一の魔法学校であり、この国1番のマンモス校でもある。


 そんなエレメンタル魔法学校の教室の1つ、1年Eクラスでは朝のHRが行われていた。


「皆さん、おはようございます。昨日の今日でまだ慣れていないと思いますが、今日から授業が始まっていきますよ。1限目が始まるまでは自己紹介タイムとしましょうか。」


 教卓に手を置き、爽やかな笑顔で教師らしき男が言う。

 モリオンのような黒い瞳を赤みのある髪が引き立てる印象的な容姿。

 所謂イケメンというやつで、女子生徒の何人かは彼を見て頬を染めている。


「昨日も言いましたがもう一度。私はリアム・フロストです。1年間、皆さんの担任を務めますのでよろしくお願いします。」


 丁寧に一礼した後、リアムは「次は皆さんの番ですよ。誰から始めますか?」と続ける。

 はいっ!っと元気よく手を上げて、教卓の真正面に座っていた男子生徒が立ち上がった。

 太陽のような金色の髪。シトリンのような山吹色の瞳。

 とりわけ珍しくもないが、並以上には整った容姿だ。


 リアムが「どうぞ。」と促すと、男子生徒は元気いっぱいな大きな声で話し出す。


「ルーク・ディアスです!今まではバイトばっかりしてたので、楽しい学校生活を送りたいです。みんなよろしくな!」


「元気があっていいですね。具体的に何がしたいかは決まっているんですか?」


 パチパチと手を叩きながらリアムが問うと、ルークは力強く言い放つ。


「可愛い彼女を作りたいです!!」


 自信満々に言い放つと、わっとクラスメイト達が笑い出した。

 何か変なことを言っただろうか?とルークは首を傾げている。

 裕福でない家計を支えるためにバイトばかりしていたルークには、学校に通った経験がない。

 同年代の人との関わりも少なく出会いもないため、学校に入学したら可愛い彼女と青春するのが夢だった。


「……そうですか。できるといいですね。」


 リアムは苦笑しながらひとことそう言うと、すっかり切り替えて次を促す。


 ルークは席に座り、ふうっと息をついた。

 自信のあった自己紹介だが、あまり上手くいった手応えはない。


 人の第一印象は大事らしい。

 だから最初の自己紹介は明るく大きな声でするのがいいという母の助言通りにやったというのに。

 何が悪かったのか滑ってしまった気がする。


 自分の自己紹介が終わって安心したからだろうか。

 皆の自己紹介を聞いていると、ふわふわと眠気がやってきた。

 昨晩は遅くまで内職をしていたからか。

 はたまた今朝3時に起きて、魔法列車でここまで寝ずにきたからか。

 どちらも原因だとわかってはいるが、改善できる見込みはない。


「――これで全員終わりましたね。皆さん元気があって素晴らしいです!」


 目を瞬いたり頬をつねったりしているうちに全員の自己紹介が終わってしまったようで、リアムが満足気に微笑んでいる。

 まだそんなに時間は経っていないと思うので、少し眠ってしまっていたらしい。


「この後は皆さんの記念すべき初授業です。3年生の先輩が皆さんに魔法を教えにきてくれますよ。これは進路決定を目前に控えた3年生がまだ未熟な1年生に自分達の考えた方法で魔法を教える事で主体性や社交性を身につけ、我々教師陣よりも1年生に寄り添える先輩に教わることでーー」


 優しく微笑んだリアムがスラスラと次の授業の説明を始めた。

 話を聞かなければいけないとわかってはいるが、ルークは重い瞼を持ち上げるのに精一杯。

 大事なはずの話は右耳から左耳に抜けていく。


「――と、説明は以上です。何か質問のある人はいますか?」


 リアムは軽く教室を見回し、挙手している生徒を探すが見当たらない。

 ルークの頭には殆ど入って来ていないが、他の生徒達はちゃんと理解したようだ。

 数秒待って誰の手も上がらないのを確認してから、チラリとドアの方を見る。


「もう先輩達が来てくれているようですね。入ってきてください。」


「失礼しまーす!」


 呼びかけに答えるようにガラガラとドアが開き、女子生徒が入ってくる。

 桃色のボブヘアにサファイアのように澄んだ青色の瞳。

 背はそこまで高くないがスタイルがよく、親しみやすくも堂々とした態度はさすが3年生、と言いたくなる頼もしさを感じる。


「3年Sクラスのエマ・キャベンディッシュです。みんなの役に立てるように頑張るね!で、こっちが同じく3年Sクラスの……って、ブレア!?なんで入ってきてないのよぅ。」


 エマは笑顔で堂々と自己紹介をしたものの、隣にあるはずの人影がなく顔を曇らせる。

 廊下の方に向かって「ブレアー、入って来てってば!」と叫ぶと、「ん。」と短い返事が聞こえた。


 エマと同じようにドアから入ってきたのは3年生の先輩――ではなく。

 ええっ!?と大半の生徒が声をあげる。それはルークも例外ではなく、驚きで目はすっかり覚めた。


「……先生、布団は話せるものですか?」


 ポカンとした様子で、誰かが呟いた。

 教室に入ってきたのはふわふわと宙に浮かんで移動する――布団だったからだ。

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