「妹がな、プレゼントを買うっつうんだわ」(前編)

「へぇ。俺はプラモが欲しいっすねー」

「なんのだ?」

「なんでもおっけー、ではないですけど、大体ウェルカムですね。ロボ、軍艦、戦闘機、建築物でもロケットでも」

「それは……なにが楽しくて作るんだ?」

「は? プラモ作るのが楽しくて作るに決まってんじゃないですか」

「そーゆー……レベルの話じゃなくてだなぁ。てかおまえの欲しいもんとかどうでもよくてだな」

「なんでですかっ。もしかしたら妹さんがプレゼントを贈る相手の趣味とも一致してるかもしんないっすよ? よ? アドバイスですアドバイス」

「アドバイスっておまえプレゼントあげるっつう相手……わかってる感じか、もしかしなくても」

「そりゃ今までの流れを考えればねぇ。妹さん、好きな相手にプレゼント、ですか? えらく思い切りましたね」

「そうなんだよ! なんかなっ、今のままだと駄目だとかなんだとかうんだとか! 言い出してよ! オレはやめとけと言ったよ! あぁ言ったとも! プレゼントなんて言語道断、むしろ縁切れと! ……お兄ちゃんは、バカです……」

 そりゃ「お兄ちゃんのバカ」くらい言われるわ。俺は呆れて物も言えない。超えたな先輩、ライン。

 包丁を研ぎながら七、八割は本気の忠告をしておく。

「先輩、ちゃんと謝っておいた方がいいですよ」

「……だよ、なぁ」

「縁切れはさすがにね。それで? お相手さんの誕生日かなんかですか?」

「いや、ふつーにクリスマス」

「あぁ。ならまだ、マシですかね」

「多少はな」

「多少は」

 誕プレよりは、クリスマスプレゼントの方が多少はマシだろう。その恋愛を応援していない人間から見れば。クソみたいな話だな?

「いい加減あきらめて応援してあげたらどうですか?」

「ぐぬぬぬぬ。そ、それは、まだ、はえぇ。オレはまだあきらめん。オレが最後の砦だからな、オレが折れちゃいけねぇんだ」

「さい、あぁ、他のご家族は応援してる感じですか、妹さんの恋」

 先輩はこくりと頷いた。とても苦し気である。ざまぁ。

「最後の砦ですか……そう言いますけど……妹さん、お兄ちゃんにも応援して欲しいんじゃないですかねぇ。と、俺は思いますけどねぇ」

 先輩が首を傾げた。だから顔。顔が良すぎて男が首傾げてんのに可愛げあるのバグだろ。

「買う前に相談してきたんでしょ? それって少しは、何を買うべきか、何を贈るべきか、相談したい気持ちがあったんじゃないっすかね」

 先輩ははじめて見るイケメンじゃない表情をした。つまるところ、なんともぐちゃぐちゃな苦悶の顔だ。

 砥石に刃を滑らせながら、ついでにもう一押ししておく。

「そこでプラモですよ。男なんてプラモあげときゃ簡単に落ちるんすから」

「……そりゃおまえくらいなもんだわ」

「ですかね?」

「間違いねぇよ」

 それは残念。


 明けて朝のホームルーム前、俺はいつものように自席でソシャゲにinしていた。楽しい楽しいオープンワールドゲー。今日も今日とて日課をこなす。

「サンタ……じゃあな」

 いつものように吉田がやって、来なかった。俺は手を上げたまま「え?」と固まった。さも今から雑談しますよって感じでこちらに歩いてこようとした吉田が、じゃあなの一言を残して去っていってしまったのだ。すごく悲しいです。

「なんなんだ一体……」

 俺は困惑したが、すぐに背後の気配に気が付いた。俺の後ろを取るとは。

 さすが『隊長』だ。

「どうした高橋さん。なんか用?」

「うん。サンタ」

 高橋さんはなんでもないことのように言った。

「わたしとデートをしよう」

「いつ?」

「出来るだけ早く」

「じゃあ今日行くか。ゲーセン」

 実際になんでもないことだ。ゲーセン遊びをデートと言い換えるのは最近はなかったが、昔はたまにあったことである。デート、旅行、クエスト、散歩、散策、運動。それらすべてがゲームセンターに行くことを意味する。

「わかった。それじゃあ放課後に、下駄箱前に集合」

「え、なんで。いつも現地集合だろ。あとそれなら普通に教室から、普通に二人で行けばいいんじゃないか。待ち合わせ必要なくないか?」

 高橋さんは首を横に振った。

「たまには気分転換。普段しないことをするのも悪くない。……サンタ、たまには『冒険』しよ?」

 高橋さんは緩い微笑を浮かべた。どうやら何か企みがあるらしい。俺はもちろん、笑って承諾する。

「そうだな、たまにはしないとな、『冒険』」

 放課後デートという名のゲーセンが決定したのだった。

 日中の学校生活を適当に過ごして、放課後はあっという間に訪れる。

「それにしても急な。ほんとに今日これからでよかったのか?」

 約束通り下駄箱前で合流した俺と高橋さんは、ひとまずは校門を目指している。

「問題ない。早ければ早いほどいい。あと、多ければ多いほど。明日は暇? サンタ」

「明日はバイトだ。なに? 高橋さんまたゲーセン熱再燃した感じか?」

 近頃は昔ほど頻繁にゲームセンターに通ってはいない。俺も高橋さんも。二日連続なんてこの一年間にはなかったくらいだ。それをしようという高橋さんは、何かいずれかのゲームに嵌りでもしたのかもしれないな。

「ゲーセンじゃなくてもいい。サンタと一緒に、色んな所に行きたい……と、思ったり、思わなかったり、する」

 俺は「どっちだよ」と笑い、内心では高橋さんの変化に目を細めるような思いだ。

 色んな所に行きたいなどと。

 高校生になって、佐藤さんや鈴木さんと友人になって、高橋さんの中で変わり続けているものがあるのだろう。友達と遊園地なんて、中学の頃の高橋さんなら顔を青くしていたに違いない。

「サンタ、ゲーセンの前に……ざ、雑貨屋さんに、寄りたい」

「おーけーおーけー」

 出掛ける先だけじゃない。雑貨でもなんでも、それに髪の手入れだったり化粧だったり、高橋さんはちゃんと変わっていっている。

 隊長殿のご要望に従って、俺たちはぶらっといくつかの店を見て回ってからゲーセンで音ゲーを楽しんだ。


 翌日に、俺はけっこう上機嫌だと自覚があった。昨日の高橋さんとのちょっとした『冒険』の余熱だ。互いにどんなものが好きか、ゲーセン以外の場所には互いに知らない互いがまだまだたくさんいる。

 今度こそどこか遠めの観光地にでも連れてってみるのもいいかもなと、そんな考え事をして駅舎を抜けたら、あまり朝には見ない顔に出会ったのだった。

「佐藤さん。おはよう」

「お、おはよっ。いいい天気、だねっ」

 なんか若干、い、が多かったな。それとそこまでいい天気でもないけどな。

「珍しいなこの時間に登校なんて。朝練、休みなのか」

「まぁね。それはほんとにたまたまだよ? たまたま休みなだけだから」

「別にそんな、サボりを疑っていたりしませんが」

 苦笑する。部活の朝練くらいそりゃ休みの日もあるだろう。

「折角だし一緒に学校行かないか?」

「うんっ」

 たまたまの遅い登校が退屈だったのか、佐藤さんは嬉しそうに頷いた。退屈したというか疲弊したというか、いつもは乗らない満員電車に疲れていたのだと思う。わかる。俺なんかは毎朝のことだけど、時にはがっつりメンタル削られるからな。何が起きるとかでもなく、ちょっとした心身の調子の問題で。

 駅からは徒歩で学校へ向かう。バスもあるが、迂回するから時間的にはそう変わらないし、けっこう混むこと多いから俺はあまり使わない。

「歩くか? バス乗る?」

「歩きたいなぁ。いい?」

「俺もそう思ってた」

 気が合うじゃあないか。

「ほ、ほんと? えへへ」

 早速佐藤さんの気分も戻ってきたようでなによりなにより。満員電車で辟易した気分はお天道様の下を歩いて発散するに限る。生憎と快晴ではないが。

「サンタは、クリスマス……プレゼントとかあげたりもらったりするの、家族なんかと」

「いやぁもうしないなぁ。てかくれねぇなぁ。佐藤さんは今もクリスマスプレゼント貰ってる感じ?」

「あ、えと……も、貰ってる、けど」

「いいね。いい親じゃん。うちが悪い親とは言わんけど、クリスマスプレゼントをくれる親はいい親、間違いない」

「そうだよねっ。はー、アタシ……子供っぽいって思われるかと思って、あはは」

「いや子供っぽくはあるけど?」

「え?」

「素直でかわいいとこはいい意味で子供の純粋さって感じだ。俺は捻くれちまったからなぁ。もしかしたらクリスマスのプレゼントがなくなったのはそのせいかぁ?」

 原因は俺の方にあったのかもしれない。


 原因はたぶん俺。

 女子と二人きりの登校中の会話をあまり盛り上げられなかった男とか存在価値がない。

「はぁぁぁあっ! ……あーあ!」

「あんさぁサンタ、ウザいわ」

「はぁぁぁあっ!」

「どしたよ話聞こか」

「教科書忘れた」

 吉田が折れてくれたことに感謝しつつ俺は憂鬱を吐き出した。学校、教室、自席に着いて、鞄を広げたら教科書一冊足りなかった。あれあれ~? と机の中も教室後方のロッカーの中も探したけれど見つからないので。まだまだ探すのは諦めて机に突っ伏しているのだ。

「なんの教科書忘れたんだ?」

「数Ⅱ」

「あちゃあ。どんまい」

 他のクラスと合同での習熟度別クラス制である。おかげで教科書を借りられる当てがない。

「まぁ忘れたものは仕方ない。過去を悔やむより前を向いて生きていこうじゃないか吉田」

「なんでおれが忘れたみたいになってんだよ」

「貸して? 数Ⅱの教科書」

「貸さ、ない」

「そんなことだろうと思ったわ」

「そんなこと以外になりようがないんだよなぁ」

 残念ながら後は教科書の出番がこないことをお祈りしとこう。そう思っていると、意外なところからちょっとした救いの手が差し伸べられた。

「あの、サンタ君、教科書、忘れたんですか?」

「そうなんだよねぇ。もし俺が怒られたら……笑ってくれよ鈴木さん」

「笑いはしませんが……よければ一緒に見ますか?」

 習熟度別でも俺と鈴木さんは同じクラスである。そして、座席は丁度、隣同士。

「助かるっ」

 その必要があるかはわからないが、申し出それそのものが嬉しいものだ。

 とか思ってたらガッツリ使うことになったんだけどね。授業開始すぐに教科書開けと言われた俺は速攻で手を挙げたよね。そして鈴木さんの使う机に自分が使う机を寄せた。

「ありがとう鈴木さん。命の恩人だ」

「大袈裟ですね。でもそう思うなら、恩を返していただいてもよいですよ?」

「え、ちょ、ちょっと待って、やっぱあれだ、小指の先ほどの恩ということで」

「小指の先、ですか……そうですか」

「そうじゃないです。もうちょい大きいです」

「ですよね」

「どんな感じで恩返ししたらいい?」

 はい。当然、怒られました。俺だけ。そこは納得いかん。

 その後は、しれっと叱責を逃れた鈴木さんと筆談に移行した。

『クリスマスプレゼントではどうでしょうか』

『なにが望みだ』

『なんでもよいですよ。私からもお返しします。何がよいですか?』

 なんでも、の、もを書くあたりで書きかけの文字列に✕がつけられた。

『プラモデルとか』

 他にぱっと思い浮かばなかったので正直にただ欲しいものを書いておいた。

 鈴木さんはしばし考えた後に『わかりました』と鉛筆を走らせた。

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