「妹がな、プレゼントを買うっつうんだわ」(中編)
「へぇ。俺は今度出る新作ゲームが欲しいっすねー。ん? なんかこんな会話最近しませんでした?」
「したぞ」
「ですよねなんか腹立つな」
モップの柄を握る手に力が入っちゃうよ。
「プラモはいいのかプラモは」
「それですね、なんか買ってもらえるっぽいんで。なんで今欲しいのはゲームですね」
「ゲームねぇ」
「先輩ゲームやんないですもんね。それで? 妹さん大丈夫なんですか?」
「次の言葉はよく考えて喋れ」
「……それも前聞いたな。大丈夫かってあれです、貢がされたりしてませんよねってことです。ついこないだもなんかプレゼント買ったんでしょ? クリスマス用。今回のは何用なんですか?」
「ばかめ、勘違いしおって。この間のと一緒だ、続きだ続き。このまえのは買う予定があるって話、今回のはいよいよ明日買いに行くって話。OK?」
「OK。くたばれ先輩。ややこしい言い方しやがって」
「おまえが勝手に勘違いしただけですぅー」
「……うしうし、ふぅー落ち着け俺。明日のシフト、代わってはあげませんからね」
「なぜ!?」
「なぜもくそもあるかよ、どうせまた……今度はこっそりついていこうとか考えてんでしょ」
「もちろんだ。このまえのおまえと同じようなもんだろ? だからシフト代わって? オレの代わりに働いて?」
「あ、すっごいウザーい。嫌ですよ。てかねぇ、ほんと先輩そろそろ妹さんにガチで嫌われますよ? そんなことばっかしてっと」
「嫌われたらオレは旅に出る」
「嫌われないようにしろっつの」
「そりゃしたいがな。……大事な妹なんだよ」
顔のいい男がマジな表情すると絵になって嫌になる。
「大事なら、大事にするやり方も、大事にしてくださいよ」
「一応、覚えとくわ、それ」
先輩がどこまで本気かは、フロア掃除にかける本気度くらいかなと思う。
「んでシフトは?」
「代わらねぇよ」
明けて朝のホームルーム、がない。だって土曜日だから。学校にも行ってないし。
日課はするけど。スマホを取り出していつものゲームを起動する。アップデートがあったからダウンロードして、そして、俺は近所のケータイショップに行くために支度をはじめた。
Q:新しいバージョンをインストールしてからゲームが動きません。
A:対応機種を変更しております。詳細は以下からご確認ください。
ご確認したところ俺のスマホの機種名は載っていなかったのだ。
こういう時、バイトしておいてよかったと心から思う。レッツゴー大型ショッピングモール。
開店直後にショップに突撃するつもりで俺は家を出た。自転車を漕ぐこと15分、目的の建物の駐輪場に愛車を置いて入り口に向かう。
「うーん」
もうあと十数mの距離のところで俺は唸る。足は止めないがどうしたって鈍くなる。
なんで鈴木さんと高橋さんがいるのか、俺にはちょびっとだけ心当たりがあるのだった。
迷った末に変に気を遣うのはやめた。偶然は偶然なんだから俺が意思を曲げてやることはあるまい。俺は今日、朝一、スマホを買い換えてデイリークエストをするんだよっ。
「あら、サンタ君」
二人の内、先に気付いた鈴木さんが俺の名を呼び、高橋さんも「サンタ」とあまり驚いた風もなく続いた。
「どもども鈴木さん、高橋さん。偶然だな。おはよう」
「おはようございます。本当に、びっくりしました。お近くに住んでいるんですか?」
「チャリで15分だから、お近くと言えばお近くだな」
「それはあまり、近くないように思うのですが」
どうやら鈴木さんとはそのあたりの感覚が違うようだった。
「サンタはゲーム?」
高橋さんが見上げてくるんだけど距離が近い。首痛いでしょその角度。
「YES俺がゲーム」
「『ミラクリ』?」
「YES『ミラクリ』」
「わたしも買う。一緒に行こう」
「ついでに一緒にやろうぜ」
高橋さんはぱっと笑って「うんっ」と頷いた。『ミラークリスタル』はオンラインマルチができるアクションRPGだ。友人との協力プレイは楽しいに決まっていた。
「あのっ。そのミラ、クル? というのは、その、なんですかっ!? 教えてくださいっ」
鈴木さんが眦を下げて、ほんのり頬を染めて質問をくれた。思い切って訊きましたって感じ。友人二人にしかわからない話に割って入っていくのは勇気がいるよなぁ。
俺と隊長殿は顔を見合わせた後、一人の純朴な少女を沼に引きずり込む悪童と化した。鈴木さんが怯えていたのは気のせい気のせい。
開店時間までじゃ足りないからゲーム屋まで歩く間にも鈴木さんにはゲーム知識を吹き込んでおいた。基礎から足りていないから特定ソフトどうのじゃなく本体についてとかから。
さて、最初から横道に逸れた俺の目的だが、それはまぁいい。今日中なら問題ない。
「ところで二人は、いいのか? 開店から来るくらい大事な用事があったんじゃないのか?」
鈴木さんと高橋さんの用事は気に掛かる。強要と言うほどに強引だったとは思わないが、会話内容からゲーム屋に足を運ぶ流れを作ってしまったという自覚はあった。
「全然、構わない。サンタと一緒にゲームショップに行く方が大事」
ぶっちゃけ高橋さんの方は心配してないけど。それはそれとして高橋さんがゲーム好きでよかったとは思う。
「私も……ゲームに興味があるので」
「ほんとに? 無理に合わせてくれなくていいんだぞ?」
「むっ……無理なんかじゃありませんっ」
鈴木さんの本音は見えない。少しばかり怒っている風だけど本気っぽくはなく、ほんとに興味があるんだか付き合いなのか。とりあえずは言葉通りを受け入れる以外にない。
『ミラクリ』はちょうど今日、発売のゲームだから午前の内に来店できたのは都合がよかった。一週間後に出る俺の本命ほどじゃないけど話題作だから。
「すごいのですね、ゲームというのは」
鈴木さんは『ミラクリ』のパッケージをくるくると色んな角度から眺めながら感慨深げに呟いた。生きてる世界の違いに驚くよね。
「大丈夫だよね? 俺が言ったことは覚えてるよね?」
「もちろんです。私がサンタ君の言ったことを忘れるわけありません」
すみません、そんなに記憶力を疑ったわけじゃないんです。
「あとは本体というのを買わないといけないんですよね、ちゃんと覚えてます。どの機種かというのも」
鈴木さんはほんのちょーっぴり誇らしげに胸を反らした。かわいい。
俺たちは今、ショッピングモール内のカフェに腰を落ち着けている。売り切れ間際に入手に成功したソフトをそれぞれ鞄に入れたり、眺め見たりしながら。
「本体を買ったら教えて。それまで、わたしもサンタもこのゲームは進めないようにしておく。みんなで一緒にスタートしよう」
「すみません、ありがとうございます。さきほど購入しておいてくれるようお願いしておいたので、大丈夫だと思います。家に帰る頃には届いているかと」
それは突っ込んでいいのかな? なにその使用人の使い走りみたいな話、って。こわいからやめとこ。
「ネット環境は、大丈夫?」
高橋さんが問いかける。
「ネット、ですか?」
「そう。オンゲは有線じゃないと死刑」
「死刑!?」
「そう。これは絶対で必須の条件」
「そ、そうですか……お、おそらく、大丈夫だとは、思いますが……他にもありますでしょうか、条件というものは」
「たくさんある」
「たくさん……」
いやそんなにないだろ。俺は高橋さんが誰かに自分の知識を教えることが喜ばしく、ただちょっと悪戯心が見え隠れしているので、何の気なしにそれを提案した。
「高橋さん、鈴木さんちに行ってセッティングしてあげたらどうだ?」
「家に、行って?」
「鈴木さんの家に行って」
「む、無理っ……! それは、無理っ。……お、恐れ多い」
「今までなかったのか、お互いの家行ったりとか」
「ふふっ。ええ、そういったことは機会がありませんでしたね」
立場逆転という感じか。高橋さんがひえーっと縮こまった代わり、鈴木さんが常の余裕を取り戻した。
「高橋さん……よければ今日この後、私の家に来ていただけないでしょうか。教えてください、ゲームのこと、ゲームのやり方を」
「う、あ。……わ……わかったっ」
俺はコーヒーカップを傾ける。苦い味、心地よい気分。心温まるものを感じている。
「それであの……よろしければサンタ君も……来ませんか?」
「いやぁ、午後から用事あるから俺は遠慮しとくよ」
高橋さんの世界が広がっていくことは、俺にとっても幸いなのだった。
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